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2019-11-10

〔今週号の表紙〕第655号 道頓堀 山中西放

〔今週号の表紙〕
第655号 道頓堀

山中西放



それぞれのビルがいっぱいに押し合いへし合いへし曲げ、まるでカラー曼荼羅ような熱気ある美を作り上げている道頓堀。1612年安井道頓が私財を投げ打って開拓した運河。近く大衆劇場も多く大阪文化の中心地でも在り、多くの文人を生み出した町でもある。この川の南側にある道頓堀筋(商店街)は今にも崩れ落ちてきそうに看板群が路を見下ろす。日本の都市で商店街が寂れてゆく中で大阪南難波周辺の繁華は何かを教えてくれるような気がする。若し陰が在るとしたらこの川面の幻景だろうか。

かつて川柳作家西田当百の句に「上かんやへいへいへいとさからわず」があり、道頓堀風土を知らされる。


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2018-07-22

〔今週号の表紙〕第587号 マトリョーシカ 山中西放

〔今週号の表紙〕
第587号 マトリョーシカ

山中西放

束の間に飾られ束の間に消えて良く都会の窓際の装い。和風な飲食街の密集する先斗町の細い道に、このロシア人形マトリョーシカは否応なく人目を奪う。まるで三条の先斗町歌舞練場向かう舞子に張り合うように。

ガラスに映る向かい側の和風な店並みが不思議な異風景を作り上げる。ここは恐らく洋酒酒場であろうか。ウオッカかブランデーかとにかくアルコール度の高い酒を意識させる。マトリョーシカに窓を塞がれた薄暗い空間。空漠としたロシアの極寒の酒場の入口が真夏のここにある。

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2018-05-06

〔今週号の表紙〕第576号 銀竜草 山中西放

〔今週号の表紙〕
第576号 銀竜草(ぎんりょうそう)

山中西放


かつて滋賀県の山中で出会った2本の茸? その半透明な白色が余りにも不気味で触ることも出来ず写真に収めた記憶がある。

またの名をまさに幽霊茸。この春、奈良で再び沢山にお目に掛かった。遠くから見ればまるで白い花びらが古木の根方に降り積もっているように見えたものが、レンズを近づけば枯れ葉の堆積の中から貌を出す記憶の植物の群生であった。ここの銀竜草は小さく群生のため不気味さは感じない。

むしろ一つ目小僧のような集態は、水木しげるの妖怪目玉おやじの団体様のイメージさえ思い起こす。

ここは大和神域、花泥棒は来ないだろう。夏の季語である。

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2018-02-25

〔今週号の表紙〕第566号 白川 山中西放

〔今週号の表紙〕
第566号 白川

山中西放


歴史的な祇園花街の一角。清流白川が鴨川に流れ込むすぐ手前、この無名の橫向いた雑居ビルに気をとめる人はまずいないが、ノスタルジーな雰囲気は何とも都会の喧騒を浄化させてくれる。喫茶店となった今も身近に明治と現代が控えめに混沌とする私の心のスポットである。

近くにはテレビでお馴染みの辰巳大明神と次の吉井勇の歌碑もある。

かにかくに 祇園はこひし寝るときも 枕の下を水のながるる

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2017-11-19

〔今週号の表紙〕第552号 仁和寺 山中西放

〔今週号の表紙〕
第552号 仁和寺

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仁和寺(にんなじ)といえば京都、真言宗御室派の総本山。境内に点在する紅葉は名所では無いが、後ろに四国八十八カ所巡りの連山を控えているためか色映える。普段は僧の巡する姿は見られないが夕刻の巡堂時、まるで紅葉から抜け出てきたような黄衣の列に思わず惹かれて遠くからカメラを走らせたスナップ。

なおここは桜の名所。ここの桜は地盤が硬いため全部低いが、因みに鼻の低い女性の鼻を京都では「御室の桜」と愛称する。何とも心和む世界である。

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2017-09-03

〔今週号の表紙〕第541号 宇治川と青鷺 山中西放

〔今週号の表紙〕
第541号 宇治川と青鷺

山中西放




青鷺の猟の不動の姿はいつ見ても孤高の風格を感じる。白鷺は浅瀬に屯して餌を漁るのに対して、青鷺は必ず一匹だけで岸辺に立つ。にも拘らず珍しくここは約50mごとに青鷺が立っていた。余ほど魚が集まるのだろう。

天ヶ瀬ダムと発電所の排水で一気に水嵩を増す中之島周辺は宇治で一番の激流の場所。この青々と逆巻く水の表面に来る魚を鳥が瞬時に啄むのだが、その寸時に出会ったことはない。

観光名所の裏側で人に知られず悠久の営みが続く。

ここ宇治は鵜飼の名所、観光客の興味を引く鳥は、檻に休ませてある鵜ぐらいのものである。

『鳰浮いてなごりの池に夕茜』の元市長の句碑がひっそりと観光会館の前にある。

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2017-05-14

〔今週号の表紙〕第525号 養老鉄道 山中西放

〔今週号の表紙〕
第525号 養老鉄道

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養老鉄道は、駅員など何処にも居ない駅がつづくローカル鉄道。過疎化と車社会の影響をまともに受け衰廃する一方の地方。寂れた駅前ばかりある。そこに旧型電車が継ぎ目レールに大きな音を起てて走る。

家並みや田園に影して走るその電車はまるで過疎田園を鼓舞して走る勇者にも見える。

ローカル電車って何だろうと思う前に自分の乗った電車の影を車窓から映していた。夕方であれば自分の影もが映り込む。

実のところ、その美しく見える束の間の影こそがローカルの本質を物語るように思えてならない。

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2017-04-09

〔今週号の表紙〕第520号 虎 山中西放

〔今週号の表紙〕
第520号 虎

山中西放


俳人は句作に行き詰まったら動物園に行けとよく言われたものである。

とは言え近年旭川動物園に始まった動物園の人と動物との触合いの形の変革はそのイメージに変化をもたらしたかも知れない。

この動物園も例外なく頑丈な檻の鉄柵の一面がガラス張りに替えられた結果、極めてリアルに動物と接しられるようになった。

普段この檻の虎は檻の中を一日中休み周回しているが、この日はたまたまガラス越しに中二階で寝そべっていた。にも拘らず、その容姿には後ずさりしたい怖さがあった。それは人類と虎との長い歴史の作り上げた肉感であろうか。

近くに雌を亡くした老ライオンの悲しい号吼が途切れ途切れに響き渡っていた。

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2017-01-29

〔今週号の表紙〕第510号 朽ち木 山中西放

〔今週号の表紙〕
第510号 朽ち木

山中西放



山を歩いて巨樹・奇樹に出会うのは一つの楽しみであるが、想定を越えた樹に出会うのはもっと楽しい。

これは恐らく藤の朽ち木である。巻いていた親木は恐らく樹齢6~700年はあろうと思われる杉で在ろう。その杉が倒れ跡形もなく朽ち果てた後に巻き残り、枯れ果てた藤の姿と思われる。根元に年ごとに積もる枯れ葉が何とも美しく愛しい。

ここは鞍馬寺。山腹を奥の院へ下る境内の地形の厳しさはいまも鞍馬天狗伝説を彷彿させ、歩く者に牛若丸の修行を重ねる。嶺筋にむき出す木の根の絨毯、急峻な堅い斜面しがみつく樹木の原生のハーモニー。その凄い命の歴史のドラマに只立ち尽くすのみである。

下りきれば貴船川、貴船神社の参拝に長い列を作る若者の姿が今を語る。




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2016-12-11

〔今週号の表紙〕第503号 上高地の河童橋から 山中西放

〔今週号の表紙〕
第503号 上高地の河童橋から

山中西放



いずこへ出掛けても外人の声で溢れている時代になった。車両進入を制限している秘境上高地でさえも例外ではない。

上條嘉門次をガイドに、ウォルター・ウェストンが前穂高岳に登頂したのは1893年。この山はまだ開かれて120余年しか経たず、登山基地上高地は今なお厚く保護され美しい自然を残している。

新しい急坂な釜トンネルを抜けた、上高地に着いたのは朝、摂氏0度以下の寒さだったが幸運にも青空があった。絶景が逃げないうちにと穂高を撮りまくった。やがてすぐ穂高の後ろに雲が出て、その後は雲と雪の稜線の撮影の定まらぬまま、これは束の間に享受出来た写真である。

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2016-09-04

〔今週号の表紙〕第489号 角島大橋(山口県) 山中西放

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第489号 角島大橋(山口県)

山中西放



眼前の海は“海土ヶ瀬戸”、涼やかで美しいエメラルドグリーンの海はまるでその先に竜宮でも在るような幻想を呼び起こし、白い長い角島大橋(1,780m)が手招く。通行無料。沖縄の古宇利大橋に次ぐ海の橋である。

吸い込まれるような二車線橋は渡ってそのまま島の無人地帯を横断し三方に分岐する。

左は人口900名の海沿いの小さな漁港へ下り、中央と右は「日本の灯台50選」に選ばれた明治の御影石造の日本一美しい歴史的灯台の在る“夢ヶ崎”へ下る。

訪れたのは旅の途中、午前八時の灯台公園。番人も来ていない駐車場が二つ。周りには人家もなく、原野に接し、灯台(有料)に接し、美しい浅波遊ぶ日本海に面して在った。
帰り際、駐車場番の婆様がにこにこと珍しい海産干物の袋を土産にと渡して呉れた。300円の駐車料より高かったろう。



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2016-07-24

〔今週号の表紙〕第483号 オンネトー 山中西放

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第483号 オンネトー

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阿寒湖の直ぐ近くの小さな湖オンネトー。その蒼色と透明感と静寂にはあっと息を呑む美しさがあった。後ろに噴煙の出ている雌阿寒岳と阿寒富士。魚の棲まぬ湖、鳥の水脈に出合うのは希である。

標板には「オンネトー」と在って湖は付いていない。オンネトーはアイヌ語で老いた沼というからその名を大切にしているのであろう。現代俳句6月号のこの俳句が重なる。〈仏法僧鳴くよ湖底の森を抜け 永野照子〉。


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2016-05-01

〔今週号の表紙〕第471号 奈良太郎(東大寺梵鐘) 山中西放

〔今週号の表紙〕
第471号 奈良太郎(東大寺梵鐘)

山中西放




世界から数多の観光客が訪れる東大寺の大仏、同じ境内の高台に在りながら訪れる人は極めて少ない。かく私も初めてであった。

752年作、26.3tも在る大鐘はさすが日本一の圧倒的な量感。大型戦車1両分である。大鐘楼の中では若干の土産品等が置かれ、案内を兼ねた男性が立っていた。それも日に一度午後八時に撞くという。僧侶でも作男でもない。鐘を守るのは大鐘家の屋号の川邊家。明治時代から代々撞手として奉仕しているという。

子規の名句「柿食えば…」は明治28年奈良市の對山楼に泊まった時、柿を食べながら聞いた此の梵鐘が元であるとの説がある。

桜も過ぎて新緑を行く僧侶も長閑だ。

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2016-03-20

〔今週号の表紙〕第465号 岡山・渋川海岸 山中西放

〔今週号の表紙〕
第465号 岡山・渋川海岸

山中西放



美しい瀬戸内海も多くの海岸の砂浜が開発という名の埋め立で無くなってしまった。コンクリートと鬩ぎ合う海岸に本当の海の美しさは感じない。

瀬戸内の小さな港・小さな水族館の近く、思いも掛けずそこに沢山の人々が憩いを楽しんでいる姿を見つけ吸い寄せられるよう砂浜に立ち寄った。

かつて四国への連絡船の玄関の宇野と、今、四国への瀬戸大橋の鷲羽山との中間に在る地域市民のリゾート海岸。

瀬戸内海の春は霞がかかることが多く、ここには霞の中を四国へ延びる瀬戸大橋の幻影のごとき風景と共に、内海の穏やか波と心沸き立たす赤き砂浜があった。

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2016-01-24

〔今週号の表紙〕第457号 塔世橋欄干 山中西放

〔今週号の表紙〕
第457号 塔世橋欄干

山中西放



三重県津市は三本の河が海へ注ぎ込む。其の内ここは岩田川の塔世橋、写真は欄干の一部である。花崗岩の大正レトロな風格が思わず足を止めさせる。

しかしこの欄干はこの橋の欄干のほんの一部であり、昭和20年7月の2回の米軍の無差別空襲を受け、生々しい弾痕穴と共に今に残されている。架け替えの際、市民の要望により欄干の一部が忘れてはならない戦争遺跡として残されたとある。

欄干窓の美しい山茶花がまるで献花の様に痛々しい。

近くの古刹四天王寺に大橋裸木(層雲)の句碑がある。

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2015-11-29

〔今週号の表紙〕第449号 蔦紅葉 山中西放

〔今週号の表紙〕
第449号 蔦紅葉

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どこにでも見かける蔦紅葉は日常的で話題にもならないが、何か人間の生活の近くで補完の風情を保つ。

それは人の家屋で出入りの少ない納屋や蔵や物置の温かい広い忘れられた壁面が蔦の生育に適する場所でるからだろう。そしてそんな名も無き場所に名も無き物に無心のオブジェを広げてくれる。

京都から車で3時間、古代は丹で栄え、かつて吉野離宮も在った東吉野の地。幕末には天誅組が蜂起し、亡びたところ。

そこは俳人原石鼎の棲んだ美しい山峡の街。いま町内に数多の句碑が建ち多くの俳人が訪れる。

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2015-08-16

〔今週号の表紙〕第434号 硫酸の壺 山中西放

〔今週号の表紙〕
第434号 硫酸の壺

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第1回京都博、京都岡崎公園は平安神宮を中心として美術館二館・図書館・動物園など文化施設が整って居り、「都メッセ」は京都の文化交流の中心として新たな賑わいを見せて久しい。その掘り込んだ中庭にこの壺々がオブジェとて林立し壁面ガラスを滑る人工滝の前に立ち並ぶ。高さ1m前後、容はさまざまである。使われなくなって久しい硫・硝酸壺である。正式には「耐酸化学陶磁器」。壺の口が一つや三つ不思議な形である。工業用のみで無く、第2次大戦の戦争必需品としての硫酸や硝酸を運ぶ用器として作られた。

それらが人工滝の前にまるで禊のように林立し、滝の裏面のガラス窓からは消し去れぬ戦争の懺悔がひしひしと伝わって来る。

現代俳句データベースに次の俳句がある。

  冬の海越す硫酸の壺並ぶ 谷野予志

  来る冬を信じるくらがりの硫酸列車 上野章

陰りめく憲法九条、再び誰が為に終りなき世界の戦場へ日本の若者が駆り立てられるのだろう。壺の懺悔は終わらない。

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2015-07-05

〔今週号の表紙〕第428号 和歌山要塞跡 山中西放

〔今週号の表紙〕
第428号 和歌山要塞跡

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万葉以来の名勝和歌の浦、海沿いの遊歩道を行くと近年の廃墟また廃虚のホテルの断崖の下に幾つもの砲口を塞がれた煉瓦の砲台跡がある。茅淳の海の玄関は京阪神への海の軍事要衝であったため周辺には幾つもの砲台跡が残る。これは岩礁の上に塗り付けるように作られた煉瓦砲台跡。

200回に及ぶ米軍の空爆の末の1945年7月9日~10日和歌山市大空襲は死者1208人、城を含む市中は焼き尽くされ、煙柱は2万フイトにも達したと云う。その時この砲台が火を噴いたかどうかは知らない。

愚かな戦の後70年、再び人間が人間を殺すことがあってはならない。悪魔の笛を聞いてはならない。この煉瓦も風雪の前に次々剝落し元の美しい和歌の浦の岩礁が姿を戻し始めている。

「紀の国の狭日鹿(雑賀)の浦に出で見れば海人の燈火波の間に見ゆ」(藤原卿 巻7-1194)の歌碑が近くの美しい番所ヶ鼻に立つ。


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2015-05-17

〔今週号の表紙〕第421号 鴨 山中西放

〔今週号の表紙〕
第421号 鴨

山中西放


鴨の美しい緑色のビロードのように輝く頸は他の鳥に比べてとりわけ美しいが、鳩を除いて野生の鳥は何時も人間と一定の安全距離を保ちながら此方を見ているからまず近づけない。

偶然に、通りすがりの小さな取水路を浅瀬に脚を取られながら一回転、まるで私にポーズをとるかの如く流れていたのがこの鴨である。
鴨も鴨、この浅瀬の底の光のイルミネーションとのツーショットに思わず見とれてしまった。

この辺りは平安の時代には市民の屍が累々と棄てられていた処と言われても誰も信じまい。

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2015-03-22

〔今週号の表紙〕第413号 堺出島漁港 山中西放

〔今週号の表紙〕
第413号 堺出島漁港

山中西放


内陸部に棲む者として港は憬れの窓口である。船さえ見ればこころを遊ばせることが出来る。漁港に溢れる船もしかり。見飽きない。

かつて茅渟(茅渟鯛)の海と云われた大阪湾。その豊富な魚介類によって発展した堺出島漁港。臨界の埋め立てなどで今はまるで河の奥に追いやられた感がある。最近、活性化に海産物を直接食べられる「とれとれ市場」が併設された。

漁港は職場であり普段近寄るには気が引ける。市場が併設されたことによってはじめて外来者が普段着で歩ける漁港になった。漁師の消えた静かな昼下がりの漁港。近くに明治の小さな白い木造灯台が残る。

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