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2022-09-24

まぼろしの女友達へ ……松本てふこ

特集「女性」と俳句

久女主宰誌「花衣」所属・宮本正子という俳人
まぼろしの女友達へ 

松本てふこ 


『俳句四季』2022年8月号での特集「誰もが安心できる句座のために-#️MeToo のその先へ」、『現代詩手帖』2022年8月号での特集「わたし/たちの声 詩、ジェンダー、フェミニズム」、そしてそのふたつの特集をつなぐ役割を果たした東京・下北沢の書店B&Bでのトークイベント「安心して書き続けるために」と、詩歌と女性・ジェンダー・フェミニズムに関わるトピックがこの夏は続いた。

7月に発表された第42回現代俳句評論賞の受賞作が岡田一実「『杉田久女句集』を読む―ガイノクリティックスの視点から」だったことも、インパクトある出来事だった。

女性の書き手へのエンパワメントを実作と評論において行っていた久女だったが、男尊女卑的な価値観からは逃れられず固定的なジェンダー規範を内面化していた。そして彼女の読まれ方にも、ジェンダーバイアスが大いにかかっていた。岡田はそういった点を細やかに指摘しながら、久女に貼られた「女性性の濃い作風」というレッテルを剥がしていった。久女の文学的苦闘に時を超えて応えた、意義深い評論であった。

では私がそういった流れに続くものを書くとして、何を書けばいいのだろうか。流れに続くものなのかはわからないが、句集は一冊もなく、句自体あまり残っていない、久女門であったひとりの女性俳人について書いていきたいと思う。

私が彼女に出会ったのは、角川『俳句』1976年3月号の誌上だった。

その号では石川桂郎の追悼特集が組まれていた。角川『俳句』の創刊70周年記念号での「俳句と時代 1952-2022」PART3の執筆準備のため取っかかりになりそうな企画を探していた私は、その特集をぱらぱらと眺めていた。

やや話は脱線するが、当時の俳人の追悼特集には家族ないしは近しい間柄の女性による介護日誌的な手記がしばしば載っており、その号にも手塚美佐による手記が掲載されていた。その前号の角川源義追悼特集では角川照子が、その翌年の秋元不死男追悼特集では義妹の清水径子が同様の手記を寄稿している。

石川桂郎への私のイメージは、新宿の老舗居酒屋「ぼるが」の常連客、小説と俳句の二足のわらじ。あと数年前に書評を書く機会をいただいた『師資相承 石田波郷と石塚友二』で紹介されていたエピソードで占められている。「鶴」の仲間であった女性俳人・籏ことの死を知って「俺の、たった一人の、女友達だったのに」と人目も憚らず号泣し続けたというものだ。追悼特集でも鈴木真砂女がこの話を書いており、ハンカチが涙でぐしょぐしょになったので真砂女が自分のハンカチを手渡したが、それでもまだ足りなかったと書いている。

桂郎の略年譜を何の気なしに眺めていた私は、とある記述に目を留めた。昭和八年、二十四歳の項にこんな記述を見つけたのである。

「杉田久女門、『ホトトギス』『玉藻』の俳人宮本正子左翼思想に走り九州より上京、桂郎と知り合う。」

翌年。昭和九年の項には「一月七日、宮本正子のすすめで生れてはじめて『あすからは嫁が君でない唯の鼠かな』の一句を作る。間もなく宮本正子は連れ戻されて九州福岡の亀田家具製造店に軟禁される。」とある。桂朗という俳号も正子がつけたとのこと(後に横光利一の助言により桂郎に改めた)。

久女にそんな弟子がいたのか、と驚きつつ読み進めると、さらに翌年の昭和十年の記述は驚くべきものだった。正子は自殺し、桂郎は正子の軟禁先である亀田家具製造店の娘であるかすみと文通の後に婚約し、結納まで交わすもかすみの結核発病と療養所入りのために破談となったというのだ。その後師事した石田波郷との出会いはその直後であるという。桂郎自身の短篇小説集『剃刀日記』に収録された「秋の花」という作品は年表の内容と重なる点が多く、ある程度この体験を基にしていると推察される。

桂郎の追悼特集には久女の長女・石昌子も寄稿している。桂郎が「俺は杉田久女門下、宮本正子から俳句に引き込まれたから、久女の孫弟子なんだ」とよく言っていた話から、昌子自身の正子との思い出、正子と久女との関係、正子の思い出を語る桂郎の語り口などについて綴っている。

桂郎は戦後「俳句研究」で久女特集を組みたいと昌子に持ちかけた際、正子存命時、彼女と共に昌子を横浜に訪ねようとしたがいつも途中で帰ってしまい、逢う機会がついになかったと語った。桂郎の俳号は正子が考えたと前述したが、それというのも彼の口癖だった「けえろう(帰ろう)」から正子が帰郷後につけたとのこと。もはや会うことが叶わなくなってからつけられた俳号であると聞くと、懐かしさと寂しさが混じり合った名前なのだろうと感じてしまう。

昌子は、久女特集や『杉田久女句集』が世に出るきっかけを作ってくれた恩人としての桂郎に感謝しつつ「久女―正子―桂郎と結んで考える時、虐げられ鬱屈した魂の目に見えない何かを感じる」と語る。桂郎は正子の思い出話を昌子に語っていたようで、頼まれて思想問題から守ってあげたのだとか、「あいつ(正子)は厭な奴だよ。前掛かけて、浅草の映画館の切符切りをしていたかと思うと、『玉藻』の句会に行くという時は、何処の令嬢かと、目を疑う様にパリッとしやがつて……、という風な事を言う。もつとひどい事を云う時もあつた」という桂郎の発言を昌子は書き残している。

正子は日露戦争の傷痍軍人である退役陸軍大佐の娘で、昌子の一歳年上(桂郎の一歳年下)。久女が卒業生やその父兄にフランス刺繍の指導などを行ったこともある京都郡行橋の高等女学校の出身である。

女学校卒業後、杉田家に行儀作法、料理、フランス刺繍、俳句などを習いに毎週来ていた正子を、昌子は「人に好かれる性の人」と称した。正子の上京は交友関係の清算という要素もあったというが、中村汀女の紹介で横浜に職を得ていた昌子の寮にふらりと現れ、数日から一週間ほど居座ってはいなくなったりしていたようだ。

正子は、桂郎と知り合う前年に創刊/廃刊された久女の主宰誌「花衣」にも投句していた。〈兄寝ねしあとの火種をそだてけり〉(創刊号)〈針祭終へて師の間に集ひけり〉(2号)〈桜貝乾けば色のうすれけり〉(4号)などの句が掲載されている。多佳子を小倉に再び迎えての句会報が掲載されている5号にも「正子」の名前で三句掲載されている。「花衣」には他に同名の会員は見当たらないので、宮本正子である可能性が高い。

「玉藻」では〈白菊の汚れし日和続きけり〉(昭和7年1月号)〈つるし柿日毎に色を変へにけり〉(昭和7年3月号)、「ホトトギス」では〈紅梅に空よく晴れてゐたりけり〉(昭和7年6月号)、〈萩の枝地に流れをる長さかな〉(昭和7年12月号)などの投句が確認できた。〈飾られし面を上げぬ初荷馬〉は両誌に投句している(いずれも昭和7年4月号)。

帰郷後、桂郎からの手紙の端に書かれていた〈坂にそひてどこまでもゆく夕燕〉〈夏帽や簡閲点呼終りけり〉〈はやければ木の実と見えず木の実独楽〉(いずれも昭和九年)を正子が「玉藻」に投句し、入選したこともあったようだ。

久女もまた、正子を気にかけ続けていた。小倉の町で彼女を探し回り、見つけたら家に連れて帰ることもあったようだ。正子は場末の玉突き場にいたりしていたようである。奔放な娘を世間体のために圧迫したり、軟禁したりする宮本家のやり方に久女は反対し、軟禁先に通い、正子の両親に意見もした。

「ホトトギス」昭和9年6月号に〈泣けてくる師のみ言葉や小夜火鉢〉という正子の句が掲載されている。自分の苦しみに寄り添ってくれる師の言葉と夜の火鉢に心が温められるのと同時に、抑えてきた感情を迸らせる作中主体がひたすらに不憫な一句である。

同年10月号の「ホトトギス」では〈帰省せる妹にも逢はずかくれ住む〉という句が載っており、膠着状態が続いていることが窺える。

翌年の昭和10年に発表された「九州の女流俳人を語る」というエッセイで久女は『花衣』廃刊後の小倉周辺の女流俳人の動きを評し「各地の女流が私を中心として殖え来り熱心に句作する機運に向って来た。」と書き、有望なメンバーのひとりとして正子の名前を挙げている。彼女へのエールという思いもあったのだろう。

しかし、「九州の女流俳人を語る」発表とほぼ同時期に正子は多量のホルマリンを飲み、鉄道自殺した。「ホトトギス」昭和10年7月号には正子の句〈牡丹に嫁ぐと決めし薄化粧〉〈父母に逢へる日を待ち蓬摘む〉(蓬摘むの句は昭和9年8月号にも掲載)が二句欄で掲載され、「宮本正子は四月二十一日死去、薄倖な彼女の慰藉はたゞ俳句だけで御座いました。」という久女の一文が添えられている。正子は久女に遺書で感謝の気持ちを綴っていたという。久女の「ホトトギス」除名はこの翌年である。

桂郎は第二句集『竹取』(昭和44年)にて「松本城山墓地に杉田久女の墓建つ、即ち納骨に列して」の前書きと共に〈花冷や姉妹が遺骨持ちかふる〉〈納骨の唐櫃へ落ち花ひとひら〉〈墓に散る花や久女の死とは遠し〉の三句を並べている。花冷の句は久女の長女である昌子と、次女の光子の姿であろうか。その他〈降り出て雨の久女忌華やかに〉という句も収録している。正子を通じて久女を知ったであろう桂郎の、親近感、敬い、緊張感、恥じらいが少しずつ込められたトーンが印象的だ。


私は結社を決める時、久女が「花衣」を続けていたり別の結社を立ち上げて長く続けていたらよかったのにな、とぼんやり考えていた。だからだろうか、久女が後進の女性俳人を育てようとしていたり、弟子との関係にまつわるエピソードを知るとなんだか嬉しいような、寂しいような気分になって夢中になって掘り下げてしまうのだ。

私はその系譜に直接的にはつながることはできなかったけれど、知ることで疑似体験することができる。そして、正子のように「慰藉はたゞ俳句だけ」だった、たくさんの名もない女たちの友達になれるのだ。


2022-05-01

【2020/2021「落選展」を読む3】髙柳克弘『涼しき無』のことも少し 上田信治

  【2020/2021「落選展」を読む3】13.14.ハードエッジ  16.松本てふこ 17.丸田洋渡 19.矢口 晃 20. 薮内小鈴

髙柳克弘『涼しき無』のことも少し
……上田信治

 

13. ハードエッジ プランA「小さき箱」 ≫読む
14. 
ハードエッジ プランB「明日を信じて」 ≫読む

落としても割れぬコップを今朝の冬
(プランA「小さき箱」より)
電柱が出水の町に灯を点す
白玉の熱きを冷ます氷水

(プランB「明日を信じて」)

上記の他にも〈トンネルを抜けて明るし春の雪〉〈波音は波の残骸松の芯〉〈満月やダム湖の中の取水口〉〈割箸の先に毛虫がくねくねと〉などが印象的で、合わせて読むと、作者がモチーフを、事物の関係から生じる面白さに定め、それを俳句的光景において実現していることが見てとれます。

作者は、多くの句で、彼が発見した「面白さ」を、明確に書き示している。このようなロジカルと言っていいアプローチで「面白さ」にフォーカスすることは、内容・意味といったものへの志向を強めます。これは、俳句の現在のトレンドの一つかも知れない(この話、16.松本てふこ「シャンパンタワー」に続きます)。

しかし自分は、書かれた意味に収まりきれないものがあると見える、次の二句に引かれました。

魚屋の雪ふるころの品揃へ
山一つ氷つてゐたる昼の酒



16.  松本てふこ シャンパンタワー(*)≫読む 

(*)一次予選通過作品

 
雨傘をくたりと開き年賀客
太ければたやすく透けて氷柱かな
うつむいてをれば楽なり黄水仙
ふきのたう赤子の握り拳ほど
あをぞらの届かぬ繭と思ひけり
区役所へ行く夢見しと昼寝覚
本棚に少し隙ある月夜かな
 

この50句の「面白さ」あるいは内容は、いわゆる「人間味」の範疇に収まるもので、その意味内容が、季語の措定するものにしっくりと収まっている。巧みです。

そういった「よく分かる」意味内容への志向を、前項で「トレンドかもしれない」と思ったのは、たまたま高柳克弘さんの最新句集『涼しき無』(ふらんす堂)をご恵投いただき、何ページかを読んでいたからで。

通帳と桜貝あり抽斗に〉〈ぶらんこを押してぼんやり父である〉〈忘るるなこの五月この肩車〉〈子にほほゑむ母にすべては涼しき無〉〈駅前に人は濁流秋の暮〉〈パンのみに生くると決めて卒業す〉〈ふるさとに舟虫走る仏間あり(『涼しき無』より)と、これは帯に引かれた句の一部ですが、自分が思うところの「意味内容の句」が並んでいます。

たしかにね……、たとえば飯田龍太と田中裕明の後期をメルクマールにして俳句を考えたとしたら、誰にでも分かるドラマチックな内容と詩的な結晶性の両立が、俳句の理想形だとなるかも知れない。知れないんですが、じゃあ、波多野爽波はどうなるんだとw

そこに、書かれた意味とか人生からはみだしている、透明で抽象的なものが含まれていないと、自分はそれを俳句として物足りなく感じてしまう。

そして、てふこさんにも、それがたっぷりと含まれている句はあるわけです。

からすのゑんどう散歩して遠くまで
この森を欲しがつてゐる時鳥


17. 丸田洋渡 銀の音楽(*) ≫読む

(*)一次予選通過作品

窃盗のかがやきながら鵙の空
鍵ひとつふたつここのつ天の川
あちらから明けてゆく湾鳥渡る
つやつやと眼の曲面や菊花展
冬隣遠くから目が透けている
石蕗の花歯のように建つ新たなビル
分銅を囲んでいたり冬の夜
ちかちかと独楽の負け合うからくりは


これは、意味内容と詩的結晶性に分ければ、結晶性にほぼ全フリしている50句で、抽象的なのですが、同時にきわめて具体的に掴まれた抒情性があって、そこに作者という主体との対話性が生まれている。

俳句の意味とか内容というものは、そんなふうに、書かれた言葉が直接には示していないところに、生まれるものでもあって。

窃盗のかがやきながら鵙の空

意味不明のように見えるかも知れませんが「鵙の空」と天を振り仰いだとき、そこにはもう「鵙」と「窃盗」がひびきあって、ピカレスク的なものへの「あこがれ」(そしてその貧しさへの「かなしみ」)が発生している。

冬隣遠くから目が透けている

「隣は何をする人ぞ」があるので、本人、室内にいると読みたい。二階の居室にいて、木が葉を落とした空が広く窓から見えている。そして彼は、自分が一人でいることを、強く意識している。

天という字の対称に厚氷
書くうちにふと明るくて窓は雪
春のたましいの全体的な腐敗
鳥なら今日は飛んでいた空花かんざし
薇のすさまじい渦人体にも
金盞花卵のような明るさに
一羽ずつ涼しい鳥の汀かな
火と汐の交わっている牡丹かな
プールから鳥見えて空羨まし


2020年の「落選展」には、何作か、これは作者のこの時点での最良の達成だろうと思わせるものがあって、丸田洋渡さんの「銀の音楽」は、その一つでした。ぜひ、50句全体を確認され、ここには「作者」がいる、ということを確かめられたい。


19.  矢口 晃 帰る家(*) ≫読む 

(*)一次予選通過作品

排泄のための筋力鳥渡る
雁渡るビルを林と想ふとき
秋空へ音叉の音の出で行かず
ひらきたる指にかげなき四月かな
春蔭やぐしやつと畳む乳母車
鳥雲に入る炒飯の紅生姜
鼻先に汗しあはせになるための


高柳さんは前掲句集のあとがきで「主題の明確な句が多いのは、私なりの挑戦だ」「生や死にまつわる根源的な主題に、俳人もまた向き合うべきではないか」と自身の考えを明らかにされているのですが、労働、生活、死といったものに向き合った作品を高柳さんも属する「昭和三十年生まれ世代の次の時代を作るべき」世代グループの一人として、先駈けのように書き続けてきたのが、矢口晃さんであることは論を俟たない。

ひらきたる指にかげなき四月かな〉〈鼻先に汗しあはせになるための〉もうワーキングプアの恨み節ではない、働く人生の(微量のアイロニーも含んだ)肯定を受け取って、佳句だと思いました。

バス停のひまはり園児より高し
流星の尾よ野ざらしの大仏よ


バス停があることで生じた背比べの複雑さ、「猿の惑星」のラストにも似た幻想といった遊戯性にも引かれました(もともとじつはユーモアを武器にした書き手なのだと思います)。流星の句、その尾を、大仏がつかみそうではないですかw


20.  薮内小鈴 蜂と切手   ≫読む

水中を藻にまみれたる枯蓮
ゆりかもめ退屈顔の前へくる
万両や夕暮にして晴れ渡り
濡れてゐる漫画雑誌と女郎花


この人も、自身の感じられた面白さを、俳句に落とし込むことを楽しんでいる。それはきっと俳味と言われる領域なのだろう。

立春のホームの先にひらく傘

これは、いいフレーズ、いい情景。
 

 

 

  >> 【2020/2021「落選展」を読む 1

 >> 【2020/2021「落選展」を読む 2】

 >> 2020角川俳句賞「落選展」

 


 

 


2022-03-13

後記 ◆ 松本てふこ


西川火尖第一句集『サーチライト』の特集を組んでみた。動機はずばり、2022年3月27日(日)に東京のマルジナリア書店で行われるイベント(詳細は後述)の周知と、この句集がもっと読まれたら面白いのになという気分だ。ご多忙の中、多彩なフォーマットで参加してくださった執筆者の方々にまず御礼申し上げたい。

思い入れのあるコンテンツに対するスタンスというのは、コンテンツによって変わってくると思う。例えば、心ゆくまで語りたくなって、人に対して、またはSNSで言葉を尽くそうとするもの。例えば、人の意見を聞きたくて、検索しまくっていろんな感想を眺めるけれど自分で何か発信したりはしないもの。例えば、人の感想も自分で感想を言葉にすることもせず、ただひとりで好きでいるもの。

私にとって『サーチライト』は、2つ目の「例えば」である。感想ツイートはしたが、自分の意見を表明するよりも、誰かにこの句集の存在に気づいてもらうために書いた。気づいてもらうためにタイトルや誌面を考え、原稿を依頼した。そう信じて疑わなかった。

しかし本当はそうではないのかもしれない。本当はただ、この句集に対して感じている魅力を私がまだ言葉にできていないだけで、この使命感のような中途半端なお節介のような感情は、ほんの応急処置のように私の中にあるだけなのかもしれない。

この文章を読んでいる皆さんにとって『サーチライト』はどんな存在になるだろうか。まだ読んでいない人は予想してみてほしいし、もう読んでいる人は早速考えてみてほしい。そして時間があったら、こちらのイベントに参加してみてほしい。



 
no.777/2022-3-13 profile

■西川火尖 にしかわ・かせん
1984年生まれ。2004年頃から俳句を作り始め、現在、主に「炎環」や「Qai〈クヮイ〉」で作品や文章を発表しています。不安や焦燥が感じられる俳句に弱いです。「子連れ句会」問合せ先。第24回炎環賞「みらい賞」、第11回北斗賞を受賞しました。

■近恵 こん・けい   
1964年青森生まれ。「炎環」同人、「豆の木」「ロマネコンティ」参加、「尻子玉俳句会」お世話係、現代俳句協会会員。

■伊藤幹哲 いとう・まさのり
1988年栃木県生まれ。同県在住。2020年第7回俳人協会新鋭評論賞「準賞」、21年第5回俳人協会新鋭俳句賞、21年第12回北斗賞。22年「馬醉木」同人。

■柴田葵 しばた・あおい
1982年生まれ。歌人・ライター。第2回石井僚一短歌賞次席、第1回笹井宏之賞大賞受賞。歌集『母の愛、僕のラブ』(2019年・書肆侃侃房)。「Qai〈クヮイ〉」同人。

■楠本奇蹄 くすもと・きてい
2017年より暫定句会、豆の木、2021年より子連れ句会に参加。第11回百年俳句賞最優秀賞。句集『おしやべり』(2022年、マルコボ.コム)。

■石原ユキオ いしはら・ゆきお
俳句系YouTubeチャンネル「泣きみかん放送協会」会長。「俳句生活安全缶バッジ」をBOOTHにて販売中。「傍点」幽霊同人。

■中山奈々 なかやま・なな
1986年、大阪生まれ。「百鳥」同人、「淡竹」「奎」所属。胃痛から頭痛に変わるパターンが多い。

■松本てふこ まつもと・てふこ
昭和56年生まれ。俳人。「童子」同人。第一句集『汗の果実』(邑書林)発売中。



2021-04-25

美味しさと明るさについて〜岡田一実『光聴』読書会へのお誘い〜  松本てふこ

 美味しさと明るさについて
〜岡田一実『光聴』読書会へのお誘い〜

松本てふこ

 

  梅に東風うどんに軽き器かな

岡田一実の第四句集『光聴』で、私が一番愛着を感じる句である。うどんが本当に本当に美味しそうに詠まれているだからだ。

この句を読むと私はいつも、柔らかく白く太い九州のうどんを思い浮かべる。句に描かれているのは花の梅だが、大きな梅干しをしっかりしたとろろ昆布が囲んでいるうどんのイメージだ。以前、友人を訪ねて福岡を旅した際、安くて美味しいうどん店の多さに感動したことも思い出される。

今年の一月に私の第一句集『汗の果実』の読書会を開いていただいた際、中山奈々氏が私の句に登場する食べ物がどれも美味しくなさそう、という発言をされて、会の参加者からかなり支持を集めていたが、作者としては驚き、今後の作句に関わるレベルで衝撃を受けた。

食いしん坊であらゆる食べ物は美味しく食べたいと思っているし、師匠の辻桃子も俳句で食べ物を詠む時は美味しそうに描かなければダメよ、と言っている。美味しく食べている人間は都度書いてきたつもりだが、この「つもり」がほぼ否定された形になった。どうすればいいのか。私はこの三ヶ月、この件に関して常に心のどこかで途方に暮れている。

この句に話を戻そう。

このうどんが美味しそうに見えるのはなぜか。うどんの味や量などには全く触れず、肌寒さと春の訪れを同等に感じさせる上五と、うどんの器の軽さだけを伝えた中七下五、この余裕ではないだろうか。うどんの軽い器と言われたらマルちゃんの「赤いきつね」の容器だって軽いし、プラスチックでできた器を使っていても軽いだろう。

そういうチープな方向性に解釈しても愛おしい句である、でもうどんが一番美味しそうに読める解釈を取るならば、最新の技術で軽さを追求したお洒落な陶磁器でいただいている、と読みたい。この「器に凝ってます」感が出せれば美味しそうに見えるのだろうか。

いや、そんな浅い見解ではダメだ。もっと、もっと本質的な学ぶべき何かがこの句にあるような気がする。今はまだ、言葉にできない。

この文章は、そもそも岡田一実の第四句集『光聴』読書会の宣伝のつもりで書き始めた。

自分の文章で読書会の参加人数が増えるかは正直疑わしいのだが、自分がやれることをやろうと思い筆を執った、はずだった。気がつくと自分のことばかり書いていた。

ついでにもう少し自分の話をする。二年半前、彼女の前の句集である『記憶における沼とその他の在処』略して『記憶沼』の出版記念パーテイーが松山で行われた際、恐縮なことにお招きいただいた。アットホームで楽しい会で、彼女が松山の俳句仲間に支えられていることが伝わり、こちらも明るい気持ちになった。

その席で、私は失言をした。挨拶を求められた際に、彼女の句を「明るい」と評してしまったのだ。なぜ私がそこまで自らの発言を責めているかというと、私の挨拶の後も様々な人が挨拶をしたのだが、うろ覚えで恐縮だがその合間に彼女が「明るくなくたっていいじゃないと思っている」とぽろりと漏らしていたからだ。

自分の句が意にそぐわない読み方をされて失望しているのではないか?私は怯えた。第一句集や第二句集の頃の軽やかな詠みぶりから印象をアップデートしていない怠惰な読み手と思われたかもしれない。

私は人にがっかりされることが何よりも怖い。「がっかり」は人の間に溝を生む。とんちんかんな読み手として彼女に見られている可能性に、私は現在進行形で冷や汗をかきながら彼女と接している。

だがしかし同時に、自分の読みが間違っているわけではない、とも思っている。彼女が厭っているであろう「明るさ」と私が彼女の句に感じる「明るさ」は違う、と改めてここで主張したい。

彼女が厭う「明るさ」は闇雲なポジティブさ、鈍感さとイコールかと思われるが、私が彼女の句に感じる「明るさ」とはもっと多面的で流動的なものだ。ポジティブ/ネガティブを超えた強さ、柔軟さ、強いこだわり、そしてそのこだわりを深く慈しむ優しさ。今まで上手く言語化できなかったが、『光聴』を読んで気づき、そしてようやく人に伝えられるようになった。

  白藤や此の世を続く水の音 『記憶における沼とその他の在処』  
  一切のせせらぎが夜や冷まじく  『光聴』

『記憶沼』でも『光聴』でも、句集を締めくくったのは水にまつわる句だった。水という深いやすらぎへ還り、今後更なる進化を遂げるであろう彼女の句の世界。

豪華パネリスト陣と共に彼女の句の世界に大いに耽溺する『光聴』読書会、ご興味を持たれた方はぜひ下記にアクセスし、お申し込みいただければと思う。

ゴールデンウィーク中の5月2日に開催される。参加申し込みの締め切りは2021年4月25日いっぱい。すなわち、この記事が公開される今日である。

どんだけギリギリでこれ書いてるんだよという感じだが、ひとりでも多くの人に最後のお願いが届けばいいなと思う。

『光聴』読書会の詳細 >>
https://twitter.com/kocho_read/status/1375016065462198279



2020-11-07

16. 松本てふこ シャンパンタワー(*)

 16.  松本てふこ シャンパンタワー(*)

初夢のまづ雨音の激しかり

吹き抜けのロビーに待てば淑気かな

雨傘をくたりと開き年賀客

一行にはぐれ眺めて猿回し

成人の日の薬湯のよく濁り

下野の雪くきくきと踏み鳴らす

抱きやすき形のポット避寒宿

凍傷の爪がはちきれさうに赤

太ければたやすく透けて氷柱かな

待春の皺がヒジャブの眉間にも

初不動弊社の社名長きこと            

寒明けて靴箱の靴みな遺品

うつむいてをれば楽なり黄水仙

納税期茶房にフィンランディア流れ

如月の水面まどろむダムであり

ふきのたう赤子の握り拳ほど

読経の声大き嫁なりお中日

春宵のなぜかシャンパンタワーかな

腹にくる辛さなりけり葱坊主

旅いつも尿意と共に暮れかぬる

虚子の忌の屁の確かなる臭ひかな    

からすのゑんどう散歩して遠くまで

種蒔の缶チューハイを傍らに

行春をずつと手洗ひしてゐるよ

ぼうたんに風強すぎる朝かな

金魚玉間取り図のみな広さうな  

穀象によぢのぼるべき山ひとつ

御堂筋あたりも若葉冷ならむ

あをぞらの届かぬ繭と思ひけり

薔薇園をのつしのつしと見て回る

瓜番は夜行バスにて来たりけり

区役所へ行く夢見しと昼寝覚

真つ白にはりつめながら百合ひらく

火取虫不意に夜空へはみ出せり

この森を欲しがつてゐる時鳥

冷麦の歯ごたへゆるく昼休

鯖鮨や旅の予定の大ざつぱ

ハンモックおづおづと尻しづませて

体操に傷む畳や秋立てり      

本棚に少し隙ある月夜かな  

月光に手相広げて地図のやう

靴紐の踏まれぼろぼろ白露かな

秋祭みな酩酊の貌であり

栗飯のしほからきことばかり言ふ

蛇穴に入る重さうに衣紋掛

エキスポシティ背高泡立草ばかり

ささやかに果肉蔵せし酢橘かな

刈田にて兄ですとのみ名乗りたる

ハロウィンや丸く飛び出るピザソース

献木の札と十一月の幹


2020-10-04

【句集を読む】守りと攻め 松本てふこ『汗の果実』を読む 小林苑を

【句集を読む】
守りと攻め
松本てふこ汗の果実』を読む

小林苑を


だんじりの日のしづかなる理髪店  松本てふこ『汗の果実』

揚句を語る前に同句集にあるもう一つのだんじりの句に触れないわけにはいかない。

だんじりのてつぺんにゐて勃つてゐる  同上

この句の方が話題性もあり、著者らしい句と評されているだろう。確かに「勃つてゐる」の思い切りの良い言葉選びはてふこ句ならでは。でも、私は最初の句が好きだ。さらに言えば、こちらの方により松本てふこを感じる。

句集名から『狂った果実』を思った。実はこれ、アリスのアルバム・タイトルだったり、アダルトゲームのブランドだったりするらしいけど、日活映画(1956年制作・石原裕次郎主演)のこと。もちろん果実繋がりではあるが、私の中でもてふこ句が「勃つてゐる」とともに「おつぱいを三百並べ卒業式」「不健全図書を世に出しあたたかし」であったためだ。彼女の代表句であり、性的なイメージを白日の下にというよりあっけらかんと曝す。こちらを攻めの句と呼ぼう。

ところが、句集から覗われるのは普通の女性の日常だ。おつぱいを並べて卒業したうちのひとりが就職して仕事して恋して結婚して子供を産んで。こんな暮らしの中の憂鬱。これを守りの句と呼ぶとして、なにを守るのか。わたし、であろう。

会社やめたしやめたしやめたし落花飛花」。ここで重要なのは仕事ではなく「会社」であること。さらに飛花落花ではなく「落花飛花」であること。女が仕事も家庭もと生き抜くのは半端ないんだよ。これは親子以上に年の離れた私が経験的に断言する。そして、いつまで経っても大して変わっていないというより、意識と現実の落差はむしろ大きくなったのかもしれない。生きづらさなんて言葉が浸透し始めたのはいつ頃からだろう。てふこ句からそんな時代の居心地の悪さが伝わってくる。

祭の喧噪から取り残された理髪店。こんな日は客もいない。理髪店という呼称の床屋とは違う古くさいけど洒落てる、だから格好よかったりもするアンビバレンスな感じ。だんじりという「ハレ(晴れ)」に対する「ケ(褻)」の昏さのひんやりとした安堵感。ここでは頑張らなくても無理しなくてもいい。

攻めと守りの話はこれまで。どちらも戦うには欠かせない。文中に出てこない句をいくつか揚げて、最後に「攻めて、攻めて、攻めまくれ」とエールを送って了りとしよう。

台風が来るぞ来るぞとマトリョーシカ  松本てふこ『汗の果実』

くちづけのあと春泥につきとばす

冷奴頼むさつさと口説かねば

金風や首にうるさき社員証

人ごみに流されながら初笑


松本てふこ句集『汗の果実』2019年11月/邑書林

2020-04-05

早春はてふこさんとカレーを〔後篇〕 小川楓子

早春はてふこさんとカレーを〔後篇〕

小川楓子

≫承前

それでは怒涛の一問一答開始。

Q1
てふこさんの作品は、寡黙で朴訥とした魅力があるように感じました。ご本人としてはいかがですか。

A1
キレイに出来ていることに興味はないんですよね。「ごろん」とした作品を作りたい。「ごろん」の影響は、たぶん聴いてきた音楽が大きいと思います。宅録と呼ばれる、自宅などのラフな録音環境で録られた音楽が国内外問わず好きだったんです。歌詞もあけすけだったり、内向的だったり。俳句を始めたちょっと後からずっと聴いている「キセル」という京都出身の兄弟二人組がいて、彼らの曲のくぐもった音や、やるせない歌詞には非常に影響を受けているように思います。彼らの「ごろん」は、柔らかい「ごろん」。小説家では津村記久子に「ごろん」を感じるかなあ。正義とか倫理観にあんなに真っ正面から取り組んでる作家は珍しいなあ、かっこいいなあと。美しさなんて知るか、と言わんばかりの石ころのような文体も大好きです。津村さんのどの小説にも必ずと言っていいほどサッカーの小ネタが盛り込まれていて、サッカー、面白いのかな?ってぼんやり思っていたら乾貴士が好きになってセレッソサポになってしまったという。津村さんのサポーター小説、最高ですよ。津村さんの「ごろん」は石のような「ごろん」。俳人では辻桃子と波多野爽波の影響が若干ずつ。ふたりとももともと感性がオシャレな人なので、オシャレな人があえてやる「ごろん」と私の「ごろん」は違うぞ、と言い聞かせつつ、という注釈はつけておきたいですが。

Q2
「だんじりのてつぺんにゐて勃つてゐる」が『汗の果実』の帯にあり、よく話題にもなりますが、どのような気持ちで作りましたか。

A2
だんじりは大阪文フリに遊びに行ったついでに、会場近くでやっていたのでひとりで観に行ったのですが楽しかったです。だんじりの句は、祭に参加している男たちとそれを見ている自分が対にならない構成にするように気を付けました。例えば、多佳子の〈雄鹿の前吾もあらあらしき息す〉がなまめかしいのって、雄鹿に詠み手が雌として応えてしまうのでは……という可能性をチラ見せさせているところなのかなと思うのですが、私はそういう風に読みうる句には絶対にしたくなかったので。

Q3
女性としての自分についてどう感じていますか。

A3
同じ女性だからわかり合えるという発言とか聞くとほんと「はー無理無理」ってなっちゃいますね。でも、女性が多い職場で働くことが多くて、仕事環境としては女性に囲まれていた方が安心するなーと。女子高や女子大に憧れたときもあるのですが、母が女子大で苦労したようで気がつくと共学を選んでいました。学生時代はずっと共学で特になにも思わなかったのですが、うまく放っておいてくれる女性上司の下につくと「楽だなー!」って思いますね。趣味が分かればそれに合ったものを提示していけば好きにさせてくれるタイプ。最初の職場の上司がそんな感じでした。いまのチームリーダーも去年からの付き合いなのですがそういう感じの人なので、あ、これは楽できる!という気楽さでかえってやる気が出ます。

Q4
「女性俳句」についてどう思いますか。

A4
大学時代に平塚らいてうとか『青鞜』に興味があって、『青鞜』に載っていた俳句を調べてみたら全然よくなくて、ガーン……ってなって。同時期に杉田久女の評論を読んだらお茶の水女子大出身で当時の最高の女子教育を受けた、とあって。ああそうか、久女は新しい女になる可能性が十分にあった人だったのか(でも俳人としての道行きは俳壇の封建的な空気に阻まれるようなものになってしまった)という点、あと細見綾子も好きなのですが、彼女はらいてうなどと同じ日本女子大出身だったことが心に引っ掛かっていたり。そういう経歴は彼女の俳句にどういう影響を及ぼしているのかな?って気になるんです。たぶん、俳句でフェミニズムを論じてみたい気持ちが当時からあったのですが、糸口がわからなくて。俳句自体わからないのに、もっとわからないことと結びつけて書くなんて、無理な話で。宇多喜代子さんの文章とか、藤木清子を発掘したり女性のマイナーポエットへの目配りがすごいところに憧れますね。短期目標として、自分なりの俳句とフェミニズムの結び付け方を見つけるというのがあります。秋頃に久女が長く住んだ小倉に行くので、そこでヒントが得られたらいいなと思います

Q5
就職氷河期世代〔*〕、いわゆるロストジェネレーションにあたりますが、世代感はありますか。また、もしあるとしたら俳句に影響していますか。

〔*〕就職氷河期世代は1970(昭和 45)年4月2日から 1985(昭和 60)年4月1日まで生まれ。(2019(令和元)年度厚生労働省本省就職氷河期世代採用 選考案内)

A5
ロスジェネ。うーん。世代論って本質的なことをつけることももちろんあるけど結構的外れというか、知らない人とわざわざ同窓会をするような何がしたいんだろう…と思うような方向にいっちゃう例もよく見かけるので読む時に妙に注意深くなります。

就職活動を終わらせたいのに終わらない…と焦っていた大学4年の5月にスーパーフリー事件が明るみに出ました。(スーパーフリー事件は早稲田大学のイベントサークル関係者が組織的に行った輪姦事件で、輪姦の補助として女性も多数関与した)スーフリに関しては学内にポスターが貼ってあったり、サークル名として知っている程度でしたが、あの時期に大学名を背負って女子学生として就活をしなくてはならないのが本当に苦痛で、忌々しい気持ちでした。その忌々しさって結局なんだったんだろう、と詳しく思い出そうとすると、自分の思考に、被害者に寄り添う視点が欠けていた記憶があり、その頃の自分の視野の狭さ、当事者性の欠如にショックを受けます。あの頃、もしSNSがあったらもう少し視野を広く持てたかもしれないとも思います。たくさんの障壁はありますが、性暴力の被害者が自分自身の声で語り始めるようになった今だからこそ、思い出して苦い気持ちになってしまうのかもしれません。

ロスジェネが自分の俳句に…。どうかなあ。そこまで影響してないと思います。

Q6
前衛俳句などの戦後以降、高度経済成長期の俳句は、時代特有のエネルギーがあると感じます。また短歌の場合、SNSの発達や引きこもりなど時代性が映し出されることがしばしばあるので、現在の俳句はどうであろうかと考えています。ロスジェネのみならず時代性についてはいかがですか。

A6
戦後ある程度の時期までは、生きることにあらゆる面で執着しなければ、という強迫観念は多かれ少なかれ人々にあったと思います。今は経済的にこぼれ落ちてはいけない、という強迫観念の方が強いかなあなどと。俳句の世界での我々世代の強迫観念は「選ばれなければいけない」かなあ。私も、20代は結構とらわれていました。かといって、大きな仕事ができるほど時間があるわけでもなく。今は心からそう思わないように距離を取りつつ、モチベーションの向上にうわべの熱狂だけ利用させてもらったりしています。「選ばれなければいけない」という強迫観念は我々世代というより、50歳以下の新人賞の対象になる年代、くらいのざっくりした言い方が合っているかも。

選ばれなければ、って思いすぎると選ばれない状態の自分を肯定できなくなってすごく苦しいので、選ばれなくても私の価値が落ちるわけではない、とに応募するぞー!わー!って盛り上がっている群れの最後方でとりあえず拳はあげている、みたいなイメージですかね(全体主義に一番に利用されそうな群衆の思想だな……と思いつつ)。フェスに近いかもしれません。あんまり一体感を呼び掛けてくるMCには反感があって、いていいよくらいのノリが好きですね。俳句のシーンに関しても同じようなことを思う。いていいよ、って言ってもらえればそれでいいので。グループや同人誌が増えてきている今の傾向はいいんじゃないかなと思います。居場所は結社や受賞の肩書の中にだけあるわけじゃないし。同人誌はBL俳句誌「庫内灯」に参加したりしましたが、俳句グループには入ったことがないなあ…。人からどういう作家だと思われてるのかわからないですけど、もしチャンスがあったら入ってみたいですねw


2020-03-29

早春はてふこさんとカレーを〔前篇〕 小川楓子

早春はてふこさんとカレーを〔前篇〕

小川楓子


早春のある晴れた日、昨年の11月に刊行された第一句集『汗の果実』のお話を伺おうと松本てふこさんと代々木で待ち合わせた。歩いていたら、たまたま、インド人のおじさんがドリンクチケットを配っていたのでお店に入った。落ち着いた色味の広々としたソファー席に案内され、てふこさんはマトンカレーとラッシー、わたしはチキンカレーとチャイを注文した。

それにしてもと泰山木の花のこと

わたしは、普段から俳人と(人類と?)それほど交流があるわけではないので、てふこさんときちんと話すのも初めて。少し緊張しながら「それにしてもと」いう感じでいると、飲み物が運ばれて来た。ラッシーとチャイをそれぞれ飲みながら、てふこさんが大学一年生の頃、バンドサークルや音楽鑑賞サークルをのぞいてみたものの居心地が良くなかったので、ドイツ研究会に入会したこと。その後、ドイツ研究会と部室を共有していた俳句研究会に加わったのが俳句を始めたきっかけであること。さらに『汗の果実』入集句の話となった。

メロン切る好きなバンドが解散する

叩く叩く見る叩く見るごきぶりを

ごきぶりの死や腸をかがやかせ

てふこさんの音楽好きは一句目のバンドの解散というテーマや二句目のドラムのようなアップテンポなリズム感に表れているように思う。一句目の好きなバンドとは、星野源がかつて所属していた「SAKEROCK」。なぜメロンなのだろうと聴いてみると「とくにこだわりがあったわけではない」と。照れだろうか、それとも偶然の出会いを大切にするのだろうか。正解はわからないが、果物の王様という印象があるメロンからは、解散後の新しい出発を祝うのにふさわしい。しかしながら、包丁を入れ、メロンの美しい断面が現れる中で思いを馳せる突然のバンドの解散には、明るさの中にあるからこそのせつなさがあるようにも感じられる。二句目は、ドラムのように「叩く叩く見る叩く見る」と畳みかけられた後のごきぶりの出現。世界に作者とごきぶりしかいないほどの濃密な時間。三句目は、生前は疾走していたごきぶりの腸が目前で輝く。ごきぶりというとまずは体表のつややかさを思うが、白い内臓のような脂肪体への着目が興味深い。この脂肪体は、周りに食料がなくなったとき、エネルギー源として生き延びるためにあるらしい。死してなお生き物としての力を感じさせるごきぶりの存在感。「GOKIBURI」という音はパンチが効いているので、バンド名にしてもいいかもしれない、と思って検索してみたらヴィジュアル系バンドがヒットした。

先輩と大きく呼びてアロハシャツ

大学の俳句研究会には、二学年上に村上鞆彦さん、一学年上に髙柳克弘さんが在籍。村上さんはふるさとの大分を感じさせる作品が時々あり、髙柳さんは出身の静岡を詠むよりは、都会的な作品が多いが、一方で「うみどりのみなましろなる帰省かな」が名高い。意識的にはほとんど東京、しかし東京ではない場所に住むてふこさんにとって、俳句研究会のメンバーと比べて「自分には産土が無い」というコンプレックスがあったという。東京近郊に育ち、生まれた場所はまた別、そして、地方に住んでいたこともあるという経歴が、てふこさんにとっては「中途半端な所在なさ」を感じさせる要因であるという。

旧姓が春の嵐に飛ばさるる

シクラメン息子の嫁と名乗りけり

冬暁の小高き山として夫

詩歌や歴史に詳しい友人を介して知り合った、東京近郊で育ったお連れ合いには産土コンプレックスがなかったという。三十歳で結婚する以前から彼と同棲するうちに「そんなに劣等感を感じる必要なんてないんだ」と思うようになったという。世界のどこであっても大切な人がいるところが故郷なのかもしれない。「でもまだちょっと気にしている」と付け加えるのがてふこさんらしい。そういうちょっとした屈折のようなものが松本てふこという作家の原動力になると思う。

くやしさの極みの栗を剥いてをり

くやしさや屈折した心境が鬱屈に繋がることはないようだ。くやしさを爽やかにバネにして栗を剥く作業に集中する作者。栗を一つずつ剥くのは根気が必要で、かなり大変な作業なので、くやしさの極みが大いに役立ったのに違いない。

ボクサーを汗の果実と思ふなり

タイトルともなった一句。大学の卒業旅行はタイ。旅先でムエタイを観たのだが、ボクシングよりも傍らで汗だくになりながら、だるそうに太鼓を叩いていたおじさんの印象が強かったという。周囲の興奮や熱気に取り込まれて心を動かされるより、クールに周囲を見渡して自分にしかつかめないものを掴む。それがてふこさんの作品になってゆくのだろう。

さて『汗の果実』は皮、種、汁、蔕という果実の部位で章立てされている。四つに分けられる章立てに充てるものということで、お連れ合いや友人にも相談してヒントを得ながら、当初は、桃、林檎、蜜柑、バナナで検討していたという。桃は肉感的、林檎は俳句として折り目正しいもの、蜜柑は庶民的、バナナはそれ以外で区分。最終的には皮、種、汁、蔕として、皮→バナナ、種→林檎、汁→桃、蔕→蜜柑となったという。果物名が並ぶと『月刊 MOE(モエ)』(人気絵本・作家の巻頭特集が多い)的な雰囲気があるように思うので、てふこさんの句集ならば、皮、種、汁、蔕とすっきりと一文字の漢字というのがぴったりだと思う。

尋ねれば、打てば響くという感じの軽快さで、内容の深い回答をぽんぽん返すてふこさん。それでいて作品は寡黙で読者にあえてなにかを提示しようとしないので面白い。

花は葉にまたねとうまく笑はねば

面白し面白しとて咳き込める

これらには、人との関わり合いの中で生まれる不器用さやぎこちなさが表れ、どことなくペーソスを纏った作者の姿が思い浮かぶ。5・7・5の間をゆったり取って味わいながら、韻律と共に作者の心の揺れを感じたい。うまく笑えなさそうだと感じているのに、笑わなくてはならない。面白すぎて笑い続けていると咳き込んで笑えなくなる。人とは不思議な生き物だなと思う。こうした日常のちょっとしたペーソスを汲み取って、さらりと一句に仕立てるのも松本てふこ作品の特長に感じる。

てふこさんにとって『汗の果実』はすでに過去のものという意識があるという。刊行後、それほど月日が経っていないが、過去の作品に対しての態度がさっぱりとして、もう次をしっかりと見つめていることがカッコいいなと思う。これからも松本てふこ俳句の朴訥とした持ち味がどのように変化するのか、あるいは深化してゆくのかについて、注目してゆきたいと思う。長時間ありがとうカレー屋さん。またおじゃまします。後篇はてふこさんに一問一答で迫ります!

(後篇に続く)



2019-12-15

松本てふこ 家族旅行 10句

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松本てふこ 家族旅行

大雪を妻もくもくと荷造りす

十二月八日朝餉に味海苔が

保安検査場よろよろと着ぶくれて

子供にも旅荷ありけり石蕗の花

冬浜にゆるやかに散り一家かな

レノン忌や貝殻砂に埋めなほし

幼稚園バス冬紅葉横切りぬ

避寒地のガードレールやよく汚れ

旅に来てシャンプー安しシクラメン

冬帽の夫が佇む渚かな

2016-12-25

【週俳10月11月の俳句を読む】松本てふこ 楽しかったです

【週俳10月11月の俳句を読む】
楽しかったです

松本てふこ


早退や街は銀杏の重さして  樫本由貴

この句の作中主体はきっと普段は健康体なのだろう、上五からは非日常への不安と微かな心の浮き立ちが伝わる。人気のない住宅地を縫うように歩いた私自身の早退の記憶もよみがえる。かすかな湿り、臭いなどからくるイメージも含めて「街」を銀杏にだぶらせているのかなと想像すると共感と不思議さ、両方を感じる。


いわし雲微熱の指の長さかな  福井拓也

十三夜おほきなおほきな砂時計

「学生俳句特集」の仕掛人である堀下翔が「里」2016年12月号の時評欄でも紹介していた作家である。堀下の「おれが見つけた作家だぞ」という、静かな意気込みを感じる。

時評欄での万太郎作品との類似点の指摘が非常に興味深かったので気になった方は是非「里」を何らかの方法で手に入れて欲しいのだが、今回の週俳での作品で、堀下の時評欄を読んだ際に自分なりに掴んだつもりだった彼の作品の傾向がまた分からなくなった。

題材の選び方か、はたまた秋の季感によるものか、湿度や潤いは少なく、作品の舞台は日本ではないのかな、とすら思った。時に渋みのある季語を用いながら、どこか日本の情緒とは異なった美意識で切り込んでいる印象があり、ふとした色気と謎が垣間見えて楽しく惑った。

肉入れて波の立つなり芋煮会  斉藤志歩

ごつん、ごつんと石のように言葉がぶつかり合う句が多く、読みながらちょっと驚いている自分がいた。そのぶつかりあいをおかしみにつなげられると、この作家は強い。この句は肉の質感が確かなところと「なり」の妙に力が入っているところが肝というか、チャーミング。

火恋し画集の海のみな日暮れ  平井湊

19世紀のイギリスの画家・ターナーの絵を連想した。画集の中に広がる海の黄昏を眺めながら、自分の中にあったある気持ちがゆっくりと終わっていくのを作中主体はひとりかみしめているのだろう。


加藤静夫 失敬 10句 ≫読む

第497号 学生特集号
樫本由貴 確かなあはひ 10句 ≫読む
野名紅里 そつと鳥 10句 ≫読む
福井拓也 冬が来るまでに 10句 ≫読む

第498号 学生特集号
斉藤志歩 馬の貌 10句 ≫読む
平井湊 梨は惑星 10句 ≫読む

2016-08-21

『オルガン』とBL俳句 松本てふこ

『オルガン』とBL俳句

松本てふこ


現実と俳句のかかわりで考えると、BL俳句をやっている人たちにとって、俳句が現実である必要はたぶんない。BLっていうのは積極的にデフォルメされた世界であって、たとえば肉体の汗の匂いみたいな話ではない。作られた枠内の世界で楽しければいいじゃないかという感じじゃないかな。俳句ってすごく便利だから、俳句のシステムのなかで書けばいくらでも書けるし、そもそも俳句の良し悪しの基準自体がそのなかで作られている。俳句は俳句の枠組みのなかで評価ができるって意味ではBL俳句もほかの俳句と同じなんだよね。現実は必要ない、俳句は俳句、という考え方は確かに妥当だとは思うんだけど、僕はそれだけだとは思わないんだよね。
(『オルガン』4号、座談会「震災と俳句」田島健一の発言より)
『オルガン』4号の座談会で、BL俳句の話題が登場した時は驚いた。いや、よく考えれば当然のことでもあるのだ。この同人誌のメンバーが「いかに詠む/読むか」を様々な切り口から語り、問い続けていることを考えれば、予想しておくべきだった。だが、身構えた筆者の予想とはうらはらに、冒頭に紹介した田島の発言を除いては、やりとりは「BL俳句ってこういうもの?」という定義の確認に終始していた。そして、「自分たちを喜ばせているものとか、苦しめているものは何なんだってなったときに、本当に楽しい状況とか、耐えられないほど苦しい状況とかは、デフォルメされた世界のこととはちょっと違うんじゃないかな。本当に面白い、という感情の世界は、その先にあると思うんだよね」という田島の発言で座談会自体が締めくくられる。

鴇田智哉の「BL自体が楽しくない人は、BL読みも楽しくない」という発言がメンバーの総意を表していたのか、座談会前半部の「震災俳句」に対する真摯な語り口が一転し、気の進まない話をしているような微妙な空気が行間に流れている印象だった。こういう見方をしてしまうのは筆者がBL俳句に少なからず関わっているからかもしれないが、「何が言いたいんだろう。BL俳句に言及したという履歴を残したかっただけなのかな?」とかなりもやもやした気持ちになった。

BL俳句が受ける批判を読むと、BLというジャンルそのものへの批判に直結するものが目立つ。BL短歌アンソロジー『共有結晶』に参加した際に受けた批判は、「短歌にBLを持ち込むな」という方向性の論調が多かったように思うが、BL俳句において目立つのは、BLジャンルが持つ現実逃避的な性格を指摘し、俳句の形式と合わない、という論調である。冒頭の田島の発言と、2015年11月18~19日にtwitterで北大路翼が発した「真の評価はBLといふ緩衝材を外したときにリアルな性愛を詠み続けられるかだらう。」「BLつて綺麗だからね。生の痛みがないんだ。」「僕が大事にしてるのは手触りとか直接的肉の触感です」というつぶやきはその代表的なものだと私は感じた。


痛みからの逃避にもまた生の痛みがつきものである、と言ってもその程度のものなど、と笑われるのだろうか。虚構と笑われることが前提の表現に、そうと悟られないように自らの切実な苦しみを混ぜ込んでいくお前らの喜びと苦しみなどたかが知れている、ということなのだろうか。時に典型的な男女の恋愛のシーンをなぞっているだけのような筋書きを考えてそうじゃねえだろ、そういうのが嫌だったんじゃないのかよ、と吐き捨てたり、生身の人間として志向するセクシャリティと、そこと切り離して想像力のみで探ろうとするセクシャリティとのズレ、真の理解にはたどり着けないであろうものを描こうとしてしまう自らの暴力性、そういったものに常に苛まれながらも、私はBLを読んできたし、これからもそうだと思う。それを、現実をデフォルメして楽しんでいるだけ、と片付けられるのはどうしても納得がいかない。もちろん、楽しんでいるのは事実だけれども、自分を切り刻んで、煮て焼いて自分で食べているような息苦しさと隣り合わせなんですよ、ということは小声で言っておきたい。


若干感情的な書きぶりになってしまったが、以上のような思いは要するにBLというジャンルへの批判に対する怒りであって、BL俳句、または俳句のBL読み(本当はこの二つをはっきり区別してそれぞれの意義を書いて反論するべきなのだろうが、今は気乗りがしないので書かない)の意義を語りたい気持ちはもっと穏やかなものだ。「作られた枠内の世界で楽しければいいじゃないかという感じじゃないかな」という田島の推測は、私という読み手/詠み手においてはある程度は当たっている。


しかし、例えば『庫内灯』1号に収録されていた


球春の大きな尻が揺れている  山本たくや
 

という句のことを思う時、この句のバカバカしい「球春」のまろやかかつ艶笑の要素を秘めた響きと字面、そして性的に見られていることなど夢にも思わず揺れている尻という光景のめでたさ、という特色はBL読みという枠組みなしで果たして見いだされただろうか、と私は疑問に思うのだ。
 

そして例えば、

躑躅吸ふ固めの盃だと思ふ  藤幹子
 

の句の底を静かに流れる、幼年期から思春期へのゆるやかな変化のきざし、契りの象徴たる「盃」によってもたらされる死の香りをあまさず味わいたいと思うのなら、BLというキーワードを意識して鑑賞するべきなのではないだろうか。

BL読みによって、読み手は句の中に「反転した私たち」の姿を見つける。BL読みは現実の写し鏡であり、「このようではない私たち」「このようには生きられない私たち」へ読者の意識は戻っていかざるを得ない。ご心配いただかなくても、自らの生の痛みに結局戻っていく筋書きは出来ているし、分かりきったことなのだ。


田島だって、「震災と俳句」でこうも言っているではないか。

俳句は自由に作っていいと思う。でも、その自由に作ったものが、自分がもっている現実的な世界の構造を自ずと反映しちゃうんですね。どんなに格好つけて作っても、その人の現実は反映してしまう。
その定義を用いるならば、紛れも無くBL俳句は私たちの現実である。

2016-04-17

【週俳3月の俳句を読む】松本てふこ マクドナルド、しけったポテト

【週俳3月の俳句を読む】

マクドナルド、しけったポテト

松本てふこ


吊雛めでたきものは土のもの  渡部有紀子
朗らかで、内容をぎゅうぎゅうと詰め込まずに
うたっている作者だった。
リフレインの多用によって耳になめらかに響く句が目立ったが、
これは意識的なものだろうか。
ただ何となくこうなってしまったのだろうか。
人参、蕪、筍、蓮根…地味なビジュアルではあるが
縁起物である土のものは、吊雛の中で見ると
何となく可愛らしく見えてくるから不思議である。

青き踏む面白きこと面白く
  渡部有紀子
諧謔の切り口に漠然と「現代」を感じる。
俳句の現代性について、先日の現代俳句協会の勉強会で考え、
あれこれと自分なりに思いをめぐらせたはずなのに
こうして実際に句に相対した時に
「このあえて感っぽいとこがー、なんか今っぽいっていうかー」と
説得力のかけらもない考えしか出てこない自分を何とかしたい。

白蝶の光硝子から硝子へ
  永山智郎
翳りの中にほんのり明るさを孕んだ感性と、
崩れかけの定型を時にギリギリで乗りこなす
不思議なバランス感覚が魅力的な作者だった。
この句もリフレインではあるのだが、
句またがりの使い方や言いさしめいた句のかたちが
なめらかに読まれることをかたくなに拒んでいる。

頬杖同士卒業を確かめ合ふ  永山智郎
この句に満ちているのは、日常の終わりの予感である。
いつも一緒に行ったマクドナルドで、
いつものセットを頼んで、ふたりでしけったポテトをつまむ。
塩の粒のついたストローでスプライトを飲むから、
ちょっとしょっぱい。
いつもと変わらずに頬杖をついて
だらだらと話しているだけなのに、
明日からはもう何も共有しない関係になる。
僕と君は四月になれば
似たような大学の似たような学科に通って
似たようなサークルに入って
似たようなタイプの女の子と付き合うのかもしれないけれど、
もうきっと僕は、こんな風に鏡を見るような気持ちで
頬杖をつく君を見つめることはないのだろう、というほろ苦い感慨。

花種に黒使はるる眩しさよ   西川火尖
ちょっと懐古趣味の感じられる音楽用語がちりばめられた句群。
レコードを詠んだ句の次にこの句が現れると、
レコードが割れて、その破片が花種に変わったようで楽しい。
「黒使はるる」という、何かとあざとくなりがちな擬人化が
下五の無邪気さでうまいことうやむやになっているのだろうか。
幼稚園の頃に父のレコードを勝手に聴いていたが、
針をうまく落としそびれて針が盤の外側へ飛び出してしまうことに
ひどい恐怖を感じており、そうなるとよく泣き叫んでいた記憶がある。
春の季感とレコードはよく似合う。

春月の余熱のやうに口ずさむ
   西川火尖
蒲公英や記憶正しいかも知れず
タイトルに引きずられたのか、音楽を感じさせる句に特に惹かれた。
春月の句は、ライブやカラオケ、もしくは何か高揚感のある出来事の後の
足りない、という気持ちのはけ口としての歌の存在が
非常にひりひりとしていて切実で、大変に胸熱である。
蒲公英の句も、この連作の中に入ると
「あの曲ってあのアーティストのあのアルバムの何曲目に入ってたっけ?」
なんていう、正解なんて結局分からないけど楽しい
音楽好きの埒のあかない会話を思わせてよい。


渡部有紀子 あがりやう 10句 ≫読む
永山智郎 硝子へ 10句 ≫読む
西川火尖 デモテープ 10句 ≫読む

2015-06-07

【句集を読む】go into action 北大路翼『天使の涎』を読む 松本てふこ

【句集を読む】
go into action
北大路翼『天使の涎』を読む


松本てふこ


北大路翼は行動の人だな、と思う。
俳句という文芸は、必ずしも行動を必要としない。
句会に毎月出ることも、毎月結社誌に投句することも、行動ではない
(句会や吟行というシステムそのものには、行動というファクターが
かなり重要な割合を占めているように思うが、
俳句を詠む中で必ずしなければならないことではない)。
日常に簡単になじんでいくルーティンワークになりうる。
彼がtwitterに俳句を垂れ流す「行動」、
句集に二〇〇〇句も収録してしまう「行動」、
誰かの誕生日に挨拶句を贈る「行動」
(句集の中で七人の人物が祝われていた)、
誰かの死を悼む「行動」
(マニアックな人気を集めたアイドルから
ググっても特定出来ない人物まで幅広い人名が登場していた)、
歌舞伎町を活動の拠点とする「行動」、
気鋭のアーティストたちと活発に交流する「行動」。
久留島元の表現を借りて、
「行動」を「パフォーマンス」と言い換えることも出来そうだが、
北大路の場合は彼自身の生き方や価値観に
多分にパフォーマンス(『派手な振る舞い』という意味での)
的要素がちりばめられているので
彼のことを言い表す時に「パフォーマンス」という言葉を使うのは
気後れがするというか、どうにも憚られるのである。
人名が前書にかなり登場するので、
そのたびにググりながら読んでみたら、
その多くは北大路より10歳以上年下の若いアーティストだった。
北大路自身の妙に面倒見のいい気質もあるのだろうが、
若者たちの新鮮な感性に触れることで
自分が埋没してしまいそうな平凡さや既成概念から
抜け出す糸口を探り続けているのだと思った。

北大路はきっと、アパシーを前提とした日常が怖いのだろう。
毎日が退屈だなんてありえない。
毎日同じように過ぎていく日常だなんてあるわけがない。
だから俳句を「普通」(俳壇の中での常識に従って、程度の意味だが)に
発表しないし、痛飲するし、少々変わった店をやるし、
ギャンブルをやめない。

酒を飲むだけの弔ひ鳥帰る

寂しがり屋なのだと思う。
でも、あからさまに寂しがるのは好かないのだとも思う。

薔薇剪つてつくづく夜に愛さるる

自己陶酔が強烈な「つくづく」の使い方に面白さがある。

馬鹿野郎だけが花火に愛されて

最初に読んだ時は読み流してしまったが、
気持ちよくてバカバカしくて、なかなかにいとおしい句である。

肛門がよごれてゐたる猫の恋
花びらは女が拗ねてゐる熱さ


北大路の性に関する句の大半に、
私はミソジニーもホモソーシャルも感じない。
母乳をほしがる乳児のようないたいけさ、
「王様は裸だ!」と叫びたい素直さを最も感じる。
〈肛門が~〉は、その素直さの結晶であるし、
北大路のバレ句の基本路線のひとつであるとも思う。
〈花びらは~〉は、ちょっと毛色が違う。
分かったような口をききたい思春期の男子のような背伸び感、とでも
言えばいいだろうか。珍しく、少々のミソジニーを感じる。

ウーロンハイたつた一人が愛せない

「こういうことを書くやつは、
たった一人を愛したいなんて思ってもいないくせにこういうことを書くものだ」
と一読して思ったのだが、案外本当にこう思っているのかもしれない。




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2015-05-24

【澤田和弥さん追悼】 澤田さんのこと 松本てふこ

澤田和弥さん追悼
澤田さんのこと

松本てふこ


澤田さんの作品というか、句集に関して一昨年に文章を書いた。

私が彼の句に対して思っていることはここであらかた書けてしまった気もするので、リンクを貼っておく

小さな革命としての俳句~澤田和弥句集『革命前夜』
https://note.mu/tefcomatsumoto/n/n2fc68a9b5e95

この文章では、ただただぼんやり澤田さんとの思い出を振り返っていこうと思う。

澤田さんと初めて会ったのは、大学一年の頃。俳句研究会の一学年上に、澤田さんがいた。

亡くなる少し前の丸々とした面影は出会った当時は全くなく、ちょっと丸顔かな、というくらいだった。別のサークルが忙しそうで俳句研究会の活動にはそれほど積極的に参加してはいなかった。時々大学周辺で見かけると、くるりの「世田谷線旧型車輌を残そうキャンペーン」ツアーのTシャツを着て颯爽と自転車で走っていたりした。

寺山がとても好きなことは彼自身から聞いていたし、私もくるりと寺山が大好きだったので(小学生の頃に読んだ『スポーツ版裏町人生』で袴田事件を知った)、色々話したらきっと楽しいだろうな、と思いつつそんな機会もさほどないまま、彼は大学院に進学した。

大学院進学後、澤田さんに何か転機が訪れたようで俳句研究会に顔を出すことが多くなった。超結社の句会に顔を出すと、彼がニコニコと手を振っていた、ということが増え、自然と二次会などでも話す機会ができた。

彼は、当時mixiに毎日のようにすごい分量の日記を書いていたけれど、内容がどうこう、というよりは「書きたい」という欲求が活字のかたちで溢れ出ている印象で、社会人になったばかりでひたすらくたびれていた私にはそのエネルギーがまぶしく見えた。

…と、このように書いていくとどうもしゃらくさくなる。

まあその後は、そんなに頻繁に会う訳ではないが、会えば酒を飲み俳句の話をして盛り上がった。彼と飲むとアハハハハハハハ!と威勢良い笑い声が聞けるのが楽しかった。

彼はいつも誰かを心配していた。でも誰かを心配する気持ちと同じくらい強く、その誰かに自分ができることはごく限られていると感じているようでもあった。

綺麗なお店、オシャレなお店で一緒に飲んだ記憶はない。見栄えはそれほどよくないけど、何でも美味しくて気楽なお店がよく似合った。

澤田さんとの思い出は基本的に楽しいものばかりだったが、楽しい、とは少し毛色の違う思い出があるので書いておこうと思う。

ひとつは、彼が故郷である浜松に帰る直前に行われた徹カラだ。

浜松に帰るし失恋もしたから徹カラしてるよ、おいでよ、と連絡がきて仕事帰りに合流した。当時まだ学生だった谷雄介くんや山口優夢くんがいて、賑やかだった。

私は彼がどうして浜松に帰ることにしたのか当時よく知らなかったのと、失恋したからと言って彼らが相手を悪者に仕立てて騒いでいるように見えてちょっとイラっとしてしまい、つらいつらい恋愛の歌を歌ってやろうとチャットモンチーの「恋愛スピリッツ」を入れた。

歌いながらちらっと澤田さんを見たら、心なしか笑顔が固まっていて、あ、悪いことをした、傷口に塩を塗ってしまった、と気付いて反省した。

ふたつめは、2年前のGWに彼が上京して、六本木で「LOVE展:アートにみる愛のかたち」を私たち夫婦と観たときのことだ。

私の家族は澤田さんと彼の句に興味があったようで、自分のHPで句を引用したりしていた。

澤田さんが、是非ふたりと観たい、と言ってくれたので六本木で待ち合わせた。その年のエイプリルフールに入籍したので、結婚祝いのつもりだったのだろうか。

やってきた彼は、病気のため杖をついていたのにものすごい大荷物だった。聞けば、ブックオフで美術関係の資料を買い漁っていたという。ブックオフのビニール袋は破れかけ、カートは重たい、GWのなかなか手強い陽気というか暑さ、そんな中を本調子ではないのにこんな大荷物でやってきたことや、彼の中にあり続ける美術の世界への熱意や欲求を思うと無性に切ない気持ちになった。

もちろん彼はいつも通り明るく、初対面である私の家族ともびっくりするほど普通に、そして和やかに話していた。展覧会を存分に楽しみすぎて新幹線の時間が危うくなり、大慌てで彼をタクシーに押し込んだ後の、しんとした感覚を今も覚えている。

彼の最期の日々を私は知らない。でも、彼が寺山と同じ五月にこの世からいなくなってしまうなんて、あまりにも出来過ぎている。そんなところ、うまく出来ていなくたっていいのに。本当に、本当にさみしい。

2014-11-09

【週俳10月の俳句を読む】松本てふこ それぞれの武器

【週俳10月の俳句を読む】
それぞれの武器

松本てふこ


久々にこのコーナーにお邪魔する。

蔦紅葉皿に平たくライス来て  塩見明子

作者と十年以上前に何回か超結社の句会で同席する機会があった。抑制のきいた表現と嫌みの無い取り合わせのセンスを武器に、句会で高得点を得ていた。その後、総合誌の選考で何回かその名前を目にしていたが、活字で作品をきちんと読んだのは久しぶりだった。彼女はすでに得ていた武器をより確固たるものにしていた。


ひとを待つすすきと自動販売機  越智友亮

子規の忌の座りて傘を股間へと

越智友亮の句が放つイノセントな輝きは多少の世間との軋轢を経ても失われるものではなかったようだ。「ひとを待つ」とベタな擬人化を用いて一句に仕立てたり、「股間」という言葉をけろりと使ったり。

諧謔のフィールドに真顔で切り込んでいく姿勢はやっぱり私淑するイケスミ流なのかな、と思ったりも。

『新撰21』の出版記念パーティーなどで学生時代の彼に会うと、俳句を存分に楽しんでいる姿が眩しくて眩しくて本当にうらやましくて羨望がねじれるあまり「はやく社会人になって仕事と俳句の両立に苦労しなよ……!!!!!!」と思ってしまっていたことをここに懺悔したく思う。ごめんなさい、お互い頑張ろう!(私はいま無職ですけど)


こおろぎを轢いた地下鉄同士の会話  福田若之

越智の句からは人間くささや人懐かしさを感じるが、彼とほぼ同世代の福田の句からは今回、親しげに読者をすり寄らせる感情から作品をなるべく遠ざけようという操作を強く感じた。

当季の句ではあるが全ての句はフィクションめいており(虎が歩道橋にはいないだろう、という景そのもののフィクション性ではなくて)彼の持ち味である(と私が思い込んでいた)形式の中で固有名詞と戯れる無邪気さも、口語体で切り込んでくるインパクトもなく、とにかくひどく注意深く「何も語ろうとしないように」「何も描こうとしないように」ずらされた言葉たちが彼の作品として並んでいた。


天高し行きと帰りは違う靴  二村典子

私事で恐縮だが、先日、この句のような旅をした。行きはパンプスを履いて、帰りはスニーカー。実に、かさばる。全く愉快ではない。途中で雨にも降られ、終始どんより気分であった。私の旅と対照的に、この句はとても愉快そうである。季語が天高しだからだろうか、何からも自由な気分が伝わる。中七下五は軽やかさのあまり靴を脱いで踊り出しそうな勢いがあって、可笑しい。


雨に森けぶりはじめし青鷹  大西朋

地に足を付けてものを見なければ抒情も不可能なのだ、という気持ちにさせられる十句であった。まず読解する、そして景を思い描いて、イメージを膨らませる。例えば爽波の句だったりすると、じっくり読まないで処理するように読んでいくとトランス状態のような気分を味わえて楽しい、という面もあるので一概には言えないが、一瞬のことを詠んでいるからといって早急に読んでは駄目なのだ。お前は俳句を読むプロセスを踏めているのか? と自らに問いかけながら読む、貴重な時間だった。


遺影用。写真。撮りつこ。する。花野。  佐山哲郎

死や痛みを近くに感じていればいるほど彼らにとって花野は美しいものである。その広さ、明るさ、生きているものを近くに感じられること、誰かと一緒にふざけられること、全てが彼らをなぐさめる。だからこそ、互いの死の予行演習として遺影を撮りあいもするのだろう。句点が彼らの笑い声のようにちりばめられている。


第389号 2014年10月5日
福田若之 紙粘土の港 10句 ≫読む
第390号 2014年10月12日

二村典子 違う靴 10句 ≫読む
第391号 2014年10月19日
佐山哲郎 こころ。から。くはへた。秋。の。茄子である。 10句 ≫読む
大西 朋 青鷹 10句 ≫読む
第392号 2014年10月26日
塩見明子 改札 10句 ≫読む
越智友亮 暗 10句 ≫読む

2014-07-27

スカートの中の青空 内村恭子句集『女神』を読む 松本てふこ

スカートの中の青空
内村恭子句集『女神』を読む

松本てふこ


ふらここにフラゴナールの青き空

小学生の頃、世界中の美術館を100巻シリーズか何かで紹介する1冊500円のグラフ誌に凝っていたことがあって、フラゴナールの「ぶらんこ」もその時に知った。

ぶらんこに乗った女性の、風に飛ばされそうな帽子、スカートの襞とペチコートの白さ。

木陰に隠れて自分のスカートをのぞこうとする貴公子を蹴り上げるような体勢でぶらんこを漕ぐ彼女には、こちらに飛び出してきそうな鮮やかさがあった。小学生だった頃は「こんな、男がスカートの中をのぞいてるだけの絵がかしこまって美術館に飾られてるなんて、変なの」と思ったものだ。

当時はよく分かっていなかったけれど、今見ると画面の左右に貴公子とぶらんこをあやつる従者とをくすんだ色合いで配置し、中心にぶらんこに乗る女性を光いっぱいの色合いで描いており、俗っぽい題材が冷徹な色味の選択と構図で捉えられている絵なのだと分かる。


内村恭子の句集『女神』には、掲句のように自然なかたちで、西洋美術史を彩る画家だったり文学者の名が出てくる。ワトーが描いた霧が日本の秋とつながり、オキーフの描いた骨の白さが夏を呼ぶ。ブラッドベリの死が遠い銀河の輝きを濃くし、春の宵をしみじみと感じながら、ランボーと酌み交わしたくなる。作者が西洋の絵画や文学に親しんできたからこそ、友達を呼び寄せるような気軽さで定型の中に固有名詞を詠み込むのだろう。

掲句のふわりとした頭韻、放り投げられた女性の脚のような下五。

この句のぶらんこに人は乗っているだろうか。誰も乗っていなくて、ただ人を乗せるべき場所に青い空が見えているのだろうか。誰かが乗っていて、青い空を眺めているのだろうか。さっきまで乗っていたけれど降りてしまって、青空の下で乗り手を失ったまま揺れているのだろうか。どれでも面白い。どの青空も少しずつ表情が違っていそうだ。

どの読みを採るにせよ、掲句を読むたびに中国の古俗から生まれた「ふらここ」という季語がロココ絵画と出会ったことにより、21世紀のきっと何て事の無い公園のぶらんこが持つ無限の可能性を描きうることになった不思議さをしみじみと感じ、楽しくなってしまう。


2012-01-29

松本てふこ 遊具 7句

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週刊俳句 第249号2012-1-29
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2010-08-08

松本てふこ フジロックみやげ 12句

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週刊俳句 第172号 2010-8-8 松本てふこ フジロックみやげ
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2008-04-20

松本てふこ 不健全図書


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週刊俳句第52号2008-4-20 松本てふこ 不健全図書
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10句作品テキスト 松本てふこ 不健全図書

不 健 全 図 書  松本てふこ

骨つきの肉をしやぶるや花祭
たんぽぽのどこかみだらな踏まれやう
濡るるのはもうたくさんよ甘茶仏
連翹に喉のかわいてきたりけり
春寒の物問ふ瞳大きかり
補聴器の管透きとほり春の風
亀鳴きて出頭要請ありにけり
不健全図書を世に出しあたたかし
啄木忌吸物に麩の浮かびをり
出頭の日時伝へてうららかに