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2017-12-17

15句作品 滝川直広 書体

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書体 滝川直広

廃屋をこはさぬやうに照らす月
みのむしの簑を月光漏れてきし
ドックより鉄気(かなけ)のにほひ泡立草
巡礼の次散りさうな紅葉指す
こゑがはりまへの少年石蕗の花
鴨ののる水の中より暮れてきし
帰り花書体のちがふ墓碑と墓誌
短日の意訳のつづく字幕かな
極月の百葉箱の眩しさよ
積み上げて菜屑くすぶる蕪村の忌
遠火事といふ祝祭に染まる空
イヤホンに音の通はぬ冬籠り
初夢の中も単身赴任して
男役大寒の街大股に
寒暁や耳鳴りに耳ふさがれて


2016-11-13

2016「角川俳句賞」落選展(第4室) 13.すずきみのる  14.高梨 章  15.滝川直広  16.ハードエッジ  17.古川朋子

2016「角川俳句賞」落選展■第4室


13.すずきみのる 





14.高梨 章 





15.滝川直広 





16.ハードエッジ 





17.古川朋子



13. 追記 すずきみのる

砲丸の手を離れ飛ぶ麦の秋
初夏の笑顔並べて医学生
老鶯や竹乱れ生え屋敷林
車道へと歩みやまずよ黒毛虫
声といふかたまり吐きて牛蛙
海が呑む浜昼顔も砂浜も
沸騰の一山にして新緑す
雲海の開けてダムとその湖と
緑陰や押してツインズ乳母車
白シヤツに翳りとなりて透く身体
いきもののいきれぬけたる繭しろし
われを呼ぶその朝声も秋めきぬ
雲母摺床にならべて処暑の餐
大路小路みごとに暮れて鉾祭
深吉野のつくばねの実を見しが縁
わたくしへと戻る途中や草の市
大玻璃に鉄線透けてゐる月見
一山を蒸し籠めの霧湧き立ちぬ
ロボットは性別不詳をとこへし
山の夜の酩酊深し猴酒
落ち鮎を食せ再々婚の友
浅漬の大根甘しワイン美味し
民家途切れし通学路峡氷雨
枝打のひとりは声の響くのみ
三山とならび称されつつ眠り
ほうと闇ほうほうと闇木菟いづこ
金色世界銀杏落葉と老幹と
スタンプを押して旅信や冬の虹
裸婦像の丸き肢体や冬の苑
寝具敷き終え湯たんぽの盛りあがり
月代やポケツトのもの当ててみよ
顔見世の鳥屋のあたりを伺ひぬ
山の影海に浮かべて初日の出
目を閉ぢて夢見の景を初景色
飾取り常の玄関へと戻る
行きずりの一人として若火見る
胴長の猫の斑の背に牡丹雪
はるあけぼの牛乳の膜しわみゐて
口移しにて春祝ぎの言の葉を
春のゆめ異郷にロバを商ひて
春灯そば湯に雲のごときもの
ケチヤツプの赤春昼の食見本
面構へ白眼なせる恋の猫
めまとひの堆肥の湯気の中に渦
揚げひばり吐声に色のあるごとし
げんげ田に音ばらまきてヘリコプター
春光の灯台のみが記憶の島
死に近き人を囲みて春障子
くつあとのかすかに続く花筵
朧夜や水面に浮かびくる記憶



14. 宇宙の犬 高梨 章

永き日や壺まだ口をあけてゐる 
アカシアの花ふんでゆく牛飼座
てふてふは空気のなかをはかなげに
たかくたかくヒバリは空に立つたまま
ヒバリ鳴くこはれてしまひさうに鳴く
揚雲雀おりてゆけない夢を見る
日向から出てゆく春の落葉かな
うぐひすのこゑや足なが蜂がゆく
春の日や灰皿の灰やはらかし
沈丁の花風に置かれゐたるかな 
石ふたつ空席となる春の丘
ふるさとはひばりのこゑのしたにあり
ひとのすがたでヒバリながむるこの世かな
くるぶしをさはられてゐるれんげさう  
白木蓮しまらく風にさはらせず
さはつたところにさはられたあと春の雪
ことごとく椿のかたちで落ちてゐる
春の闇犬に鳴かれて立つてゐる
幸福は枯葉のにほひ春の朝
春風や洗濯バサミなくなりぬ
てふてふを手ばなすやうに春はゆき
うへを見てうしろへさがる金魚かな
石置けば石にちかづく金魚かな
ゆふやけとなるまへ水を散らかして
糸とんぼ見てゐし草のすき間かな
大蟻の視野へわが足入りにけり
泣いたあとのやうな気がする金魚かな
金魚ゐぬところへ行きたい金魚かな
靴下の足音もある夏座敷
鳴きやみし木にまづおりてくる夜の秋
朝顔にあさがほのつる触れにゆく
草の花ちがふ高さの高さかな
見まはしてほかにはたれも草の花
水面はとても薄くて木の実落つ
木の葉ふりつねに明るい出口かな
つかまつて鳴いてゐたりし秋の蟬
あらはれて蜻蛉出てゆく空家かな
天高し空をうごかす雲ひとつ
木の実ふる下に地蔵ありてこつん
出られたらとおもふ胡桃の外に出る
表面にふとあらはるる秋の風
泣くこともできる秋の夜の食卓
秋の夜の帽子のなかの無言かな
露の世はしづかに下着ばかり干す
カマキリにあるかもしれぬかすれ声
望の夜のくらがりに立つ空気入れ
水を乱し水鳥うかむ北半球
水鳥もみづのせなかに寝しづまる
水鳥は水にかくれてしまひけり
湯ざめして宇宙の犬のことおもふ



15. 栞  滝川直広

草の岸きのふの雛とどまれり
春陰を漉き込まれたる出雲和紙
フェルト地の帽子に春の雨の粒
鳥の脚洗ふ流れや復活祭
さへづりや糊の利きたる衿立てて
まだ鳥の入らぬ巣箱雨したたる
ぬかるみを作務衣飛び越す鳥の恋
海のなき街のデパート蒸鰈
乗務後の車掌たたずむ山桜
夕桜土洗はれし一輪車
雲水の下駄ひくく鳴る養花天
やすらひの花傘の柄を地に着けず
北窓の下に稿書く遅日かな
砂時計遅日より時取り出だす
手鏡のうすきくもりや遠蛙
はこべらの際まできたるにはたづみ
武者人形手綱をさばく指細し
青梅に殻のやうなる薄き翳
五月雨や紅さわがしき中華街
ぬかるみを踏んで見にゆく半夏生
転舵するヨットの海をつねるごと
鳥除けのCD吊つてあるヨット
波がしらなき波つづく油照
さつきまで蛇ゐし岩に腰下ろす
夕暮が水に溶けだす金魚玉
灯のくらき歌舞練場の花氷
月光を浴び餅肌のなめくぢり
落蝉の翅を栞にできぬかと
錆釘の土よりのぞく糸瓜棚
秋草の穂より光の去りやすし
秋高し蛇口にお礼言ふこども
秋の日を編み込んであるおさげ髪
風向きの変はりて萩の揺れ直す
野も海もある能舞台鳥渡る
棘折れて洗濯槽の草虱
額縁の鍍銀をみがく鵙日和
冷ややかな灯を積み上げてホテルなり
杉玉の鳴らぬさびしさ水澄めり
火に落つる獣の脂冬来る
御火焚やそだちきつたる火の澄みて
焼藷屋にほひの罪の軽からず
冬の蝶あさき眠りをきれぎれに
天頂を雲のしりぞく初御空
休みつつ淑気を進む松葉杖
日は透り月影こもる氷柱かな
待春の日差しまみれのさかあがり
おのが身に風ひきうけて麦を踏む
一輪の水仙の香に糺さるる
遅れゐる一羽を待てり春の鴨
雛の間の朝につかふ棕櫚箒



16. 半丁 ハードエッジ

地虫出て安土桃山時代かな
幼くてお玉と呼ばれ蛙の子
蝶生れて日当る石を懐しむ
さざ波を飛んでつばくらつばくらめ
春の草早も兎の耳の丈
今日こそは晴れて桜の出番なれ
咲き満ちて花の洛中洛外図
湯あがりのほろりと花よ花びらよ
花びらが吸取紙の上にかな
ならばこの紫雲英畑を買はぬかと
石鹸の刻印深き立夏かな
鯉の背に跨る五月来りけり
満ち足りて水田明りの水田なり
頭を上げて裳裾を引いて蝸牛
毛虫とは似ても似つかぬものとなる
蓮の花蜂かと見れば蠅がをる
灯台を廻る楽しさ夏燕
涼風とよくすれ違ふ日なりけり
ねたましや夕立の中を駆け行くは
うたかたのうすきみどりのソーダ水
囚はれの身をからからとラムネ玉
赤に黄に高さを競ふかき氷
割箸が置かれ冷奴が置かれ
丁半の博打半丁の冷奴
蛸足や肉の真白を胡瓜揉み
風に乗ることの哀しき祭笛
朝顔や歩いて通ふ勤め先
石ころを掃きたる秋の帚かな
髪乾くまで月の出を待たせある
満月や永遠に零るる崖の土
蓋開けて月の光のオルゴール
明月はけふ明日はあしたなり
青い目の人形青い目の野分
豊年や翅持つものは飛び廻り
色鳥を吹き消す風となりにけり
聞く耳を持たぬ人にも蚯蚓鳴く
プリズムの傷だらけなる夜食かな
子規庵の寝静まりたる糸瓜かな
神の旅大きな月を掲げたる
赤々と火中ありけり夜の焚火
膝の辺に猫より丸く毛糸玉
白鳥の湖に行き浮寝せむ
大根を抜きつ大根抜かれつつ
枯草の中の針金曲り錆び
降雪や花壇を囲む赤煉瓦
自転車の硬きタイヤも年用意
読み返すことの楽しき古日記
花のごと雪ふる中を宝船
屈強の白を重ねて鏡餅
どんど火の崩れむばかり崩れたり



17. 逃水 古川朋子

新緑や椅子に聖書を入るる場所
丸窓を緑の雨の充たしゆく
言問のさなかにはかにほととぎす
あしうらに砂の微熱や麦の秋
点になり線になり五月のとんび
廃墟つきぬけて新樹のそよぎけり
丹田の青むまで吸ふ若葉風
うつむいてゐればいつしか夏の海
ひまはりを見てゐるだけの停車かな
木の卓のらくがき青し百日紅
黄のアロハシャツ跳んで取るフリスビー
触るる手に傷ひとつある花火かな
白靴の赤い靴底とほざかる
朝顔や海に向かひて社員寮
秋暑し神社の鳩のふとりたる
西瓜食ひ終へし話のつづきなし
本棚に活字押しあふ残暑かな
匙に乾く一滴の水秋きざす
裸婦像の乳房を削り初嵐
いまだ見ぬ街の多さよ秋の蝶
少年のなごりの眉を秋の風
千々にものおもへば遠き花野かな
そぞろ寒となりに鶴を折る家族
夜通しの雨音に秋惜しみけり
かはほりの骨にあまねく冬来る
水の輪を毀して鳰が鳰に寄る
きれぎれに鳴るクラクション冬の虹
酢海鼠や逢へばかなしくなるをとこ
落葉掃く道をへだてて会釈して
枯枝の震へや鳥の睦みあふ
畳まれて雪の窓辺に車椅子
怒つてゐる嚔笑つてゐるくしやみ
暖簾のゆ二つに割つてクリスマス
剥製の熊に白息かけにけり
ねむるまで寝息をきいて小晦日
亀が首のばしてもどす去年今年
旅初うごく歩道の弾みけり
海に出でて国道細る水仙花
春雨や肘ついて割るピスタチオ
香水もなく花もなく猫の恋
水草生ふコンクリートの川底に
春分や日の丸なびく家しづか
春の夜のふせて置かるるマグカップ
外階段ひなぎくに行き止まりたり
桜蘂ふるドアノブにビニル傘
泪では落ちぬマスカラ雲雀鳴く
さみしいと先に言はれし春の月
背凭れに人のぬくもり鳥雲に
道迷ふたび逃水を追うてをり
手かざせば水流れけり春の雷


2015-01-18

【2014角川俳句賞 落選展を読む】 4.ゆるがされない勁さ 依光陽子

【2014角川俳句賞 落選展を読む】
4.ゆるがされない勁さ

依光陽子


≫ 2014落選展



何気なくつけたテレビでセコイアの森が映っていた。

最も高いもので115m、30階建のビルと同じ高さ、自由の女神を上回る高さだという。

当然、根から水を吸い上げられないものもあって、それらは天辺近くの葉が霧から水分を吸収するのだとか。自然発生的な山火事も森の再生に不可欠なものだと知って驚いた。

セコイアを漢字で書くと「世界爺」。カッコイイ。

さて今回も50句の森へ入っていく。高木も灌木もある。しかと根を張った木も幼木もある。似たような木は通り過ぎるが、気になった木には立ち止まり、叩いたり、観察したり、仰いだり、振り返って見たりしながら歩く。重力に逆らう力で天に向かって伸びている様を見るのは気持ちがいい。

俳句は一本の木だ。成長するか、倒れるか。風雪をものともせず枝葉を綺羅と輝かすか、あっさり朽ち果てるか。すべてその木次第。作者次第。


18. 積木の家(滝川直広)

一句目にどの句を置くかはどの作者も悩むところであろう。

花馬酔木ほそき煙となる手紙   滝川直広

この句が置かれたことで残り49句へ向く選者の背筋は伸びたと思う。
平たい紙に書かれた文字がほそく幽けく立ち上る煙の中に消える。紙を捩って火をつけたのか。開いたまま紙の角に炎を近づけたのか。言葉は「ほそき煙」となって消えてゆく。赤い炎から薄紫色の煙へ。花馬酔木の垂れた形状と淡い紅紫色もさりげなく響き合い、両者がほど近い場所にあることもわかる。

虫の音の間虫の音の埋めにけり
積木の家月の畳にのこりをり
煙茸ふみたき子らに数足らず

形を積み上げること。空間。崩すこと。「積木」の概念がさりげなくいろいろな句の中に潜んでいる。
一句目は虫の音の間を埋める虫の音。音をモノのように捉えた。音が止めばまた空間が出来、そこにまた音が入る。面白い。
二句目は月の畳の上に残された「積木の家」。家の中の家だ。一つ一つのピースを縦に横に組み合わせて立ち上げた、触れれば簡単に崩れてしまう家。その隙間に月の光が入り込む。
三句目。煙茸を一つ一人づつ踏んでゆく子ども。その都度、パフッと煙のような胞子が立ち上る。だが残りの子どもが踏むはずの煙茸は、ない。 

初雪や目を立てなほすをろし金
樹皮残る桜の撞木山眠る
初暦病臥の人の目の高さ

一句目「をろし金」は目の立て直しをし、揃って立ち上がっている。大切に使い継いでいる道具と、技を継ぐ職人の存在。おろし金の光と初雪の光。
二句目、一歩踏み込んでモノを見ることで、撞木を桜の木と見極めた。このことで句に艶が出て読む者を惹きつける。「山眠る」の季感もいい。
三句目、病臥の人の目の高さに据えられた初暦に、その人をさりげなく気遣う心が伝わってくる。

全体的に安定感があり、予選通過も納得。<流木に値のついてゐる初天神><一辺はテレビに空けてある炬燵>など諧謔味のある句や<瞑想の耳滝音を寄せつけず>など手堅い句も。なお、ルビを振るのであればルビのかな遣いも本篇と統一すべき。「紅さうび」「やにの歯」「失業者」などの句は後味がかなりよろしくなかった。最後の句<冬深し灯明皿の縁の煤>は平凡。着地も出だしと同じくらい重要だ。「ああ、この作品はよかったな」と思わせる読み応えのある句で締めたい。
しかしかなり賞に近いところに来ていると思う。今後に期待大の作者だと思う。


19. 仮面(中村清潔)

独自の世界を獲得しつつある。そんな印象をまず抱いた。

食虫植物睡りゐる淑気かな 中村清潔
ホルマリン漬のいろいろ涅槃雪
鵺の眼のなかにあるべし青山河

具象と抽象のエッセンスを摺合せて、どこか別の時空の、別の場所にリアルを探ること。そんな挑戦が見えた。
一句目。淑気とは異質な食虫植物を取り合わせた二物衝撃。植物が虫を食う、という意味からくる不気味さは食虫植物の外見からは感じ取れない。食虫植物の多くは美しい。美しい睡りだ。それを取り巻く空気は淑気と呼ぶに相応しい。
二句目。ホルマリン漬にされたモノを想像するとかなりグロテスクだ。だが死を経たモノの静謐さは涅槃雪の幽けさと相通じる。
三句目。鵺をどう受け取るか。単純にトラツグミと受け取るか。トラツグミの眼の中の青山河が美しい。猿の頭、狸の胴、虎の手足を持った怪物と受け取るか。そこにはさらに深みを増した「青」がある。

蚊喰鳥ひるまの月をほめながら
鬼門ありあらゆる桃に指の痕
祝婚の食べあましたる牡鹿かな

これらの句に私は強く惹かれた。だが短い言葉で鑑賞できない。多くの言葉を用いなければならないと思うので、句を挙げるにとどめる。

普通の句もあるのだ。<みづうみの秋は波打際で待て><窓といふ窓の氷柱を折る音か><冬銀河明日は長距離選手かな><日当たれば日当たるほどに恵方道>。平均点以上でも以下でもない。

タイトルの「仮面」は<仮面舞踏会(マスカレード)ひとり裸を赦されて>から採られているのだが、この句はさほど印象に残らなかった。とはいえ、この50句にふさわしい題をつけるのはなかなか難しそうだ。
作者はどういう人なのだろう。プロフィールには生誕地と、無所属であることしか載せていない。私は今、無性にその仮面の奥にある作者の顔を覗いてみたい衝動に駆られている。


20. オムレツ(中塚健太)

まず、常識の範囲で留まっている句が多く目についた。
例えば、<オムレツの黄色やさしく春来る>の「オムレツ」「黄色」「春」。<お雛さま永久はさびしと微笑みぬ>の「お雛様」「永久」「さびし」「微笑み」。<シャボン玉割れて弾ける子らの声>の「シャボン玉」「割れて弾ける」「子らの声」。
やさしい人なのだと思う。人柄のやさしさは50句から伝わってくるが、俳句としては予定調和でしかない。

中で以下の句には立ち止まった。

鳥帰る書き込みのなきカレンダー   中塚健太
ほつほつと路面に消ゆる春の雪
風船や世界のどこか崩れゐる
独り身の夜は魚となるプールかな

一句目。鳥が帰る瞬間を目の当たりにしたことがあり、今でも鮮明に残っている。それはあまりに一瞬で、鳥たちの間で計画されていたであろうその日は、人の予定表には書き込むことが不可能だ。「書き込みのなき」から鳥と人の生きる世界の越えられない隔たりを感じる。
二句目。この雪は大きな牡丹雪だろう。「ほつほつと」の擬音が雪片の大きさを表している。春の雪は路面に丸い跡を残して消える。落ちては消える。
三句目。平和の象徴でもある風船が上ってゆく空は地球のあらゆるところに繋がっている。この瞬間も崩壊に向っている場所がある不条理。
四句目。仕事帰りにプールで泳いでいるのだろうか。様々な社会のしがらみから解放されてのびのびと手足を伸ばし魚になれる時間。「独り身」であることの自由と孤独に現代性を見る。「プールかな」の収め方も、水面に映る照明が見えていいと思う。

これらの句には作家性の萌芽が見える。予定調和を改善し、掲句のような句をもっと入れることで見違えるような50句になるだろう。


21. ゐません(ハードエッジ)

昨年の落選展で注目した作者である。軽みがありながら目が効いていて、見るべきところのある作品群だった。
さて今年はどうか。
印をつけた句は割と多い。好きな句から。

ハンカチはチェックが好きで色々と ハードエッジ
楽しくてたまらんといふ子規の忌ぞ
池に雨松の手入も済みたるよ

一句目。今、私自身が播州織のチェックのハンカチにハマっているので、いきなり言い当てられた気分で読んだ。「色々と」の句絶がハンカチの軽さをうまく引き出している。
二句目。「楽しくてたまらん」、この言葉以上に子規その人の人柄を表すに適した言葉はないと思う。
三句目。見たままの景をそのまま句にしたことで、池に落ちた松葉や、手入れ後のすっきりとした松の枝ぶり、全体を濡らして池に落ちる雨粒が見える。全体の調和がいい。末尾の「よ」で常套を少しずらすことにも成功している。

つぶらなるものを連ねて蝌蚪の紐

蛙の卵が目玉のように見える様を、瞳に置き換え、さらに「つぶらなるもの」と言い換えた。機転が利いている。

朝顔の売れ残りたる日差かな><子を連れて涼みがてらに町の寺><仏壇に花新しき帰省かな><虫籠の虫を放てばぴよんぴよんと>なども安心して読める句群で悪くない。幽かな既視感は残るのだが。

一方、書き急いだ句も目につく。
茶摘女に摘まれて痛き茶の木なり><雪折れのところに雪のなかりけり><とある日の神と佛と仔猫かな><北窓を塞げば寒くなりにけり><ゐませんと毛布の中が応へけり>など。
「ゐません」の句はじわじわとくる面白さはある。この路線で書いて行くのだというポリシーを感じないわけでもない。

「瞬時にして反射的に、有季十七音という言葉の塊りとして一時に出てくるような体質」は爽波の「俳句スポーツ説」的だが、爽波のいう「写生の修業、芸としての修業」とはまた違った形での量産で、遊びの部分が色濃い。それも個性だろうが今回の50句は全体的に何か物足りなかった。せっかくの瞬発力が勿体ない。私はこの作者の、あえてこだわり抜いた一句も見たいと思った。


22. 弔ひ(三島ちとせ)

どこかで見かけた名前と思ったら、石田波郷賞の落選展にも作品を出しているパワフルな若手である。

さて、タイトルが重いのでぐっと息をのんだのだが、ほとんど深刻な句はない。ドラマ性を求めながら読むと(求める必要はないが)肩透かしを食らう。逆にルイス・ブニュエルの「自由の幻想」的なシュールさが展開されるのかと期待したりもしたのだが、そうでもない。
率直な感想としては、題詠句の寄せ集め、という印象。とにかくガンガン句を作り、その中でカラーの近いものを編集した感がある。

鰤起し駐在さんと居る園児><夏来る床へ現像液ぽとり><恋文を出す一呼吸日傘差す><鶏頭花海岸線に船の墓>、他にも面白いシーンを描いている句が見えるのだが、事柄に比重がかかりすぎて季題が置いてきぼりだ。「鶏頭花」の句などは、季題次第ではかなり印象深い句になる景である。取り合わせを成功させることは、季題そのものを詠むことよりも難しい。オーソドックスだが、山本健吉『基本季語500選』などから季題へ深くアプローチすることで、季題斡旋力が変わってくると思う。

蝶が吸ふ蜜を密かに摘んでゐる   三島ちとせ
 
「蜜」と「密」が「を」を挟んで上下(隣)にあるところに加え、全ての漢字の醸し出す雰囲気がエロティックだ。「密かに」なので鳥ではなく人だろう。蝶が吸う蜜と知りながら、それを摘んでしまう行為の危うさに、こころの闇の部分が引き寄せられた。心象風景とも受け取れる。

陽炎や家畜オスより入れ替へる
殺処分終へて一服花の冷

これらの句には強さがある。
一句目。放牧牛の入れ替えだろうか。読み手に提示されているのはオスから入れ替えるという事実だけだ。それは陽炎のゆらぎの中で行われた。そして「オスより」が精子のゆらぎの如く必要不可欠な言葉として一句の中にあることを確認する。
二句目。家畜を殺処分するという決断までの葛藤。それを終えた空しさと安堵感。それもまた花の日の一つの出来事だ。「一服」に込められた想い。鋭いところを抉っていると思う。一方で読後感というものも大切にしたいと言い添えておこう。

骨盤の高さに躑躅咲いてゐる

人の骨盤でなくてもいいわけで、犬でも牛でも熊でもいい。人だったらオオムラサキ、熊だったら山躑躅と、躑躅の高さや種類がさまざまに見えてきて楽しい。解剖図的に骨盤を考えたとき、躑躅のウエット感が案外伝わってくるのも不思議。「骨盤」と「躑躅」の奇想天外な取り合わせが共存していて面白い。

海底の呼吸炭酸水のやう
故郷は集合団地秋の雨
紅葉かつ散るthank you for listening.

これらは等身大の句だろう。
一句目の素直さも、二句目の季題の効果もいい。
三句目は流しっぱなしのラジオからDJの最後のフレーズが聴こえた。その音声と「紅葉かつ散る」風景のコンビネーションのよろしさ。

可能性は感じる。今後の伸びしろに期待したい。


2014-12-07

【2014落選展を読む】 3. ダイナミズム 堀下 翔

【2014落選展を読む】
3. ダイナミズム

堀下 翔


≫ 2014落選展

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13 封境(杉原祐之)


「の」が異様に多い。〈北国の夏至の夕べのバーベキュー〉〈イタリアの移民の家の薔薇盛ん〉〈播州の室津の浜の蝦蛄を漁る〉。

「の」の多さはすなわち要素の多さである。事物をぶつけるのは俳句の常套だ。いくつものものが一句の中でつぎつぎにぶつかるこの作者の句には、スピード感がある。

「の」でものとものとをつなぐとき、そこにはいくつかのルールがあるのだが、そのひとつとして、大きなものが前に来る、というのがある。〈イタリアの移民の家の薔薇盛ん〉がまさにそのかたちをしていて、イタリア、移民の家、薔薇、と、これらはどんどん小さくなっていく。ここでもやはり、速度が生まれている。収束の速度だ。「の」というのは不思議な助詞で、主格と連体格が違うのは言うまでもないが、連体格の中でも前後の関係はさまざまで、この50句の「の」もよく見ればそれぞれが巧みに違うはたらきをしていて面白いのであった。

ナイターのドームの屋根の開きけり 杉原祐之

「の」が繋ぐ事物は一句を埋め、それが“どのように”開いたのか、ということを述べる余地はなかった。だからこの句はとてもあっさりとはしている。だけれども、一方で、「ナイターのドームの屋根」という記述は、即物的なものの重なりであり、だからこそダイナミックでもある。この淡々としたダイナミズムは他にも〈はち切れむばかりの梨を妻が切る〉(はち切れむばかり、はあると思うが)や〈国境の大きな滝の凍てにけり〉にも見られる。


14 新機軸(すずきみのる)


凝った言い方が50句に集中している。〈夏断にはあらねど酒色控ふると〉〈教師はも十一月を長しとぞ〉〈メリーとはいかな意味なるクリスマス〉〈学生のある夜大原雑魚寝の体〉。どこまで真面目なのか、あいまい。凝っていることがギャグのようにも見える。「いかな意味なる」って、そんなに力を入れて詠むほどのことではない。

セーターのふわふわが胸つつみては すずきみのる

これもまた、スマートではない。「ては」が、どう贔屓目に見ても、野暮だ。ては、何なんだ。この「ては」がいい、という人もいるかもしれない。「セーターのふわふわが胸つつみ」という表現は、とても可愛らしく、それ以上どうしようもないが、その甘さを作者は「ては」でさらに摑めないものにする。


15 室の花(すずきみのる)


そんなに生きているのがつらいのだろうか、と読んでいて惨憺たる気分になる。そういった自分を読むことが悪いとは思わないが、たとえば〈腹癒せに望み通りの春ショール〉は露骨すぎる気がする。軽い詠みぶりな分、そこから出てくる「面倒な奴で結構」「腹癒せに」といった言葉についていけなかった。このうたいかたであれば、やはり、もっとなんでもない内容であったほうがバランスは取れている。

大学は辞めたと笑ふ生ビール 津野利行

こういう人が、たしかにいるのだ。

麻雀のルールを賀詞に続けをり

なんというむちゃくちゃな。


16 バンテージ(谷口鳥子)


ボクシング50句。定型にすら構っていられないかのごときスピード感は本年の落選展では随一。

角川賞の連想で言えば第6回の磯貝碧蹄館がこんな感じだったな、と思う。その頃の彼は萬緑ばりばりの破調と郵便配達という特殊な素材とできらきらしていた。彼の〈台風圏飛ばさぬ葉書飛ばさぬ帽〉に浮ぶ生の充実感に、谷口の〈飲みこめぬ水首伝いTシャツへ〉〈夜の蜘蛛全て異なるパンチの軌道〉が重なる。

ラスト十秒へばりつく前髪が邪魔〉は二句目にして無季だ。このことを詠まねばならないという執念がある。時として季語が邪魔とさえ思われるこの詠み方は簡単にまねのできるものではあるまい。すべてボクシングのことを書きながらも50句でストーリーを作ろうとはしておらず、そこにも強さがある。〈夏雲や鼻血を拭う左腕〉一句一句がリアルだ。


17 空車(高梨章)



ものとものとが並んでいることの認識から作者の俳句は始まる。事物どうしは平等に存在している。その場所にあるということは、それだけで詠まれうる根拠なのだ。

蝉たちの穴あいてゐて海が見ゆ 高梨章

蝉たちの穴。木か何か、蝉たちのまわりに穴があることを言っているのだと思っていたが、「蝉の穴」だろうと教えてくれるひとがいた。ああ、そうか。穴から海が見えるのではなかった。穴があって、海がある。

蝉のいるところと海との隣接に、筆者は、どきっとする。瞬発力のありそうな景だが、書き方は平坦。

この作者にとって隣接は事実でしかないのだな、と思う。

隣接は関係性を生みやすい。〈窓四十と七つあり秋さびし〉さびしいと言ってしまえばただの事実でしかなかった筈の「四十」と「七」はたちまちにさびしさと結ばれてしまう。


18 積木の家(滝川直広)



的確な取り合わせを中心とした50句。季語を除いた12音のごく短いところで物を重厚に描写する。〈花馬酔木ほそき煙となる手紙〉の「ほそき」や〈刃のやせし鎌の置かるる大根畑〉の「やせし」のたしかさが強い。〈虫の音の間(あい)虫の音の埋めにけり〉〈一辺はテレビに空けてある炬燵〉は一物仕立てのたのしさの王道。

読初や波音寄する倭人伝 滝川直広

ああ、あの短い倭人伝はたしかに大きな海を描いていた。

消しゴムの角の倦怠卒業期

「倦怠」の語もまた的確。具体的ではなく、こんなふうに飛ばした言葉を以てする描写も巧みだ。


≫ 1.その年の事実
≫ 2.嘘と事実

2014-11-02

落選展2014_18 積木の家 滝川直広

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週刊俳句 第393号 2014-11-02
2014落選展 18 積木の家 滝川直広
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落選展2014_18 積木の家 滝川直広 _テキスト

18 積木の家 滝川直広

花馬酔木ほそき煙となる手紙
消しゴムの角の倦怠卒業期
白木蓮落花の凸の地に触れず
菜の花や氏名手書きのバス定期
靴ずれの踵の火照り春の星
花吹雪先頭は流線形である
水底の常世を隠す花筏
福耳の夕日に濡るる三鬼の忌
ドーナツの輪を抜けてくる春の雷
鷹鳩と化して万年筆涸るる
永き日の行きどころなきチェスの駒
亀鳴くや冷めてちひさき卵焼
春眠に体ひたしてをりにけり
箱庭に箱庭の空なかりけり
眼帯に葉桜の影染みてきし
紅さうび縁より黒におかさるる
アルビノの鳩のまじれる夏落葉
はんめうの脚かちやかちやと音のなく
葉ずれなく揺るる楓や梅雨曇
濃あぢさゐ店番をらぬ電器店
梅雨明けやサラダに跳ねる塩の音
昼寝覚アロエ絡まりゐたりけり
瞑想の耳滝音を寄せつけず
青田波ヘッドライトに切り取らる
やにの歯の唇をはみ出る秋旱
手びさしの顔のうしろの秋簾
虫の音の間(あい)虫の音の埋めにけり
失業者と思はれてゐる鰯雲
積木の家月の畳にのこりをり
口ゆるく開きし土嚢秋桜
煙茸ふみたき子らに数足らず
けふよりは桜紅葉の仮住まひ
いま降りしバスに辞儀の子秋夕焼
テーラーの生地をあふるる冬灯
冬うらら日のなめしたる黒瓦
出会(くわ)せし御火焚の火に魅入らるる
ほぞ抜けてゐるほぞ穴を雪螢
まなぶたを開くに倦みて蕪村の忌
初雪や目を立てなほすをろし金
マネキンの肌に艶来る雪催
刃のやせし鎌の置かるる大根畑
マスクして命令形を教へたり
一辺はテレビに空けてある炬燵
樹皮残る桜の撞木山眠る
初暦病臥の人の目の高さ
読初や波音寄する倭人伝
流木に値のついてゐる初天神
マフラーの結び目猪首より提がる
凍雲のどこよりゆるみはじめるか
冬深し灯明皿の縁の煤