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2024-05-12

対中いずみ【解題】「後記」第308号

【解題】「後記」第308号

対中いずみ


308号では「花月照徑」に竹中宏が魚目俳句について論じている。そのなかに「常套を打破するは、作家に不可欠の衛生術である」とある。もう少し引くならば、「かつて素朴な「客観」写生の指標がどれほどの至福を作品にもたらしたかは、ホトトギスの空気を吸ってきたひとが、いちばんよく知っていよう」「作品は変化しつづけねばならぬとすれば、それみずからの必然もしくは偶然が、その進路をひらくであろう。わたくしは、ただ、作者がいま噛みしめているかもしれなつらさに、今日的ないさおしをみようとするものである。なせなら、それは、ホトトギスの楽園にとどまりえなかった俳句が共通に甘受せねばならぬ運命のしるしなのであるから」と続く。

「青」308号の裕明句6句は以下の通り。このころまだ雑詠欄である。

夕東風につれだちてくる佛師達

春風や夕ほのしろし北魏佛

まつさきに起きだして草芳しき

春の磴よくぞ大雨とはなりぬ

別に子細なき信心の桜貝

桜貝御消息に艸のこと

(太字は『花間一壺』に収められている。「別に子細なき」の句は「櫻貝」の表記である。)

2024-04-28

対中いずみ【解題】「後記」第307号

【解題】「後記」第307号

対中いずみ


「青」307号の裕明句6句は以下の通り。

大声の霜焼の子や川つぷち

島見えて浪の高しや寒施行

いつまでも白魚の波古宿の夜

雪の桑宿出でしよりひとりみち

初午やものめづらしき山あるき

春立つやただ一枚のゴッホの絵

(今号は全句が『花間一壺』に収められている。好調だったか。)

田中裕明・「後記」第307号

2024-04-14

対中いずみ【解題】「後記」第295号

【解題】「後記」第295号

対中いずみ


前号の後記では、法隆寺近辺で菜の花を見、「菜の花の葉がとても明るい色だった」と書き、今号では吉川で「しみじみと牛の顔を見ました」と書いている。どこかおかしくて呑気である。青蛙さんの「私の読んだ本」は、前登志夫さんの『存在の秋』について書かれている。

295号では雑詠欄に6句が掲載されている。

寺の雨けふ手焙りのやや重た

春ショール三井寺へ道うねりをり

雨ながら田打に池の明りかな

茎立ちの雨隠れなる山ありぬ

春の泥乾きて藁の上にあり

弟は病院へ行き桃咲けり

(太字は第一句集『山信』に収められている。「寺の雨けふ手焙りのやや重た」は「やゝ重た」の表記。『山信』は墨の手書きであったのでその気息がにじんでいるかもしれない)

2024-04-07

対中いずみ【解題】「後記」第306号

【解題】「後記」第306号


対中いずみ


「青」306号では昭和五十四年度「青賞決定」の特集が組まれている。青賞は服部恵美、佳作に田中裕明の「神發ちて」が選ばれている。波多野爽波の「選後感」を引いておく。
この作者については前号に特集も編まれたことだし、私も一文を記しているので、ここに改めて書き加えることもないようである。

  ラグビーの選手あつまる櫻の木
  竹の根に水打つ朧夜のことぞ
  嬉しくもなき甘茶佛見てゐたり
  大学も葵祭のきのふけふ
  紫苑咲く子は真直に寝ねられず
  浮いて鳴く蛙や山に仁王をる
  降りぎはの柳揺れゐる火桶かな

今回の二十句について云えば、ここに挙げた句などにはこの作者ならではの良質の詩を直ちに見て取ることができるが、全体として何回か通読しているうちに、何か小じんまりと纏まった句の数が目についてきて、全体としての迫力に些か欠ける憾みの方が表に出てきたという感じであった。
もう少し自由奔放にやって貰いたい。ここ当分の間はそれで押し切れるのだから……。
「もう少し自由奔放に」の助言が、その後の『花間一壺』所収の句群に反映されていくのかもしれない。

306号の裕明句6句。

手毬つく村の干し物白くして

小寒の雪なき墓域黒げむり

初釜の客雨粒の顔なりし

吉野川右岸の塔や寒施行

黄楊畑成人式もまぢかなる

探梅やここも人住むぬくさにて

(太字は句集『花間一壺』に収められている。「吉野川」の句は、「島見えて浪の高しや寒施行」に改作されて収められている)

≫田中裕明「後記」第306号

2024-03-31

対中いずみ【解題】「後記」第305号

【解題】「後記」第305号

対中いずみ


「青」305号では「特別企画・山信」が組まれている。波多野爽波の文章と「山信」百句と裕明の小文が掲載されている。爽波の文章の一部を引く。
三百号の祝賀会の晩はしたたかに酔って、二次会の中途あたりからのことは僅かに記憶の断片があるのみであった。翌日、前夜辛うじて持ち帰った紙袋の中から忽然と現われたのがこの黄表紙の「山信」である。いつどこでこの句集がこの紙袋に納まったのか、私には全く記憶がない。
自分自身の二十歳という年令、そしてその年までの句集を振り返ってみて、些か愕然とさせられた。自分ではこと俳句についてはかなりの早熟で、もう二十歳ぐらいまでにはそこそこの句を作っていたとばかり思いこんでいたのだが、「舗道の花」を繰ってみても、二十歳という年限で区切ればまことに貧困である。裕明君のこの「山信」に較べれば“勝負あった”の一言に尽きるようである。果たしてこの青年はこれからどういう句作りの道を歩いてゆくのだろうか。
どうやら裕明は師に直接渡せなくて、その鞄にそっと忍ばせておいたようだ。限定十部を墨書コピーで作成した手作りの第一句集であったが、その全てを謹呈することもなかったようだ。実にはにかみがちな初々しい出発であるが、編集後記に島田牙城が「特別企画は、爽波先生のたってのご希望によるもの」と記し、「青」誌上で特集が組まれ、祝福に満ちた出発でもあった。

305号の裕明句6句。

何よりも鐘楼たかし池普請
冬草や満月谷にあふれけり
咳の子に籾山たかくなりにけり
餅搗や燃え付きし枝もちあるく
掛を乞ふ雨にうかびて欅あり
丈たかき草に一軒煤拂

(太字は句集『花間一壺』に収められている)


2024-03-24

対中いずみ【解題】「後記」第294号

【解題】「後記」第294号

対中いずみ



吉野と木曾にはよく出かけたようだ。吉野は大峯あきらさん、青蛙さんのご縁であり、木曾は宇佐美魚目さんの縄張りであった。吉川でははりまだいすけさんにお世話になるようだ。爽波のみならず、「青」の先達に可愛がられていたがきの会である。

294号では雑詠欄に6句が掲載されている。

滝の水汲み夕暮の鍬はじめ

大寒の松葉の尖の剪られあり

探梅や幹に鎖を巻きありぬ

酒造る家に寒鮒届きあり

藪入の降りつのりつつ池ぬくし

探梅に浜の焚火の煙黒し

(太字は第一句集『山信』に収められている。「滝の水」には、「吉野」と前書きが付されている)

2024-02-25

対中いずみ【解題】「後記」第293号

【解題】「後記」第293号

対中いずみ


この頃より三十年も後のことになるが、たまたま私は大雪の大原に出掛けたことがある。もともと予定していた吟行で、ここまでの雪になるとは思わなかった。怖いほどの大雪であった。難儀したが、二十歳の裕明が果たせなかった大原の雪にはどうやら出会えたようだ。

293号では雑詠欄巻頭二席に6句が掲載されている。巻頭は島田牙城。

氷屋の氷にしぐれゐたりけり

降りぎはの柳揺れゐる火桶かな

藁塚といふ大いなるもの倒す

桑枯れて空に水吹く消防車

霜除や下駄の鼻緒の朱も失せて

昼からは蔭なる障子開きあり

(太字は第一句集『山信』に収められている。「昼からは」には、「清水寺」と前書きが付されている)

≫田中裕明「後記」第293号

2024-01-14

対中いずみ【解題】「後記」第292号

【解題】「後記」第292号

対中いずみ



一日百句とはいいながら、裕明は百句に至らなくても悠々としていたようだ。『しばかぶれ 第二集』(邑書林)、島田牙城特集に牙城はインタビューに答えて語っている。
「だいたい泊まりがけで、どこかへ行って、一晩で百句作るぞ、という会ですね。面白いもんで、俺なんかはガチガチに百句作るぞって意気込んでいくんやけど、裕明なんかは五十句も作らへんねん。そういう裕明のゆるさ、というよりは大らかさは、宇佐美魚目譲りですね」
「吟行。必ず吟行でしたね。嘱目で、と。だから裕明は数作らへんわけよ。宿帰ってから、なんかくにゃくにゃと書いて。」
百句会のはなしではないが、「「青」の系列でいうと僕は爽波系なんだ。青蛙はたぶんあきら寄りで。裕明は魚目だった。その三人で集まって楽しく過ごしたね」とも語っている。

第292号では雑詠欄巻頭に、以下が掲載されている。

ラグビーの選手あつまる桜の木

青写真駅のホームが濡れてをり

水涸るる上に道あり人通る

栗の木の下に屈みて息白し

産土神へ懸けしばかりの菜もありぬ

大根引く人三方に立ちにけり

※太字は第一句集『山信』に収められている。「水涸るる」は、「鞍馬」と前書きを付し、「水涸るゝ」に改められている。


2023-12-17

対中いずみ【解題】「後記」第304号

【解題】「後記」第304号

対中いずみ



波多野爽波は「青」300号あたりを節目に編集部体制を若手に切り替えている。島田牙城、上田青蛙、田中裕明の三人体制だ。この号の後記では、田中裕明はすがすがしい宣言をしている。「青」を日本一の雑誌に、という目標は、大風呂敷を広げたのではなく、まじめに言っていたと思う。実際は332号をもって編集から退いているが、そのときもこのことばに触れている。後年、主宰誌「ゆう」を創刊するとき、「「ゆう」が二十世紀の俳句と二十一世紀の俳句を結ぶ架橋になればと考えます」と書いた。実際は「ゆう」は五年で終刊となったが、裕明の句はまちがいなく二十世紀の俳句と二十一世紀の俳句を結ぶ架橋となっているだろう。

本号での裕明句6句。このころ、まだ雑詠欄である。

瀧茶屋の少しの蕎麦を刈りにけり

花柊声を嗄らして幼な児は

白菊や住持薄着をつねとして

狸汁ふと人形の目鼻だち

猟期はやとしごろの目のうつくしく

木の葉髪おぼつかなくも筆をとり

(太字は句集『花間一壺』に収められている)

≫田中裕明「後記」第304号

2023-11-26

対中いずみ【解題】後記 291号

【解題】後記 291号

対中いずみ


「がきの会」は「青」内部の若者たちの会である。島田牙城を首領に始まったもののようだ。この頃はまだ山本洋子等ベテラン組の編集部に裕明のみがぽっと顔を出している。柿や蜜柑、亀など田舎の景も、同世代の仲間たちとの吟行も愉しかっただろう。

291号では雑詠欄に5句掲載されている。

朝顔の種こぼせるに鶏歩く

傘さして庭に出てゐる実南天

蟷螂が飛んで真暗闇に消ゆ

菩提樹に籾焼く煙こもるかな

太鼓鳴り継ぐ杣道も黄落す

(太字は第一句集『山信』に収められている)

田中裕明 後記 291号

2023-04-09

対中いずみ【解題】「特別作品 涅槃西風」に寄せて

【解題】

「特別作品 涅槃西風」に寄せて

対中いずみ


「晨」61号(1994年5月号)掲載。「晨」ではたまに特別作品として10句発表の機会があった。作品の下に掲載された小文である。

特別作品「涅槃西風」は以下の10句である。

さざなみの雪解の風のはじめかな

春の猫唐招提寺たもとほり

薬師寺はぬくしここらは春寒く

親指のことに末黒の匂ひかな

ものの芽のやうに相似て眠る顔

ものの芽に夜空さびしく流れけり

鳥の巣のありありと妻痩せにけり

鳥の巣やひとあつまれば火を焚きて

この世にもつとも小さき花に涅槃西風

水無瀬なる小さき雛を納めけり

(※「この世に」の句は、後に「この世で」に改められている)

2023-01-22

対中いずみ【解題】後記 304号

【解題】後記 304号

対中いずみ

波多野爽波は「青」300号あたりを節目に編集部体制を若手に切り替えている。島田牙城、上田青蛙、田中裕明の三人体制だ。この号の後記では、田中裕明はすがすがしい宣言をしている。「青」を日本一の雑誌に、という目標は、大風呂敷を広げたのではなく、まじめに言っていたと思う。実際は332号をもって編集から退いているが、そのときもこのことばに触れている。後年、主宰誌「ゆう」を創刊するとき、「「ゆう」が二十世紀の俳句と二十一世紀の俳句を結ぶ架橋になればと考えます」と書いた。実際は「ゆう」は五年で終刊となったが、裕明の句はまちがいなく二十世紀の俳句と二十一世紀の俳句を結ぶ架橋となっているだろう。

本号での裕明句6句。このころ、まだ雑詠欄である。

瀧茶屋の少しの蕎麦を刈りにけり

花柊声を嗄らして幼な児は

白菊や住持薄着をつねとして

狸汁ふと人形の目鼻だち

猟期はやとしごろの目のうつくしく

木の葉髪おぼつかなくも筆をとり

(太字は句集『花間一壺』に収められている)

≫田中裕明 後記 304号

2022-11-06

対中いずみ【解題】後記 302号

【解題】後記 302号

対中いずみ


「青」302号の後記である。後記は、295号以降久しぶりの登壇であるが、その間、300号記念号の編集等で活躍していたようである。301号で爽波は「次号あたりから島田牙城君を中心として、田中裕明・上田青蛙の両君に全面的に編集を委せて行こうと思います」と記している。それに続くのが本号である。牙城・青蛙・裕明の三人揃い組の初めての後記となる。

302号では雑詠欄巻頭に6句が掲載されている。

送行や投網打つ人雨の中

昼花火続くや松の色さまざま

摂待や矮鶏が孵せし家鴨の子

泳ぎながら見る灯籠を焼く焔

従妹九ツ蓬でみがく水眼鏡

盆の雨やむときしづか風呂熱き

(太字は第一句集『山信』に収められている。「昼花火」は「笠置」と前書きを付し、「昼」は「晝」となっている。「泳ぎながら」には「熊野三句」の前書きを付している。)

2022-10-16

対中いずみ【空へゆく階段】№78 解題

【空へゆく階段】№78 解題

対中いずみ

「青」314号の「選後に」に波多野爽波の次のようなことばがある。
 常識または通俗の域を抜け切れないでいる人の句には圧倒的に「身辺句」が多いことに気が付く。もっと具体的に云えば家の中での句、ほんの庭先程度の句、街中での句ということになろうか。身辺句が一概に悪いというのではない。しかし残念乍ら、常識を越え、通俗を脱した身辺句を作るには並々ならぬ力量が要るのであって、初心の段階での身辺句には百に一つのマグレ当りも有り得ないことを肝に銘じて貰いたいものだ。俳句は屋内で作ったり街の雑踏の中で作るものではなくて、「自然」の中へ我が身を運んで、自分のすぐ目の前にあるもの、足元のそこにあるものに熱いまなざしを送って、謙虚な気持で自然と肌を接するところからすべてが始まるのだ、という位に割り切ってかかることが第一の要件であろう。
「自然に対する謙虚な気持」は、爽波・裕明に師事した山口昭男が、主宰誌「秋草」の創刊理念として掲げ、連衆に呼びかけている。

314号の裕明6句は以下の通り。

雪舟は多くのこらず秋螢

鯊の潮曇つてゐてもひとつ星

鯔を食ひけふは踊見にもゆかず

蜘蛛の糸よく目について水澄めり

悉く全集にあり衣被

野分雲悼みてことばうつくしく

(太字は『花間一壺』に収められている)

2022-09-11

対中いずみ【空へゆく階段】№77 解題

【空へゆく階段】№77 解題

対中いずみ


「晨」63号(1994年9月号)掲載。田中裕明はこういう評をときおり担当したが、年上の同人の作品評は少し骨が折れたことだろう。今号の発表作品10句。

夏潮の軍港へ寄せ来りけり

その人の名の研究所涼しけれ

毛虫焼く先生のまだこはきこと

子の髪に露の螢をたまはりぬ

赤坊を抱きて端居といふことを

老母とは大緑蔭にいつもゐて

御手洗にそろへてありし登山靴

盆近き犬山城を掃きにけり

手を浸すこよひ鵜舟を流す川

鮎吐かす鵜匠の顔の幼なけれ

≫田中裕明 特別作品評(第六十二号より)

2022-09-04

対中いずみ【空へゆく階段】№76 解題

【空へゆく階段】№76 解題

対中いずみ



13号の裕明6句は以下の通り。

渚ゆく鉄路朝蝉しづかなる

桐一葉入江かはらず寺はなく

花火屑日の衰へに墓小さき

夏の潮ひらく手紙にうた七首

銀漢に考へること好きな人

初あきや僧侶が清水をしへくれ

(太字は『花間一壺』に収められている)

2022-08-14

対中いずみ【空へゆく階段】№75 解題

【空へゆく階段】№75 解題

対中いずみ


このころ、宇佐美魚目の第三句集『天地存問』(角川書店刊)が刊行されたようで、その広告が載っている。

311号の裕明6句は以下の通り。

昼寝後も卯の花腐し荒れにけり

葭切のむかしごゑなる没日かな

軒しづくごしに鞍馬の夏柳

夏木立文さまざまに古ぶなり

六月の太鼓破れて祀らるる

この旅も半ばは雨の夏雲雀

(太字は『花間一壺』に収められている)

≫田中裕明 後記 311号

2022-07-03

対中いずみ【空へゆく階段】№74 解題

【空へゆく階段】№74 解題

対中いずみ



「青」主宰波多野爽波は毎月、「選後に」と題して雑詠句の鑑賞を施している。ここでは2つ引いておこう。

孕猫よぎる野点の傘の下  塩谷康子

まさしく現場での「出会い」の句。ものを見る目が養われてくると、こういう事実を素早くつかみ取る。季題にもたれかかった句に些か食傷気味のとき、こういう句に出会うとこちらの心も洗い流される思いがする。こういう句は続けて出来るようになると俳句が面白くてたまならくなるのだが、さてとなるとそうたやすくは行かない。

花篝甘き玉露をふくみつつ  中邑道子

控え目な句だが、その時、その場での作者の心情が過不足なく出ているところが良い。玉露を口にふくんで、心底、甘いと感じるときはそうそう何度もと云うことではないだろう。読み手をして改めて玉露の味わいに誘うだけのものをこの句は持っているようだ。静かで控え目だが嘘や誇張のない句がもっとあっても良い。

310号の裕明6句は以下の通り。

初蛙料理の間とて暗かりき

天道虫宵の電車の明るくて

病ひぬけして春蝉にむかひけり

早苗饗のひたぶる風に硯あり

寝すごせし日は早苗饗の天気なり

心太夜毎かよへば道となり

(太字は『花間一壺』に収められている)

2022-06-19

対中いずみ【空へゆく階段】№73 解題

【空へゆく階段】№73 解題

対中いずみ



本号に島田牙城が「龍太を訪う」と題した文章を書いており、牙城・青蛙・雅巳の3人で山廬を訪問したことが書かれている。面白いので少し引く。

――旅のものですが、俳句を作ります。是非先生にお会いしたいと思いまして……。
――君たち、俳句つくるの。残念だなあ。今から行くところがあってね。何処から?
――京都です。
――遠くからだねえ。まあ、こっちいらっしゃい。そう、そういう時は電話くれなきゃ。
――すみません。お会い出来るなんて思ってなかったもので。
――十分ぐらいしたら出るんだけど、まあ上がりなさい。さあ、こっちへ。

という具合で一時間ほど俳句の話をしてもらったようだ。さらに三人は翌々日も再度訪ねている。

翌々日、甲斐での作品をたずさえて再び訪ねようと、今度は裏から後山へ入った。そこで句をまとめていた。いざという時に奥さんが登ってきた。「今日は人が来ているのです。これでも飲んで下さい」。笊にビール四本とおつまみが入っていた。爪先までも爽やかだった。蛇笏の立てた庵(四阿)でビールを飲んだ。ふと、プロ野球の優勝祝賀会でのビールの洗礼を思った。

しかし、もう一度会いたかった。作品を見て頂くことはあきらめたが、一人一句「小黒坂三吟」と称して認めたものを持ち、ビールびんを返すふりをして山廬へ入った。奥さんが出てこられた。はじめはしぶっておられたが、一目という事で龍太氏が現われた。「小黒坂三吟」を渡すと、青蛙が句集にサインをせがんだ。龍太氏は快く応じて下さったが、名前だけだったのが我々には不満だった。

――句もお願いします。
にっと笑われて、
――ずうずうしいやつだなあ。
雅巳の右肩をおもいきり叩かれた。
――はじめてだよ。「雲母」の人にしかられるよ。

いきいきと三月生る雲の奥  龍
    「定本百戸の谿」(牙城)
セルを着て村に一つの店の前  龍
    「忘音」(青蛙)
沢蟹の寒暮を歩きゐる故郷  龍
    「山の木」(雅巳)

端午の日。額の冷や汗が快かった。

ビールを出してもらったり、句入りのサインをもらったり、全くやりたい放題の若者たちだ。

「青」309号の裕明句6句は以下の通り。

引鴨や大きな傘のあふられて

沈丁花冥界ときに波の間に

一枝くはへ涅槃の風に舟を出す

天道虫見てや初心にかへるべし

遠きたよりにはくれんの開き切る

鉋抱く村の童やさくらちる

(太字は『花間一壺』に収められている)


2022-06-05

対中いずみ【空へゆく階段】№73 解題

【空へゆく階段】№73 解題

対中いずみ


「晨」39号(1990年9月号)掲載。本号には発表作はない。

ちなみに、俳句のアンソロジーということでは、1990年2月に発行された『秀句三五〇選18 数』(蝸牛社)を田中裕明が担当している。「数」をテーマに、秀句350句を選び、簡単な解説を付している。本稿なども、この仕事のなかで考えたことが記されているだろう。

孔子一行衣服で赭い梨を拭き  飯島晴子

彼一語我一語秋深みかも  高浜虚子

青写真天使一群冷えてゐる  四ッ谷龍

柚子湯沁む無数の傷のあるごとく  岡本 眸

ほととぎすすでに遺児めく二人子よ  石田波郷

十二人こはかつたのとコーラ飲む  冬野 虹

いつからの一匹なるや水馬  右城暮石

風花の一しきりともいへず熄む  後藤夜半

一条の光や蜂となりて過ぐ  正木浩一

餓鬼忌から十日餘やこの半世紀や  竹中 宏

などおもしろい句が収録されている。