2010-06-27

新撰21の20人を読む 最終回 抒情なき世代

新撰21の20人を読む 最終回

抒情なき世代 私は世界とどう向き合うか


山口優夢


まとめの回である。ゼロ年代に登場した新人のアンソロジーである『新撰21』、それを読み解くことによって何が見えてくるかを問いたい。本当はもっと通史的なパースペクティブを持った人間がすべき仕事であろうが、とりあえずは自分が書いてみて、それに対する批判を待ちたいと思う。

0 作者・タイトル・一句のまとめ

まずは、一覧性を鑑み、今まで書いた記事でとりあげた作者と、そのタイトル、そこで冒頭に取り上げた一句を抜き出してみる。

まずは作者。生年もともに書いておく。

第1回  越智友亮(1991-)×鴇田智哉(1969-)
第2回  藤田哲史(1987-)×関悦史(1969-)
第3回  佐藤文香(1985-)×九堂夜想(1970-)
第4回  谷雄介 (1985-)×田中亜美(1970-)
第5回  外山一機(1983-)×中村安伸(1971-)
第6回  神野紗希(1983-)×矢野玲奈(1975-)
第7回  中本真人(1981-)×五十嵐義知(1975-)
第8回  髙柳克弘(1980-)×相子智恵(1976-)
第9回  村上鞆彦(1979-)×豊里友行(1976-)
第10回 冨田拓也(1979-)×北大路翼(1978-)

次にタイトル。それぞれ、記事をリンクさせておく。

第1回  どこまでも楽しそうな男とうつろな目で世界を認識しつづける男
第2回  さびしげな男と無表情な男
第3回  世界を愛そうとする女と自分以前を粛清しようとする男
第4回  おどけて見せる男と飛ぼうとする女
第5回  夢に棲む男と陶酔する男
第6回  さびしさを見つける女と無邪気な女
第7回  真面目な顔をした男と物静かな男
第8回  神を追い求める男と地に足をつけた女
第9回  傷を持つ男と強引な男
第10回 美学に殉じようとする男と世界にいやがらせする男

そして、それぞれの一句。僕の鑑賞文のスタイルは、冒頭に自分が最も気に入った一句、ないしはその作者を読み解くのに重要だと考えた一句を掲げると言うものなので、その、冒頭に掲げた一句を、以下に集めて示してみようと思う。

第1回  ゆず湯の柚子つついて恋を今している 越智友亮
      枯原は録音らしき誰か来る 鴇田智哉
第2回  鶏頭花ポテトサラダをつくりけり 藤田哲史
      霜月の階段ありぬ家の中 関悦史
第3回  焼鳥の我は我はと淋しかり 佐藤文香
      日を離ればなれの鳥や石室や 九堂夜想
第4回  うつとりとして群がりぬ卒業子 谷雄介
      胎内は河原の白さ日傘差す 田中亜美
第5回  おろしそばの理由は聞けずじまひなり 外山一機
      美しい僕が咥えている死鼠 中村安伸
第6回  青嵐ピカソを見つけたのは誰 神野紗希
      春の海渡るものみな映しをり 矢野玲奈
第7回  落第の一人の異議もなく決まる 中本真人
      マンモスの牙洗ひ出す出水かな 五十嵐義知
第8回  洋梨とタイプライター日が昇る 髙柳克弘
      雛罌粟やでんぐり返りても真昼 相子智恵
第9回  吊り革のしづかな拳梅雨に入る 村上鞆彦
      地はたちまち化石の孵化のどしゃぶり 豊里友行
第10回 芹食べて一日一日をまぼろしに 冨田拓也
      豚の死を考へてゐる懐手 北大路翼

ここで挙げた句は、かなり自分の好みが入っているため、それぞれの作者を最も代表するものになっているかどうかはちょっと自信を持って言うことができない。ただ、少なくとも彼らの100句を読み解いてゆくにあたってそのとば口になると踏んで、挙げた句ではある。

1 枠組みの確認

この連載でずっと取り上げ続けた『新撰21』は、「2009年元旦現在四十歳未満で、2000年以前には個人句集の出版および主要俳句賞の受賞のない俳人を対象に、編者間の議論を経て選定した二十一名によるアンソロジー」(『新撰21』凡例より)である。この「新撰21」に取り上げられた作者の句を検討することで、僕は自分と同世代の俳人たちの作句傾向、この時代の空気がどのように詠まれているのか、ということを見極めようとしてきた。しかし、そもそも「新撰21」を見ることでどの程度自分と同世代の俳人の代表的な俳句を読めているのかどうか、という点は、まずもって検討を加えるべき事項であるはずだ。

世代を一つの枠組みとして見ることで俳句の傾向を議論した評論としては、『現代俳句の海図 昭和三十年世代俳人たちの行方』(小川軽舟)が記憶に新しいところであろう。この本では、著者の小川と同年代にあたる、1951年~1961年に生れた10人の俳人たち(中原道夫、正木ゆう子、片山由美子、三村純也、長谷川櫂、小澤實、石田郷子、田中裕明、櫂未知子、岸本尚毅)の作品論を通じて所謂昭和30年世代俳人という枠組みを提示し、彼らの俳句の傾向を示そうとしたものだった。この評論は、高山れおなから、この世代の重要な俳人として夏石番矢が抜けているという点を指摘されてもいる(「番矢なし」が俳句の五十五年体制の肝?小川軽舟句集『手帖』及び『現代俳句の海図 昭和三十年世代俳人たちの行方』を読む)が、少なくともこの世代の重要な俳人を、著者である小川軽舟自身がセレクトして、世代論を展開するに十分であるとの見極めがあって書かれた評論であったはずだ。

同様に、基本的には「新撰21」の書評に過ぎないこの連載企画をもしも世代論とみなすならば、ここに収録された100句がそもそも各人にとっての代表的な句であること、さらに取り上げられた20人がこの世代を代表するものであることを本当は示す必要があると言える。前者については、本来ならばたかだか100句を読んだことによってその俳人を語っていいのかどうか検討の余地が大いにあるところではあるが、前提として、「過去の全作品よりの自選主要100句」(「新撰21」凡例より)という条件でそろえられた100句であるため、各人の自選眼を信頼するのであれば、この100句がそれぞれを代表するものと扱ってよいはずである。しかし、後者についてはもちろん簡単に検証できることではない。

僕が知っている限りでも、この本に入集していない同世代俳人はかなりの数に上る。20代では、僕自身が初学時代に薫陶を受けた森川大和や、本書に入集している藤田哲史と同年の生駒大祐などの俳句甲子園出身者たち、船団の久留島元をはじめとする関西の若手たち、古志の西村麒麟をはじめとする伝統派も漏れている人は多いし、野口る理や高遠朱音、松本てふこ、宮嶋梓帆、江渡華子といった女性俳人も入集していない者は多くいる。また、30代でも明隅礼子や津川絵理子などの実力派が入っていないし、2000年代以前に個人句集を出している如月真菜や大高翔なども機械的な弁別によって候補者から外されている。彼らを外したところに世代論が成り立つかどうか。第一、「新撰21」中の20人のみが議論の対象となっているため、山口優夢の俳句がその範疇に入っていないのは問題ではなかろうか。

また、現に出てきている俳人だけが問題なのではない。小林恭二が昭和61年に『青春俳句講座』中の「新人類俳句ベスト30」で挙げた中には、その対象が小川の『現代俳句の海図』中で挙げられている昭和30年世代と同世代であるにも関わらず、正木ゆう子も石田郷子も櫂未知子も重要な俳人として名を挙げられているわけではない。つまり彼女らは昭和61年時点よりもあとに活躍を始めた存在なのであり、翻って40歳以下のこの新撰21世代を見てみたときにも、まだ活躍を始めていない潜在的な俳人の存在を否定することはできない。

しかしながら、「新撰21」中には第1句集が宗左近俳句大賞を受賞した佐藤文香、田中裕明賞を受賞した髙柳克弘、あるいは去年の角川俳句賞を受賞した相子智恵などの主要な俳句賞を若くして受賞している作家が複数名存在する。さらに、神野紗希、冨田拓也、中村安伸、関悦史、鴇田智哉などは論作ともにインターネットや総合誌を通じて発表する機会が多く、そのような形でメディア露出の多い、別の言葉で言えば、アクティビティの高い若手俳人は、ほぼ漏らすことなく入集しているのではないかと考えられる。

上記の事情を勘案すると、「新撰21」入集の若手作家について論じるということは、2010年現時点までである程度俳壇的な評価を受けている20代30代作家について論じると言うことである。もしも20年後に同じ世代の俳人論をまとめようとしたときに入れるべき俳人はおそらく変わっていることであろうし、それに応じて世代の特徴も変化している可能性がある、という点を考えれば、これをもってこの世代の代表として論じてしまうことについてはやや性急な感があるとは言え、現時点でのこの世代の特徴をまとめるには質量ともにこれより適したテキストは今のところ見当たらないというのが実情であろう。そのような事情であるから、たとえば今の時点から大正世代作家の仕事を通覧してその世代を論じると言う場合と今回とは不可避的に質が異なってくることは免れ難い真実である。このことには注意を払う必要があろう。

あるいは、それは同時代作家評というものの必然的な限界とも言える。

2 比較対象としての昭和30年世代

さらに、世代論というのは、もちろんのことであるが、一つの世代だけを取り上げてみても十分に成立するものではない。他の世代と比較してみたときにその世代の特徴があぶり出されてくるということはあるはずで、そのために今回は昭和30年世代作家との比較を中心に行なってみたいと思う。

なぜ昭和30年世代作家か。それは、第一には、現在までに批評などで顕在化している中では、彼らこそがこの新撰21世代に最も近い世代と言えるからである。すぐ前の世代に比べてどのように変化しているのかを追うことは世代論の基本的な押さえ方であろう。もちろん、昭和30年世代作家というのは年齢的に見れば50歳から60歳までの世代であり、40歳未満である新撰21世代の直ぐ上の世代とは言い難いが、40歳から50歳までの作家は、僕の知る限り、今のところ批評によって顕在化しているわけではない。その世代には高山れおなや五島高資と言った無視できない俳人が存在していることはもちろんであるが、彼らの仕事を世代として括るのは誰かがやらなければならない、まだ行なわれていない仕事であろう。そこまでをカバーするのは、正直現段階では僕の手に余る。

50歳以下の新人にスポットをあてた「超新撰21」が近日出版予定であるとのことだから、それが出ればまたその世代の見通しも良くなってくるだろう。

昭和30年世代を比較対象とすることにはもう一つ大きな意味がある。それは、昭和30年世代俳人を論じた小川の前掲書の中にある次の一節から生じる問題である。

昭和三十年世代は、俳句の形式をめんどうな束縛と考えるのではなく、たった五七五の端切れのような言葉を詩にするために、昔から考えつくされた機能であると考えた。だから、その機能をきちんと理解し、存分に発揮させ、さらに深化させること、そしてその機能を借りて自分を表現することに力を注いだのである。(中略)昭和三十年世代は、型を完璧に習得することによって、型を意識しない自由を得たのだ。小林は、「現代俳句が何か強力なくびきから解放され、自由になりつつあるような気がしてならない」と言った(前掲)。その自由とは、俳句形式から逃れることによる自由ではなく、俳句形式を完全にわがものとすることによる自由なのである。

文中の小林というのは小林恭二、前掲と書かれているのは『青春俳句講座』である。小川は、昭和30年世代にとっては、もう形式面においてもテーマにおいても俳句が切り開くべきフロンティアはほとんど残されておらず、そのために彼らは古典や伝統といったものを復興させることに価値を見出し、その中で俳句の型を習得し、使いこなすことが彼らの俳句で目指されていることなのだとしている。

昭和30年世代において俳句がフロンティアを完全に喪失し、型を習得することによって再生産されてゆくものとなっているという認識が正しいとしたら、さらにその下の世代である新撰21世代は一体どこに向かえばいいのか。上に示された昭和30年世代の俳句の認識は、この次に来るものを全く予感させない、ここが袋小路、という感じがする。正に小川が言うとおり、「彼ら(昭和30年世代…引用者注)とともに、俳句はこれからどこへ行くのか。さしあたり俳句はどこへも行かないように思われる」という認識に到達してしまう袋小路だ。

新撰21世代は、このような終末的な俳句観を示した昭和30年世代の下で新しい方向性を獲得し得ているのかどうか。それがこの稿での最も大きな検討事項となるはずである。

3 形式面からの検討

まずは新撰21作家の句の特徴を、形式面からみていきたいと思う。

五七五を途切れることなく一行で書きおろすという基本的なスタイルから逸れる者は、基本的には20人の中には存在しない。自由律で書いていたり、分かち書きや多行形式を自分の方法としていたりする作家は、少なくともこの20人の中には見られないのである。唯一、九堂夜想が分かち書きを数句書いているが、100句の中で見ればむしろ例外的と思えるほど少ない。

(20人の中の一人、外山一機は、週刊俳句や所属誌の『鬣TATEGAMI』などで多行形式かつ先行作品をもじった作品を発表している(たとえば週刊俳句127号発表の「俳人としての私」など)が、これは「新撰21」にはとられていないので、ここではとりあえず挙げずにおく。)

また、形式面において、分かち書きや多行形式ではなく、何かもっと革新的な技法を自分の方法として打ち出している作家は見られない。これは、基本的には昭和30年世代の傾向を受け継いでいると見ることができよう。小川が前掲書で主張した通り、形式のフロンティアというものはここでは追い求められていないのだ。ただし、本当に形式のフロンティアというものが俳句にはもう残されていないのかどうかには留保をつけておきたい。

昭和30年世代と新撰21世代の中間に位置する高山れおなが第2句集『荒東雜詩』で実践したのは、収録全句に前書きをつけるという手法であった。前書きそのものは特別新しい手法というわけではないものの、意識的にそれを詩の方法として実践し、一句と前書きの対応を様々な位相で実現させるという手法は、革新的なものを感じさせた。俳句そのものの形式の革新ではないにしても、このような形で表現のフロンティアというものはまだ残されている可能性は誰にも否定することはできない。

昭和30年世代にしても新撰21世代にしても、形式のフロンティアが実際にないかどうかは差し当たって問題ではなく、彼らが形式のフロンティアを追求することを自分たちの表現とは考えていない、というのが実情ではないか。その点では、新撰21世代は昭和30年世代の忠実な継承者と言えよう。

また、小川自身があまり踏み込んで言及していなかったことでもあるのだが、そこでは、多行形式や分かち書きと言ったかつての前衛が生みだした手法も省みられることがない。単にフロンティアが追究されていないのみではなく、切り開かれたかつてのフロンティアもすでに放置されているのだ。かつての前衛のそういった手法が実りの少ないものだと見切ってのことなのか、あるいは、それは、かつての前衛がそれらの手法を生み出し、必要としたという背景が完全に失われているからとも言えるだろう。

多行形式や分かち書きは、五七五を細分化し切り刻んでいくつものパートに分けた状態で考えている手法と言えようが、それを体現するには五七五全体に詩の気分が充満している必要がある。切り刻んでもそれぞれの一節が面白いほど、隅々まで詩的な緊張が漲っている必要がある。こういうまとめ方は乱暴に過ぎるかもしれないが、そういうやり方が必要とされたのは、やはり現代詩に比べて遜色のない詩的強度を得るための一つの方策だったのだとは言えまいか。現代詩への対抗意識、という背景が失われた結果、分かち書きや多行形式はうまく後世へ引き継がれることが難しくなったのかもしれない(もちろん、林桂や中里夏彦など多行形式を自分の方法としている作家が現在もいることは承知しているのだが)。

ある程度の字余りや句またがりによってリズムの屈折を味わわせてくれる句はあるものの、自由律によって五七五のリズムとは根本的にずれたリズムを生産している作者も見当たらない。新撰21世代は、昭和30年世代同様に五七五の一行書きの中でやってゆく世代とみなすことができる。この形式という点においては、小川の「昭和三十年世代は、俳句という表現手段に出会ったことによって、自分自身を見出してきた世代である(前掲書)」という評言は、新撰21世代においてもかなりの部分あてはまるのではないかと思える。

現代詩でもなく、短歌でもなく、正に俳句を選んだということが自己表現だったのであり、俳句をそこから変革してゆくことを自己表現とは考えていないのだ。少なくとも今のところは。

4 季語的な世界観との距離感

有季か無季か、という括りでとりあえず見てみる。今回取り上げた20人のうちで、100句の中に無季俳句を含んでいるのは

谷雄介(「焼跡より出てくるテスト全部満点」など)
外山一機(「水死して華族に生まれかはりたし」など)
冨田拓也(「永別や扉の奥の潦」など)
豊里友行(「基地背負う牛の背朝日煙り行く」など)
中村安伸(「なんとなく青い接続夜から雨」など)
田中亜美(「原子心母ユニットバスで血を流す」)
九堂夜想(「踊れや肛門 現人神が舌かがよう」など)
関悦史(「死にしAV女優の乳房波打つや」など)

以上の8名である。ただし、ひょっとしたら僕の見落としているものもあるかもしれないが。さらに言えば、鴇田智哉は100句の中には無季を含めていなくても、先日、「俳句研究」2010年春の号で無季俳句22句を発表しており、上記の8名以外の作家が全く有季定型の枠内に収まっているということを意味するものではない。

昭和30年世代作家はほとんど有季定型でやってきた作家たちだったから、このように新撰21作家の中に無季俳句を作る作家が少なからず含まれているということは、彼らとは少々異なる傾向を見てとることができるかもしれない(ただし、繰り返すようだが、世代としては昭和30年世代に含まれる夏石番矢や林桂は必ずしも季語を絶対視してはいない)。

上記は機械的に無季俳句を作っているかどうか、という弁別でしかないが、そもそも季語的な価値観、花鳥諷詠的な世界観とこの世代がどの程度距離をとっているかということの方が本質的には問題であるように思う。

季語の世界観というのはどういうものか、ということを言語化するのは少し難しいけれども、そう言ったものがあると若手俳人のうちの少なくとも一部が感じているということは、以下の発言を読んでみても分かるところである。

というか、2002年の第一回芝不器男俳句新人賞に出したのは全部無季です。あのときは絶望的、否定的な世界観が全体としてあった。そのなかに季語が入ることで世界観が狂うわけですよ。こっちがモノクロの映画を撮ろうとしているときに、安手のカラーテレビのドラマにされてしまうような、季語が入ることで、なあなあで許されて、曖昧に、ある世界観に変わってしまうところがあって、それが最初は非常に嫌で、避けていたのですが、そのうち形として入れるようになった。使うと作りやすいから。

これは、角川俳句2010年6月号特集「若手俳人の季語意識」と題された座談会中での関悦史の発言である。確かに、季語の含意する歴史性や五感に訴えてくる空気感などの、「連想性」とでも言うべき特質は、世界と主体との親和をあっさりと果たしてしまうようなところがある。第一回芝不器男賞で『マクデブルクの館』という作品をものした頃の関にとっては、世界に背を向けるベクトルを形成するのに、季語のそういった特質、ひいては世界観といったものは勝手に世界へ開いて行ってしまう、厄介なものだったのであろう。

ただし、関自身が上記の発言で語っている通り、「マクデブルクの館」以降の関は、基本的には季語の世界観を利用してゆく方向に踏み出しており、新撰21中で「マクデブルクの館」から拾われているのがたった3句であることから見ても、関の否定的・絶望的世界観はその後変容を迎えていることは確かなようだ。

季語的な世界観は、ある人物が確かにそこにいるのだというリアリティーを五感に示すための一種のアリバイとして効いていることがある。その極北にいるのが冨田拓也、そしてそれをもっと意識的に使っているのが関悦史と言えよう。彼らの句を統べている世界観、ないしは「テーマ」と呼び得るものは、従来の俳句的な価値観とは別の、彼ら固有のもの、どこか俳句的宇宙の外側からやってきたもの、という印象を強く受ける。冨田の場合、それは運命に翻弄される生命の躍動であろうし、関の場合には向こうからめまぐるしくやってくる世界というものをひたすら無表情に描写することで見えてくる世界の不条理さ、とでも言えばいいだろうか。

木の中のやはらかき虫雪降れり 冨田拓也
目刺食つて株価明滅せる地球 関悦史

越智友亮のような若年の作者になると、自分の生活感覚、感情生活というものが季語によって普遍性を獲得する契機を得ていると言えよう。藤田哲史、佐藤文香、谷雄介も越智とさほど年齢的には変わらないが、彼らの表現作法は俳句的情緒の内側にいるように見せかけて、そこに自分の真情をあまり載せていない。その醒めた目線が、俳句に対する批評として効いてきているところが感じられる。特に谷雄介の句では、季語的な価値観を越えて世界そのものに対峙する、ひどく醒めた表情が垣間見える。

冬の金魚家は安全だと思う 越智友亮
三人が傾きボブスレー曲がる 藤田哲史
みつちりと合挽肉や春の海 佐藤文香
夏芝居先づ暗闇を面白がる 谷雄介

伝統的、保守的と見られている中本真人、村上鞆彦、五十嵐義知、矢野玲奈の四人を見てみても、それぞれ季語に対する態度が違って興味深い。中本の場合には基本的に人間の生活一般をいとおしむために季語が使われており、五十嵐の場合には対照的に自然や伝統というもっとスケールの大きなものを尊ぶために季語が呼びだされている。矢野はその両方を過不足なく取りそろえている感じだ。興味深いのは村上で、彼の句は季語的な世界観の外には出ないにも関わらず、彼自身がそういった世界というものに対してどこか鬱屈した感情を見せずにはいられないというところがある。そういう意味では、20人中で最も青年らしい俳句と思う。

熱燗の冷める間もなく空きにけり 中本真人
みづうみの月に色なき風寄する 五十嵐義知
秋風に富士のだんだん見えてきし 矢野玲奈
街灯下寒の轍の殺到す 村上鞆彦

外山一機、豊里友行、中村安伸、田中亜美、九堂夜想は、上記の伝統的な俳人に対して左翼的な俳人と言えようが、彼らの季語への距離感もかなりバラエティがあるようだ。九堂は季語なぞとは違う場所でやるのだ、という態度が鮮明で、実際、無季の句も20人の中ではもっとも多いのではないか。それに対して田中は基本的には季語の連想力を借りるタイプだが、中心にあるのは自分の肉体であると言う点、女性作家らしい。象徴的に「飛ぶ」という意思が幾度も扱われているのが印象的で、この飛翔感は、かつて自らの肉体の感覚を基礎に書いていた女流俳人である桂信子などとは全く異質なものだ。豊里は言葉の連結によるイメージの飛躍に特徴のある俳人であり、リアリティの保持の仕方が基本的には他の作家と異なるので、季語にこだわるということはないのであろう。外山の句は描かれている世界が夢うつつのようなところがあって、そういう意味でははっきりしたリアリティというものを最初から必要としているわけではない。中村の句は、外山の方法をさらに哀愁を帯びるまでオプティミスティックな方向に推し進めていったところにあると言ってもいい。

楡よ祖は海より仆れくるものを 九堂夜想
日雷わたくしたちといふ不時着 田中亜美
鮮やかな原野遺骨に星のさざなみ 豊里友行
貴種として秋蝶へピン突き立てよ 外山一機
ミラーボールとは聖痕をまき散らす 中村安伸

鴇田は、季語というものに価値観が生じる以前の世界をどうにか書きとめようという意思が明確。季語よりも速い場所にどうにか言葉を抛り込みたいのだ。それに対して、北大路の場合は季語の世界観に、他者に対する自分の悪意を込めた態度をぶつけるのが基本的な方法であって、そのような季語の利用の仕方は、ある意味では鴇田と正反対である。季語からどれだけ遅れて詩を書くことができるかを試しているとも言えようか。それをさらに推し進めてゆくと、谷雄介になるのではないか。

優曇華やかほのなかから眠くなり 鴇田智哉
笑茸死ぬなと言はれても困る 北大路翼

現在のところ俳壇から最も評価されている三人、神野紗希、髙柳克弘、相子智恵は、季語的な世界観に割合肯定的と言うか、最も自然に季語的な世界観の内側に入りこめている感じがする。ただし、神野、相子の書き方と髙柳の書き方は非常に対照的。と言うのも、神野や相子があくまで自分というものを起点に世界へ迫ってゆこうという態度であるのに対して、髙柳は、自分の存在をなるべく覆い隠して、世界の普遍的な構造へダイレクトに切り込もうというやり口だ。これは、冨田の方法論に通じるものがあるかもしれない。神野と相子の場合は、自分が起点と言っても、田中のように自分の身体性に拠って立つのではなく、世界を眺めている自分の自意識、という視点を用意する、ということである。それが神野の場合には生命の儚さを伝える感傷的なベクトルを持ち、相子の場合には世界への信頼感を感じさせる楽天的なベクトルを持つ。

海に降る霰の音を誰か聞く 神野紗希
火星にも水や蚕の糸吐く夜 相子智恵
うみどりのみなましろなる帰省かな 髙柳克弘

なんだか、季語的な世界観への各人の距離感を測ろうとしたら、各人のテーマや方法論がぐちゃぐちゃに入り乱れた寸評のようなものになってしまった。しかも、かなり大雑把な把握であることは認めざるを得ない。

季語的世界観からの距離感は、各人でかなりバラエティに富んでいるし、単に距離感というだけの問題ではなく、20人もいるとさすがにいろいろな側面から季語というものにアプローチする作家がいる、という印象を受ける。同じ伝統派でも中本と五十嵐では見ているものが違うし、鴇田のようにむしろ季語というものが成り立つ前の原初的な世界が透けて見えてくるような作り方をする者もいれば、冨田のように有季定型を基本にしているにも関わらず全く異なる美学で一句を立たせている作家もいる。

翻って昭和30年世代は、一体どのように季語との距離感を保ってきたのか。それについて詳しく見てゆくのは僕の手に余る仕事ではあるが、一応、簡単に見てみる。岸本、小澤、長谷川、田中あたりは、半ば戦略的に、季語的価値観の内側でどれだけ自分のものを書けるか、ということを試しているように見える。中原、櫂は、上記4人に比べると季語的世界観から距離をとって、そこに人間性というものをぶつける意志を感じさせる。その方法が機知であり、諧謔だったのであろう。おそらく従来の季語的な価値観から最も遠いところにいるのは正木ではないか。彼女は自分の肉体感覚を宇宙に向けて解放するという独自の世界観に沿って季語を引き連れているというように見える。

浅蜊の舌別の浅蜊の舌にさはり 小澤實
褒美の字放屁に隣るあたたかし 中原道夫
オートバイ内股で締め春満月 正木ゆう子

比較してみると、季語的世界観とどうやって距離を取るか、という方法論の点において、新撰21世代は昭和30年世代とは異なる戦略を取る者も出てきているということが言えるように思える。鴇田、関、冨田の取る方法論は、少なくとも昭和30年世代には見られるものではないだろう。村上のように季語的世界観の内側で憂愁にふける青年という図式も、昭和30年世代にはちょっと見られない構図ではないか。

5 抒情なき世代の詩

季語的な世界観との距離感という尺度は、新撰21世代の本質を切って見せるための一つの切り口として考え出してみたのだが、いまいち切れ味が良くない。話が拡散してしまったし、昭和30年世代との相違も、どこか見えにくくなってしまった。

もう一度きちんとまとめなおしてみると、各人の季語的世界観への距離感の相違というものは、何に拠ってきているかと言うと、それぞれの作家が何をリアルと考えているかにかかっていると思うのだ。と言うか、20人がそれぞれ自分の見ている世界のリアルにどのように迫ってゆくかということを体現しようとしているのが、この新撰21という一書にまとめられているのではないか。

鴇田と関と神野というそれぞれ全く異なる手法を取る作家を挙げてみることでそのことを例示してみる。鴇田の句には名前つきの他者が介入する余地がない。鴇田自身の認識がどのように世界をとらえるか、ということがそこでは至上命題だからだ。それに対して、関の句では彼を取り巻く他者の様子、その不条理さを描写することで混沌とした世界が浮かび上がってくる。神野の場合には、他者と自分とを結び付ける“さびしさ”とでも呼ぶべき引力をてこにして句が書かれるため、季語はそういった他者の世界の一つの表象として主要な役割を引き受けている。

それぞれ、何を見ようとしているか、どう見ようとしているかは異なるものの、共通していることは、自分の生きている世界のリアルを透視しようという視力によって書かれているということではないか。それは、他の作者についてもかなりの部分まで同様のことが言えるように思う。

リアルを実現するためには、季語的価値観の内側にとどまっていてはダメだと考える作者もいるし、内側にこそ自分の書くべきリアルがあると考えている作者もいるのではないか。リアルとは何も目の前の現実だけを指して言っているわけではない。たとえば冨田の作る句が現実とクロスしてもしなくても、それは息苦しいまでの真実性を含んでしまっているのであるから、リアルと呼ぶべきものとなる。

彼らは切羽詰まっているのだ。あるいは、逆にリアルというものから距離があり過ぎるのか。いずれにしても、リアルというものを志向する彼らの句は、実は、それまで俳句が自然にたたえていた抒情というものを全く欠いているのではないか、というのが、僕の、新撰21世代俳句に対する結論だ。抒情と言うような情感のあるしっとりしたものの代わりに、もっと乾いた、切実なものが込められざるを得なくなっているのではないか。あるいは、抒情がない、という言い方が穏やかでないならば、抒情というものの質が変化したと言えるのではないかと考えている。

口寄せに呼ばれざる魂雪となる 中原道夫
やがてわが真中を通る雪解川 正木ゆう子
葛の花夜汽車の床に落ちてゐし 長谷川櫂
渚にて金澤のこと菊のこと 田中裕明
白梅や父に未完の日暮あり 櫂未知子

昭和30年世代の特徴として、小川は型を遵守することを挙げていたが、僕の目から見ると、彼らは新撰21世代に比べて驚くほど抒情的であり、その方がむしろ特徴として挙げるのにふさわしいのではないかと思える。あるいは、抒情というものに安らかに身を横たえることのできていた世代、と言うべきか。そもそも、評論を書いている小川自身が、かなり抒情的な作家のように思える。

落椿空家まいにち日の暮るる 小川軽舟

もちろんものごとには例外があって、岸本尚毅の句のどこを振っても抒情のひとかけらも出てきそうな気はしないのだが、そこは今は触れずに置きたい。全てを完璧におさえるのは無理なのだ。

そして、少なくとも新撰21世代には、上に挙げたような昭和30年世代作家の体現した抒情が見られるとは僕には思えない。一句が何の疑念もなく抒情にひたっている昭和30年世代作家に比べて、新撰21世代の抒情は、抒情というものがあるとすれば、それは、どこかかぎかっこで括られたもののように思えるのだ。

抒情、という言葉をきちんと定義することは、ほとんど詩論というものを知らない僕にとっては困難なことだ。しかし、敢えてそれをなにがしかの言葉に表そうとするなら、「私」の心に触れてこようとする「世界」の優しさ、とでも言おうか。いずれにしても、それは「私」に対峙する「世界」というものが、どれだけ「私」と親和しているか、ということだと思う。上に挙げた昭和30年世代の句には、どれも「世界」の哀しみが屈託なく表現されており、その哀しみに作者自身が共鳴している様子がよく分かる。

それは次のような文章にも通じるところがあるのではないか。長谷川櫂は、石田郷子の第2句集『木の名前』の栞において「音ひとつ立ててをりたる泉かな」という句に対し、「この句もいい句ですね。」として、

ここであなたと泉は誰にも邪魔されない信頼によって結ばれている。「あなたと泉」といったのは、ちょっと遠慮した言い方で、本当はこういってもいい。あなたと世界は誰にも邪魔されない信頼によって結ばれている。

これこそが、昭和30年世代の体現する抒情というものの源泉ではないかと思うのである。

たとえば田中の「渚にて」の句など、金澤のこと、菊のことをどうしたのかは分からなくても、この論理を一切完結させない口ぶりが、永遠とも思えるようなさびしい彷徨を予期させてしまうところが魅力だろう。どこまでも続く渚をさまよい歩くその姿、絶えることなく寄せては返す波、そのままずっと変わることのない世界。それはまるで、世界の終末のようだ。そしてそんな世界に同調し、共鳴する中にほのかに浮かび上がる彼の哀しみこそが抒情となって我々の心の中に流れ込む。この句はどこか悲しいが、世界の哀しみに彼自身が共鳴しているために、世界と彼とはある信頼によって結びついているのだと言えないだろうか。

しかし、新撰21世代の句は、これら「抒情的」な句に比べて、世界というものに対してどこかまっすぐには共鳴できない屈折を抱え込んでしまっているような気がするのだ。あるいは、まっすぐに抒情というものに向かうことのできない、乾いた心性のようなもの。

もちろん、その中では、村上鞆彦や田中亜美などはかなり抒情というものに近いという印象を受ける、例外的な作家と言えよう。あるいは、髙柳克弘などは意図的に抒情というものを利用するように書くことはあるものの、彼の句の核にあるものが抒情とはちょっと思えない。新撰21作家の大方の作品は、抒情と言うにはどこか醒めているのではないか。五七五に体重をかけていない感じ、とでも言おうか。

一本の柱を崇め夏休み 谷雄介
釘は木を衰えさせて天の川 神野紗希
青嵐渇かざる眼を持ちつづけ 冨田拓也
人類に空爆のある雑煮かな 関悦史

それは、時代というものと切り結んだ結果、というよりも、どちらかと言えば、彼らの句が、時代というものの圧力下にあることを証だてているのではないかと思っている。

6 おわりに
 

結局、愚にもつかない印象論で終わらざるを得ないのが心残りではあるが、個人的には、この世代は抒情から遠い、あるいは抒情と言うものが変質しつつあるというのは、少なくとも昭和30年世代と比べてみたとき、一つの特徴だということは、ほとんど直感としか言いようのないものであるが、感じるところである。それを上記できちんと示せたかどうかは大変心もとなく、異論反論もあるだろうことは想像に難くない。しかしともかく、僕の感想は上に尽くした。

なぜ昭和30年世代俳人の抒情が、新撰21世代には消失あるいは変質しているのか。バブル崩壊、不安定な政情、オウム事件、9・11、長引く不況、環境破壊、貧困層の拡大、あるいは秋葉原の無差別殺傷事件。ここ20年くらいのスパンで見ても、さまざまな事件が、ある社会背景の原因となり、あるいは結果として、我々に共有されてきた。上記のいくつかの事件がどの程度真剣に受け止められているかについては個人差があるところだろう。と言うか、ほとんどの人にとって、ほとんどの事件はテレビの中の出来事として消費されてきたというのが実情ではあろう。

しかし、言い古されてきたことで恐縮ではあるが、なんとなくある種の閉塞感が我々を覆っていることは間違いないのだろう。それは、経済的不況のような短期的なものではなく、もっと長期的な見通しで見てみても、何か逃れ難い閉塞状況がないだろうか。少子高齢化というのは何とも気の滅入る話だし、それがもっと俗世間的な風潮まで降りてくると「負け犬女」や「婚活」といった流行語に結びつく。温暖化問題に代表される環境問題は国を越えた大きな案件だが、我々に見える範囲では、「エコカー減税」などの、なんともしょぼくれた話になってしまう。だいたい、エコという旗印は、それが非常に重要なものであるということは分かっていても、何か人の心をかきたてるワクワク感に欠けている。貧困層と富裕層の二極化というシナリオは、「ネットカフェ難民」を生み出したが、たとえばネットカフェ難民の一人が「泪橋を逆に渡ってやる」と奮起してボクシングの世界チャンピオンになる、という話などはそらぞらしくてドラマにもならないだろう(個人的には「あしたのジョー」は好きなのだが)。

このドラマツルギーに対するそらぞらしさこそが、この新撰21世代が根っこのところで持っている感情ではないか。「婚活」や「エコカー」といった解決策に対して、そらぞらしい、と思って乗りきれない感じ。それこそがこの世代で起きていることなのだ、と思うと、僕自身の実感としてはしっくりくるのだが、どうであろう。あるいは、ほとんどの事件がテレビの中のこととして繰り返し繰り返し消費されてきたことによって、我々は醒めさせられてしまったのかもしれない。こんな雑駁な議論で世代の核心というものを突けるかどうかは分からない。しかし、もしもこのようなしらけ方が真実だとすれば、確かにそこから抒情は生れようがないのではなかろうか。

しかしながら、蛇足と思いつつ書き記しておくが、抒情なき世代、という括りでこの最終回の原稿を書いて見ようと思う、と、同じ世代の俳人に相談してみたら、「でも、君の俳句は抒情的だけどね」と言われたのは、若干ショックであった。

自分の俳句ばかりは分からないものだ。





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2 コメント:

tenki さんのコメント...

ツイッターでも軽く話題になったのですが、19歳から39歳までを含む(じつに20の年齢差!)「新撰21」に「世代」の語を用いるのは、無理があるでしょう。

(まあ、これは優夢さん自身、すでにお気づきでしょうけれど)

一方、シリーズの締めとして、まとめを書いておきたいとの意図はわかりましたが、もし、うまくまとまったら、それは「新撰21」のラインナップの貧しさを示すものになるかもしれません。

くだけた捉え方・言い方になりますが、「まとまらない」ほうが、いろいろな作家がいるんだなあ、ということで、豊か。



「抒情なき」という把握は、ちょっとしっくりきませんでした。大半は叙情的な作風に思えます。これは俳句世間全体の「抒情シェア」と同程度かそれ以上。抒情に対する懐疑や警戒、忌避は薄いように思っています(それがいいとか悪いとかではなく)



翻って、『現代俳句の海図』で取り上げられた「昭和30年世代俳人たち」について、高山れおなさんがどこかで語っていたと思いますが、「好景気のなか良い大学を出て良い暮らしが出来ている、いわばプチ・エスタブリッシュメントとでも言うべき社会集団の心性」(表現はウロ覚えの再構築です)という括り方もできます。

それとの対照で、現在の「アンダー40」=新撰21が、ポストバブル、長期不況時代の心性を、ゆるやかに共有しているのかどうか。そこには少し興味がわきます。

山口優夢 さんのコメント...

tenkiさま

コメントをありがとうございます。

新撰21全てを一つの世代としてくくるのは、確かに無理があるかもしれません。しかし、俳句がどういう風に変化しつつ引き継がれていっているのか、ということを大局的に見てゆく場合に、10年20年程度の年代を一つの世代に括り、それ以前の世代と比較してみることに意義はあるのではないかと思います。それにしても20年をひとくくりに、というのはスパンが長すぎるでしょうから、新撰21の中で20代作家と30代作家と分けた方がより精緻な議論ができたのでしょうが、そこまでは準備不足で出来なかったというのが実情です。

実際、書いてみるとなかなかまとまることがなく、いろいろな作家がいるということも改めて分かりました。季語的な世界観とどのように向き合っているか、という点一つに限っても、様々なスタンスがあると感じています。これは人選の際に多様性を意識したという編者の方の意向がきちんと反映されているということでもあるのでしょう。

「抒情なき世代」と言う把握は、ひょっとしたら僕だけの感じ方かもしれず、それをきちんと言語化できていたかどうか正直あまり自信が持てないので、指摘していただいてありがたく思います。ただ、言いたかったのは、新撰21の作家が抒情に対して意識的に懐疑、警戒、忌避しているということではなく、たとえ抒情という方向に向かったとしても昭和30年世代とは着地点がおのずと違ってきてしまっているのではないか、というようなことです。抒情がない、と言ってしまって言い過ぎであれば、抒情の質が変化している、ということだ、と本文中に書いたとおりです(でも、「抒情なき世代」と打ち出した通り、僕自身はあんまりないように思っていますが)。もちろん、個々の作家によって程度の差があるのは当然のこととして、ですが。

そのことを、天気さんの持ちだしたふんどしを借りてきて「長期不況時代の心性をゆるやかに共有しているのだ」、と簡単に結論付けて良いものかどうかは僕にもよく分かりません。

なんだかまとまらない話で恐縮です。

山口優夢