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2022-11-06

【2021落選展を読む 2】 11. 小西瞬夏 13. 青島玄武 14. 薮内小鈴 15. 仙保恭子 16. 綱長井ハツオ 19. クズウジュンイチ 20./21 ハードエッジ (&拾遺) ■俳句の外がわ ……上田信治

【2021落選展を読む 2(了)】

11. 小西瞬夏  13. 青島玄武 14. 薮内小鈴 15. 仙保恭子  16. 綱長井ハツオ 19. クズウジュンイチ 20./21 ハードエッジ (&拾遺)
句の「外側」が書かれている

……上田信治 


 ≫2021角川俳句賞「落選展」

 ≫【2021落選展を読む 1】

 

以前「成分表」にこんなことを書きました。

ぺたぺたと地を打つ鱏の尾鰭かな 岡田耿陽〉(昭和4年)この句はすごくよく書けていて、ぺたぺたする「尾鰭」のことしか言っていないことで、かえって本体である「鱏」がただそこに平たくあるというばかばかしさに届いている。俳句は、そこに書いていない何ごとかに届けば、ひとまず「書けた」と言える。 
そこに書かれていない何ごとか、すなわち「外側」があるかどうか──。

俳句の、数ある判断と受容の指標の一つですが「言いおおせて何かある」とはよく言ったモノで、自分は、たとえばそんなことを頼りに俳句を読んでいます。

 

(*)は一次予選通過作


11. 小西瞬夏 鳥慰(*) ≫読む

炎帝やうしろの蛇口あけつぱなし

炎帝」は全空間を支配しているけれど、自分のうしろには、開けっぱなしの蛇口がある(え、まさか「炎帝」の「うしろ」なのだろうか?それはそれでおかしい、鬼コーチみたいで)「炎帝」はその季語じたいが擬人化だから、句を甘く観念的に傾けるけれど「うしろ」という語をもってきたことで、「炎帝」=全空間との位置関係というナンセンスを発生させた。これは、発明と言っていいのでは(そして無意識かも知れないけれど、沢木欣一の〈塩田に百日筋目つけ通し〉が響いている)。

青空は穴石鹸玉しやぼんだま

このような理知や観念にも「外側」はあって、たとえば「青空は穴」というワンアイディアの余白を、季語をリフレインして何も述べずに乗り切って「そう思ってしまった自分(がここにいる)」という景を立ち上げることに成功、理に落ちていない。これもまた一つの発明。

鳥籠のすみずみ冷ゆる真昼かな
白魚のからだからまたからだかな
鳥交る伎芸天女のぼんのくぼ
一語一語泡立つやうに豆の花


13. 青島玄武 紫陽花の門 ≫読む

荒梅雨やときどき壁を作る人

壁を作る」はもちろん心理的な「壁」ととるべきなんだろうけれど「」の一文字があるために、いやおうなくざらっとした壁が想像され、結果、ときどき「荒壁」を塗り上げる困った人が発生する。「親子酒」のマクラを連想する人もいるだろう。

紫陽花の門に二人の巡査かな
十時から十九時までの作り滝

巡査」の紺の制服も「作り滝」の稼働時間も景物となっている。この人の世界はバカバカしく楽しい場所だ。


14.  薮内小鈴 遊覧船 ≫読む

立雛に影さす棕櫚の戦ぎける

棕櫚という異国風の植物と立雛の取り合わせ、モダンな金屏風のような絵柄で、さらに「」の一字があることで、安土桃山?とかそんなことを楽しく連想。

アイディアを押し込むようにして書くことで、内容と形式が摩擦して詩が発生することに賭ける、そういう書き手だと思っていたのだけれど、アイディアの充満振りはそのままに、それを俳句的美意識の範囲に押し込むことに成功しつつあると見受けた。

猫柳しづくは枝を行き渡り
さへづりの向かふ方角崖近し
天井の光りは反射目借時
竹落葉今来し人と入れ違ひ
蟻速し雲はいづこか穴が開き
坂道を芋虫よぎるずれながら
逆さまに八手の花を池の水
万国旗あふぐ冬帽もう一つ
ゆつくりと魚のほかも煮凝りぬ


15. 仙保恭子 感光(*)  ≫読む

これといふ竿を振り出す秋日かな         

何を言い出すのかという切り出し方、もったいぶり方が、ひょういっとはずみをつけて仕掛けを飛ばす、魚釣り竿の運動を思わせ、さらに「秋日」でカメラを引いて、釣り人のシルエットを見せるという、ずいぶんと技の効いた句。万太郎みたい。

新宿のビルの紙めく春の雨〉〈釣銭もやさしく貰ふ帰省かな〉〈落ち着かぬ風に花火の打ち上がり〉のあたり、やや常識的とはいえ、気分のよさはある。

門口のへうたんのこと話したき
秋光やとろけるやうに砂を盛り


しかしこういう、モチーフを「言う」ことにやや失敗しているような「この人は何を言っているんだろう」と思わされる句に、自分は「外側」を、俳句の味な部分を感じる。


16. 綱長井ハツオ 溢るる泥 ≫読む

農具市棒と呼ぶには太きもの
三月の鞄なんでも入りさう
冷房やリモコンに部品の継ぎ目
腰の下まで手を垂れて夏の果


俳句のぶっきらぼうなナンセンスは、創作意識のコントロールの「」に現実がある、ということをメッセージしているから尊い(青島さんの句にも感じたことだ)。

三月の鞄」というポエミーなモチーフに対する感想がそれ? 人間、手を垂れると「腰の下」までくるのはふつう!しかし「それ」を言うことは「意識の果て」とでも呼ぶべき、ぎりぎりの外側につながっているのだ。


19. クズウジュンイチ 泥鰌鍋(*) ≫読む 

荷車に春と箒を載せて曳く

」を「曳く」という修辞はロマンチシズム過剰なのだけれど「荷車」と「」という道具立てで、その感傷を、書く自分ではなく、荷車を曳く人の内面に押し込めた。手ぬぐいでほっかむりもするといいと思う。

たまに来て軽き列車や葛の花

たまに」というのは、1時間に一本くらいか。その列車を待っていたわけではなさそうなので、この人は駅ではなく、野山か里のどこかにいるのだろう。その列車が「軽い」のは、きっとそこに乗客の人影がまばらであることを、この人が知っているからで、つまりその列車のこの世のものとしての存在が軽いのだ。

人を拒む荒廃のイメージのあるという植物に花が咲くことで非現実味が加わる(飯島晴子や永田耕衣、あるいは下村槐太の「葛の花」の句を参照されたい)。からからと軽い音を立ててやってくる鉄道車両の、存在のさびしさとかわゆさが、それに照応している。

海荒れて栄螺の奥がふかみどり
日跨ぎの鍋に火を入る花椿
出来合ひのサラダを提げて花の雨
台風は速く間違ひ電話かな
豆苗の根が張る月の台所
行く秋やしなだれ折れてピザの先
ひさびさに会つて白葱焦げてゐる


昨年の「静かな野球」の俳句の言葉じたいを攻める書きぶり(これも強く外側を意識させること)からすると、だいぶ分かりやすいという気もするけれど、その分、ヒューマンな手ざわりがある。



20.21.  ハードエッジ プランA「御国の宝」≫読む プランB「汗の笑顔」≫読む

ざあざあと夏も近づくマンホール「プランA」
横にして傘をバサバサ梅雨の日々「プランB」

この擬音を交えた二句の「雑さ」に注目。「夏も近づく」の唱歌の歌詞の放り込み、梅雨の「日々」と急に意識の幅を広げる展開という、はっきり読みどころのできている句を、このように早い(速い)文体で書くことには、たぶん可能性がある。

梅雨明けの小学校が乾くなり
焼そばの人と相席掻き氷
捕虫網幼き兄を先頭に
地球儀と西日の部屋の全てかな



以下、拾遺です。選ばせていただきました。ご応募ありがとうございました。


5. 片岡義順 舞うて舞うてなんの微熱や蝶の夢 ≫読む

目刺し手にテレビと喧嘩するおとこ
 

6. 松尾和希 メキメキポッ ≫読む 

春さむし目ぐすりのキャップであそぶ


7. んん田ああ 死後に聴く落語の落ち ≫読む

嚙みあとに続く苺の後半部
ばけもののようでたてもの秋の暮
 

8.  恩田富太 さみどり ≫読む

半月や宿の蛇口の「をん」と鳴り
紫で輪郭を描くざくろの実

9. 伊藤波 ひかる ≫読む

春の長雨オルガンに木のこころ
蜂がきて手紙に蜂をかき添へる

10. 加藤絵里子  ちぎり絵 ≫読む

春の雨卵白ねむる冷蔵庫

12. 川島由紀子 間取り図 ≫読む 

キッチンの窓に星来て木の芽和え
水仙の咲いた日空が好きと母

17. 夜月雨 呼吸器不全 ≫読む 

天才と馬鹿の間で蜆汁
ひとりずつ消えていったら夏の宵
 

18. 垂水文弥 去ル・ド・死ネマ ≫読む

はんざきを見た晴なのに晴だから
こんなにも父は糸瓜を死後のため
石榴打ち落とせば西の見えにけり
綿虫のひいふう数へ切れぬかな

2022-05-01

【2020/2021「落選展」を読む3】髙柳克弘『涼しき無』のことも少し 上田信治

  【2020/2021「落選展」を読む3】13.14.ハードエッジ  16.松本てふこ 17.丸田洋渡 19.矢口 晃 20. 薮内小鈴

髙柳克弘『涼しき無』のことも少し
……上田信治

 

13. ハードエッジ プランA「小さき箱」 ≫読む
14. 
ハードエッジ プランB「明日を信じて」 ≫読む

落としても割れぬコップを今朝の冬
(プランA「小さき箱」より)
電柱が出水の町に灯を点す
白玉の熱きを冷ます氷水

(プランB「明日を信じて」)

上記の他にも〈トンネルを抜けて明るし春の雪〉〈波音は波の残骸松の芯〉〈満月やダム湖の中の取水口〉〈割箸の先に毛虫がくねくねと〉などが印象的で、合わせて読むと、作者がモチーフを、事物の関係から生じる面白さに定め、それを俳句的光景において実現していることが見てとれます。

作者は、多くの句で、彼が発見した「面白さ」を、明確に書き示している。このようなロジカルと言っていいアプローチで「面白さ」にフォーカスすることは、内容・意味といったものへの志向を強めます。これは、俳句の現在のトレンドの一つかも知れない(この話、16.松本てふこ「シャンパンタワー」に続きます)。

しかし自分は、書かれた意味に収まりきれないものがあると見える、次の二句に引かれました。

魚屋の雪ふるころの品揃へ
山一つ氷つてゐたる昼の酒



16.  松本てふこ シャンパンタワー(*)≫読む 

(*)一次予選通過作品

 
雨傘をくたりと開き年賀客
太ければたやすく透けて氷柱かな
うつむいてをれば楽なり黄水仙
ふきのたう赤子の握り拳ほど
あをぞらの届かぬ繭と思ひけり
区役所へ行く夢見しと昼寝覚
本棚に少し隙ある月夜かな
 

この50句の「面白さ」あるいは内容は、いわゆる「人間味」の範疇に収まるもので、その意味内容が、季語の措定するものにしっくりと収まっている。巧みです。

そういった「よく分かる」意味内容への志向を、前項で「トレンドかもしれない」と思ったのは、たまたま高柳克弘さんの最新句集『涼しき無』(ふらんす堂)をご恵投いただき、何ページかを読んでいたからで。

通帳と桜貝あり抽斗に〉〈ぶらんこを押してぼんやり父である〉〈忘るるなこの五月この肩車〉〈子にほほゑむ母にすべては涼しき無〉〈駅前に人は濁流秋の暮〉〈パンのみに生くると決めて卒業す〉〈ふるさとに舟虫走る仏間あり(『涼しき無』より)と、これは帯に引かれた句の一部ですが、自分が思うところの「意味内容の句」が並んでいます。

たしかにね……、たとえば飯田龍太と田中裕明の後期をメルクマールにして俳句を考えたとしたら、誰にでも分かるドラマチックな内容と詩的な結晶性の両立が、俳句の理想形だとなるかも知れない。知れないんですが、じゃあ、波多野爽波はどうなるんだとw

そこに、書かれた意味とか人生からはみだしている、透明で抽象的なものが含まれていないと、自分はそれを俳句として物足りなく感じてしまう。

そして、てふこさんにも、それがたっぷりと含まれている句はあるわけです。

からすのゑんどう散歩して遠くまで
この森を欲しがつてゐる時鳥


17. 丸田洋渡 銀の音楽(*) ≫読む

(*)一次予選通過作品

窃盗のかがやきながら鵙の空
鍵ひとつふたつここのつ天の川
あちらから明けてゆく湾鳥渡る
つやつやと眼の曲面や菊花展
冬隣遠くから目が透けている
石蕗の花歯のように建つ新たなビル
分銅を囲んでいたり冬の夜
ちかちかと独楽の負け合うからくりは


これは、意味内容と詩的結晶性に分ければ、結晶性にほぼ全フリしている50句で、抽象的なのですが、同時にきわめて具体的に掴まれた抒情性があって、そこに作者という主体との対話性が生まれている。

俳句の意味とか内容というものは、そんなふうに、書かれた言葉が直接には示していないところに、生まれるものでもあって。

窃盗のかがやきながら鵙の空

意味不明のように見えるかも知れませんが「鵙の空」と天を振り仰いだとき、そこにはもう「鵙」と「窃盗」がひびきあって、ピカレスク的なものへの「あこがれ」(そしてその貧しさへの「かなしみ」)が発生している。

冬隣遠くから目が透けている

「隣は何をする人ぞ」があるので、本人、室内にいると読みたい。二階の居室にいて、木が葉を落とした空が広く窓から見えている。そして彼は、自分が一人でいることを、強く意識している。

天という字の対称に厚氷
書くうちにふと明るくて窓は雪
春のたましいの全体的な腐敗
鳥なら今日は飛んでいた空花かんざし
薇のすさまじい渦人体にも
金盞花卵のような明るさに
一羽ずつ涼しい鳥の汀かな
火と汐の交わっている牡丹かな
プールから鳥見えて空羨まし


2020年の「落選展」には、何作か、これは作者のこの時点での最良の達成だろうと思わせるものがあって、丸田洋渡さんの「銀の音楽」は、その一つでした。ぜひ、50句全体を確認され、ここには「作者」がいる、ということを確かめられたい。


19.  矢口 晃 帰る家(*) ≫読む 

(*)一次予選通過作品

排泄のための筋力鳥渡る
雁渡るビルを林と想ふとき
秋空へ音叉の音の出で行かず
ひらきたる指にかげなき四月かな
春蔭やぐしやつと畳む乳母車
鳥雲に入る炒飯の紅生姜
鼻先に汗しあはせになるための


高柳さんは前掲句集のあとがきで「主題の明確な句が多いのは、私なりの挑戦だ」「生や死にまつわる根源的な主題に、俳人もまた向き合うべきではないか」と自身の考えを明らかにされているのですが、労働、生活、死といったものに向き合った作品を高柳さんも属する「昭和三十年生まれ世代の次の時代を作るべき」世代グループの一人として、先駈けのように書き続けてきたのが、矢口晃さんであることは論を俟たない。

ひらきたる指にかげなき四月かな〉〈鼻先に汗しあはせになるための〉もうワーキングプアの恨み節ではない、働く人生の(微量のアイロニーも含んだ)肯定を受け取って、佳句だと思いました。

バス停のひまはり園児より高し
流星の尾よ野ざらしの大仏よ


バス停があることで生じた背比べの複雑さ、「猿の惑星」のラストにも似た幻想といった遊戯性にも引かれました(もともとじつはユーモアを武器にした書き手なのだと思います)。流星の句、その尾を、大仏がつかみそうではないですかw


20.  薮内小鈴 蜂と切手   ≫読む

水中を藻にまみれたる枯蓮
ゆりかもめ退屈顔の前へくる
万両や夕暮にして晴れ渡り
濡れてゐる漫画雑誌と女郎花


この人も、自身の感じられた面白さを、俳句に落とし込むことを楽しんでいる。それはきっと俳味と言われる領域なのだろう。

立春のホームの先にひらく傘

これは、いいフレーズ、いい情景。
 

 

 

  >> 【2020/2021「落選展」を読む 1

 >> 【2020/2021「落選展」を読む 2】

 >> 2020角川俳句賞「落選展」

 


 

 


2021-11-06

14. 遊覧船 薮内小鈴






14. 薮内小鈴 遊覧船


猫柳しづくは枝を行き渡り

かすかにも皴の深まる霾晦

立雛に影さす棕櫚の戦ぎける

雀の顔いくつか映し水温む

腕時計吊るしてゐたり春の風邪

箔入りの紙めく窓や牡丹雪

紫木蓮何をするでもなく座り

春風に音階をなすビルの丈

さへづりの向かふ方角崖近し

寝台列車内に朧のあまたなる

麦青む算盤ずつと鳴り続け

天井の光りは反射目借時

莢割ける豌豆に歯を揃へけり

竹落葉今来し人と入れ違ひ

杖でなく傘持ちあるく青嵐

皿に枇杷宙に枝ごと揺さぶるを

両側の家並すすけ夏の富士

喧騒を硝子の外にアイスティー

蟻速し雲はいづこか穴が開き

ひとつ咲き雨に捩花消え去りぬ

絶えし蛾の白さを浮かべ二階かな

夾竹桃線路の向う漠として

卓といふ四つ脚ずんと雷響く

累累と橋の上にも夜店あり

みどりなる川を離れず避暑の旅

雌日芝のサンバと見れば秋茜

生身魂同士電話をはるかより

坂道を芋虫よぎるずれながら

鮒釣の背中に九月来てをらず

酢橘切り敷詰めてのち夢つぶさ

鶏頭が路面の罅をくぐりもし

雨冷のレコードに火の点る音

山牛蒡寄せて色鳥寄せにけり

転がるや香り散ずる林檎かな

浅漬市手つなぎ甘さなき齢

白地図の線のまぶしく末枯るる

秋雨にしたたか濡れし電車着く

逆さまに八手の花を池の水

大きめな身振でかたり朴落葉

万国旗あふぐ冬帽もう一つ

ゆつくりと魚のほかも煮凝りぬ

鷹飛んで嘴の黄の紛れなく

収めるによき箱見つけ暮易し

料理屋の冬を統べたる鹿の角

初空へ閑かにひらく自動ドア

てんてんと塀の上に糞山眠る

投銭の響きをかさね冬桜

暖房をとほく本棚あるばかり

三日月に寒芹そそぎ溢れしむ

枯芭蕉遊覧船のすべり出づ


薮内小鈴(やぶうち・こすず)1968年生まれ。2016年「クンツァイト」入会。2017年詩集『サルの国』(港の人)刊行。自作句twitter https://twitter.com/kosuzu_haiku

2020-11-07

20. 薮内小鈴 蜂と切手

 20.  薮内小鈴 蜂と切手

はからずも五色の蕪揃ひけり
乗越して電車小春の河をこゆ
水中を藻にまみれたる枯蓮
ビル群の影より外れ日向ぼこ
ゆりかもめ退屈顔の前へくる
万両や夕暮にして晴れ渡り
掌に画面うつろふ冬の蠅
居りもせぬ猫の爪あと古暦
雪吊の向うを遠く船通ひ
北風に鵯はしばしを尖らせる
湯気立てて延々ときくオペラ曲
葉牡丹の中に朝日の潤みをり
砕かれし海鼠の如き灰残る
立春のホームの先にひらく傘
店なるや囲ふ椿に問うてみむ
冴返る声混ざりつつ交差点
指を組み眼閉ぢたる蝌蚪の紐
初雷の方角しかと忘れざり
柳の芽ジャングルジムへふり注ぎ
軸ばかり猿の食べし春子かな
体操はダンスに変はり桜の夜
もの部屋を溢れて春の雲動く
学舎に林ありけり春コート
流木で撃ち合ふことも磯遊び
蜂と子と父それぞれに間かな
若楓魚のざはめくここかしこ
外を見て美容師ひとり祭笛
落書の壁を薄暑にふりかへり
かはせみと車の中の道具箱
仄白き朝の聖火やバナナ剥き
蝸牛やうやく越ゆる琴のうへ
公園の昏がりいくつ額の花
西日さし片目だるまの爛々と
笹の葉を鳴らす蜥蜴が岩に沿ひ
どつと風起こる童話と涼みをり
海の日にカウンターへと長き列
翻車魚も浴衣の袖も向きを変へ
敷物の跡がうつすら夏野かな
いづこより朝顔来しと蔓探り
蜩や番犬の眼のしづかにも
房を手に零るる葡萄五六粒
濡れてゐる漫画雑誌と女郎花
整然と自転車ならび燕去る
折詰の醤油ただよふ野分あと
ネクタイを一本掴み露けしや
秋の蝶青年ヤンと呼ばれ行く
爽やかに切手選びぬ暗算し
ゆりかごの縁より縁や秋の空
福神漬なるも樹脂製火恋し
大時計捨てられ柿のなほたわわ


2019-11-10

■2019角川俳句賞「落選展」■ 10. 薮内小鈴「枯山吹」

2019角川俳句賞「落選展」
10.  薮内小鈴「枯山吹」






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枯山吹  薮内小鈴

倒木の土と化しゆく百千鳥
水飲んで嘴をうづめし春蜜柑
紅梅や一人づつ入るパンの店
房総の野焼ばうさうたる呻り
染工場錆のきはまり水温む
日永し樹洞の内を覗きこみ
鴨引いて足が遠のく媼かな
大き藻の房にはりつき花の塵
雪柳ラジオは話よどみなく
どの路地も浜へ出るみち鳥曇
春遅き町を過ぎつつ春惜しむ
工房を継がずしてシェフ松の花
青嵐世界の仮面そろふ部屋
バケツ手に堤越えたり夏の海
ゆつくりと遺影を抱き祭中
また朝の来てゐるらしき冷奴
蓮の葉にみどりのかほで蠅の乗り
水槽とならぶ箱庭池をもつ
チャボ飼へば巨木と育ち夏の月
爪の上の雨のつぶてや半夏生
下町に惹かれ初めしソーダ水
蝉しぐれ太極拳は雲をまね
あからみて星現るる大南風
一日やテントに踊る影うかび
うつすらと産毛はそよぎ桃実る
新涼の荷台に植木ベル鳴らし
落書きの残れる厠葛の花
照り返す貝殻ふゆる蜻蛉かな
秋茄子柱時計と真向ひに
靴くぐり蟋蟀歩み来し方へ
金物があちらこちらに秋の雨
無造作にコスモス束ね厨人
只今の秋空そしてさやうなら
猿茸はたと仰いでうらの白
鶺鴒や流れに名前あるところ
拓本にものの手ざはり鰯雲
銀杏を剝く古の眼のごとく
揃ひなる奏者のジャージ散紅葉
すれ違ふ腕に梟たしかにゐ
霜月のヒマラヤ杉は海を向き
焼芋屋石に星屑まじりたる
川音をかすかに聞きし干蒲団
夜噺の外をつきぬけ消防車
厚き手のてらてら動き鰤捌く
犬とほき犬にこたへて霜柱
湧く水の枯山吹を乞ふごとし
マスクして小さな駅の前に店
古写真に映る人びと冬深し
寒木瓜や頬のうちには飴のいろ
市の端の壺に立ちたる猫柳

2018-11-18

2018角川俳句賞 「落選展」を読む(1)  岡田一実

2018角川俳句賞
「落選展」を読む(1) 

岡田一実

「落選展」は毎年楽しみにしている(といったら語弊があるかもしれないが)。

一作品50句という分量の多さにひとりひとりの俳句観の違いがよくわかるからだ。西原天気氏の言う「落選展の意義のひとつは、予備選のかすかなる/朦朧たる可視化」()という面にも頷く。

ひとはなぜ俳句の「賞」に応募するのだろうか。

それは応募者によって様々だろう。一年の(または数年の)成果、自らの俳句観の確認、俳壇の価値観の刷新、功名心、「俳句」そのものへの寄与などなど、どれか一つと言うよりも混ざり合った動機によって作句し選句し構成して連作を編むのだろう。

「賞」というものは誰かが読んで誰かが選ぶという課程の中で生まれるので、「俳句(芸術)の高ささえ目指せば読まれなくてもいい」という考え方の人には無関係かもしれない。

しかし連作を編むことと「読む」こととの相互作用によって得られるものもあるのではないか。そういう希望の下に全作品に目を通した。

前置きが長くなった。一作品ずつ見ていこう。

1. 迎への春 ハードエッジ >>縦書き >>テキスト 

日の永くなりたることを昼休
おのづから時の満ち来る桜かな

ゆったりとした導入。

前句、「日永」を「日の永くなりたること」まで引き延ばして表現上でも「永く」してある。あとに続く「昼休」も非常にのんびりしていてたっぷりとしたのどかさを味わえる。
後句、「時が満ち来る」の方も「おのづから」という観念的発見を導入部に用いたことで「桜」も満ちてくるような時空の余裕を感じる。

半袖の亜米利加人や巴里祭
雷の近づいて来る祭笛

季重なりの句は比較的多く〈塩辛に烏賊や鰹や夏始〉〈蚊遣火の紅一点の涼しさよ〉〈踏切のかんかん照りの終戦日〉〈虫籠は終の棲家や茄子胡瓜〉などがある。いわゆる「季重なりに挑戦!」的な力の入った句はなく、さりげない感じ。

「巴里祭」は 七月十四日のフランスの革命記念日。フランスでは国祭日となっており、バスティーユ広場を中心にフランス全土の広場を中心にフランス全土の広場や通りには一晩中踊の渦がくりひろげられるそうである。それと取り合わせられる「半袖の亜米利加人」は映画などでよく見かけるあの軽装な出で立ちだ(おそらく下はハーフサイズのカーゴパンツだろう)。「亜米利加人」「巴里祭」という漢字表記が日本人からの視点のようで、自らも含めた客体としての異国人が「巴里祭」の賑わいと渾然一体となる。「半袖の」という軽さが祭に涼やかな華やぎ与える。

後句は雷鳴と「祭笛」のダブルサウンド。段々と大きくなってくる「雷」の音と祭を盛り上げるように猛る「祭笛」。雨もぽつぽつ降ってきた。法被姿で脚をむき出しにした群衆がうねる。非常に臨場感があり想像をかきたてる。

ほかにも〈包丁に林檎の種が付いてをる〉のような只事にも魅力を感じたが、〈松が枝に番ひで弾む初雀〉のように順番に説明しまう句と近似の相であり、この方向については、さらに精度を高めることができればと感じた。


2. ペンギンさん 青島玄武 >>縦書き >>テキスト 

人気なき商店街へ盆の僧

この作者は通塗の良さがあり、生活の中で摩滅しがちなささやかな悲哀への共感性が高い。

掲句、「盆」の間は休む間もなく檀家の家々を回る「僧」がふと「人気なき商店街」へ入る。昼だろうか夜だろうか。家と商店が一体化している檀家を参りに行くのか、それともただぶらりと入っただけなのか。詳細は描かれないが、そのがらんとした空間はどこか異界めき、彼岸につながる通路のようだ。残暑の盛りでもあるこの時期の「僧」の黒衣の汗や息づかいがその「人気なさ」によってかえって際立つ生々しい異物として伝わる。

クリスマスイヴの出湯の男たち

「出湯」にあつまる裸体の「男たち」。身体はもう湯に当たって赤らんでいる。かぽーん、ざざざと「出湯」独特の音が響く。この「男たち」はこの後家族や恋人と食事するのだろうか。ひとりでのんびりと過ごすのだろうか。あるいはもうパーティーは終わってからの「出湯」なのかもしれない。遠くにクリスマスソングが聞こえる。湯に浸かり「あ゛―」と唸ったら、もうそんなことはどうでもいいような気になってくる。「人は裸で生まれる」などということは聞き飽きた。贅沢なような孤独なような満ち足りた夜のひとときである。

雪靴のまま地下鉄に乗り込みぬ
とりあへず雛の置かるる冷蔵庫

言われなかったら見過ごす景色。言ったところで「だから何?」と聞かれたら答えるのが難しそうだが、かすかな違和感をセンシティヴに捉えている。

前句、「地下鉄」に乗り込む客は男も女も概ねは通常時と同じ靴を履いている。自分は「雪靴」。表面は地上の雪で濡らされた。少し恥ずかしいような気持ちを抑えて他の人々に紛れる。誰も気にする人はいない。みな他人とは目を合わさないように目的地まで「地下鉄」に揺られる。

後句、この「冷蔵庫」は低い。容量少なめのツードアタイプと見て間違いないだろう。「雛」といってもさほど立派なものではない。紙雛かもしれない。「とりあえず」なのだ。「とりあえず」雛祭の季節だから「置かれ」ている(「飾られ」ではない)。殺風景な部屋に「雛」の彩り。仄かな艶がそれだけに侘しさを募らせる作品となった。

すこし難点だと思ったところは〈草雲雀おかず一品増えてゐし〉など通俗が過ぎるところと〈凌霄花や骨を休むる遊園地〉の「骨を休むる」など出来合の比喩をそのまま独自の工夫なく用いているところなどである。


3. 砂の紋 薮内小鈴 >>縦書き >>テキスト

賑ひの床を枝豆からびゐし
二三歩をともに日向の寒雀

この作者は掲句のように句意が明瞭な句もあるが、意図的に句意をおぼろにしているところが多く、不思議な風合いを醸している。

絵にどれも熱帯林の春の暮
石段を下れば覚めて著莪の花

前句、「絵のどれも熱帯林や春の暮」なら句意に迷うところはない。しかし、「絵に」であり、「熱帯林の」である。助詞を軋ませることで詩的飛躍を試みているのだろう。字義通り読んでいくと「熱帯林」なのに「春」があるのだろうか……などと思ってくるが、「絵に」描かれているのならそういう有り得なさそうなことも回収されるのかもしれない……と思考が回遊する。

後句、「覚めて」とは「目が覚めて」ということだろうか。「石段を下り」始める時点では「覚めて」いないのか……とこちらも想像が周回してしまうが、「著莪の花」の薄紫のちりぢりとした花の雰囲気が「覚める」前と後を包み込むような働きをしていて煙に巻かれるようだ。

陸の鳥海の鳥遭ふころもがへ

この句は「陸の鳥(が)海の鳥(と)遭ふ」という句意だろうが助詞を省略してある。あるいは「陸の鳥(それと)海の鳥(と、客中主体が)遭ふ」かもしれない。舌足らずだなと思わせておいて、ぱっと切れて「ころもがへ」と取り合わせてあり、その感覚には新しみもある。

楽団に海豚の匂ひ穀雨降る

「海豚の匂ひ」とはどんな匂いなのだろう。生臭いのか、海の匂いか、正確にはわからないが、「楽団」の楽しげな様子に不思議さを与える(そもそも「楽団」なのだから音に集中しそうなものだが、ここでは「匂ひ」に集中する)。それに「穀雨降る」。情報が多すぎやしないか。しかしそこが目の粗い粒がいろいろあるような多彩さで魅力的でもある。

枯葎灯りのうちに骨を煮て

「灯りのうちに骨を煮て」は想像しやすい景色である。台所であっても戸外の料理場であっても「灯りのうちに」調理する。てらてらと照る「骨」が見える。

では「枯葎」と取り合わされるとどうか。「葎」とはもともと蔓でからみながら蓬々と茂る雑草の総称で、引いては貧しく荒れはてた家を「葎の宿」などと言う。「枯葎」とは夏に生い茂っていた葎が、冬になりすっかり枯れ果てた様子のことなので、その荒廃ぶりが眼目であろう。とげとげしい自然界の鉄条網のような「枯葎」は「骨」と共に照射される。その裏寂れた景色が浮かび上がると「骨を煮て」という行為が調理かどうかも怪しくなる……というのは読み過ぎか。ただならぬ不穏さが漂う。

春凪ぐや砂紋は江戸へ続くかに

この句は浮世絵のような描線のはっきりした景色である。旅人の気分ではないだろうか。「江戸」という言葉選びが時空を遡るような感覚をいざなう。


4. 睡足 杉原祐之 (一次予選通過作)

この作者は平明な叙情が持ち味である。素直な感覚とややノスタルジックな共感性に惹かれる。

病棟の裏の大きな桜かな

「病棟」とは病院などで、多くの病室のある一棟(ひとむね)の建物。入院施設を思う。病院にもよるが「表」(おもに南)にしか病室がない病棟はまれで、多くは「裏」にも病室があり窓がある。よって入院患者にとっては「裏」は親しみのある場所かもしれない。そこに「表」からは見えない「大きな桜」がある。すぐに行けそうでなかなか行かない「桜」の木。病棟の病室の中からか渡り廊下から見るだけかもしれないが、その「大きな桜」は病みと共にある者への希望のような働きをしている。

建売のモデルハウスの鯉幟

見たことある!と思う。思うが実際にはないかもしれない。「建売のモデルハウス」はぴかぴかでどこか胡散臭い。作られた幸せの形という感じが否めない。そこの「鯉幟」はなお一層にそのように感じる。僅かなイロニー。でも結構立派な、五色とかの「鯉幟」なんだよね、とまた見てきたかのように語りたくなる。

扇風機に当たり客待つ車引き

この景色もみたことあるあると思う。観光地に行くと今でもいますね、「車引き」。黒い制服(?)を着て夏は炎天下にいてさぞ暑かろう。「扇風機」にかかっているくらいなら「車」も頼みやすい。頼めばさっと「扇風機」から離れて来てくれるだろう。「車引き」の日に焼けた顔、涼やかな風に当たった首筋、身軽で機敏な様子、どれを取っても粋である。

どの句も景にブレはないがその分〈薬喰離れの間へと案内され〉の若干の因果、〈肌脱の僧侶バイクに二人乗り〉の類想感などは再考の余地があるように思う。

(2へつづく)

)俳句的日常『俳句賞・予備選の「闇」』 http://sevendays-a-week.blogspot.com/2017/08/blog-post_31.html

2018-11-04

■2018角川俳句賞「落選展」第1室■1. 迎への春 ハードエッジ 2. ペンギンさん 青島玄武 3. 砂の紋 薮内小鈴 4. 睡足 杉原祐之

2018角川俳句賞「落選展」第1室
(*)一次予選通過作品


1.  迎への春 ハードエッジ




2.  ペンギンさん 青島玄武



3.  砂の紋 薮内小鈴



4.  睡足 杉原祐之(*)




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■2018角川俳句賞「落選展」第1室■テキスト

2018角川俳句賞「落選展」第1室■テキスト
(*)一次予選通過作品

1.  迎への春 ハードエッジ

紅白の梅の匂へる神の里
蝶飛んで百花の春となりにけり
雲水の峠を越ゆる蝶々かな
発掘は一つ隣りの春の山
日の永くなりたることを昼休
草餅のほのかに温し子らを待つ
春宵も余生も値千金ぞ
煙突の大きな「ゆ」の字春の闇
おのづから時の満ち来る桜かな
満開の一点つひに花の漏り
引く波の砂にこするる桜貝
蕊だけがひよろりと伸びし躑躅かな
塩辛に烏賊や鰹や夏始
牡丹やどかと置かれしランドセル
飛ぶ虫に這ふ虫も出て梅雨の入り
終列車彼方に消ゆる螢かな
羽田空港四万六千日の晴れ
半袖の亜米利加人や巴里祭
雷の近づいて来る祭笛
裸子の中のひときはちひさな子
夕立後の強き火使ふ夕餉かな
雨だれが石に弾けて金魚玉
壁抜けに間に合はざりし蚊の姥か
仕留めては次の間へ行く蠅叩
蚊遣火の紅一点の涼しさよ
すやすやと赤子ほのかに天花粉
踏切のかんかん照りの終戦日
切株は即ち墓標秋の風
寂しさを埋めて秋草なに咲かそ
天高くなりにけるかも黄金の穂
童謡が「あれ」と歌ふよ虫の声
虫籠は終の棲家や茄子胡瓜
菊の香に神や仏の夜長かな
われの銀河なれの銀河へ重なりぬ
松手入針千本を降らせつつ
古釘に柿の裸を吊しけり
包丁に林檎の種が付いてをる
玄関にブーツを履きて立ち上る
ギター背に枯木の中を帰りけり
緑濃きところは捨てて葱白し
化ける気もなくて海鼠のままでゐる
十二月三十一日来りけり
ゆく年の窓開けてみる直ぐ閉める
国家とは大いなる家初御空
松が枝に番ひで弾む初雀
静かさや猫も寝てゐる寝正月
年号の来年変る炬燵かな
太陽と同じ丸顔雪達磨
紫雲英田に遊んでくれてありがたう
ご機嫌よう迎への春が来たやうだ


2.  ペンギンさん 青島玄武

夕波とともに燕も帰りけり
かなかなや己の髪を嗅ぐ少女
家族してドラマ観てをり花火の夜
人気なき商店街へ盆の僧
大正昭和平成こぞり栗を剥く
また暫し瀬音となれる月の宴
縁の下の猫の喧嘩も豊の秋
その陰のひそひそ話彼岸花
草雲雀おかず一品増えてゐし
団栗を拾ひ十九才の掌に
阿蘇の山げに荒々と装へり
バス停で弁当開くフランス人
小春日や電車を汽車といふ田舎
こすつたらぼやけてしまふ冬景色
クリスマスイヴの出湯の男たち
一昨年を蒸し返へさるる忘年会
ぐずぐずの柚子湯のなかのお父さん
着ぶくれの奥の奥なるチヨコレート
日輪を奪ひ合ふなり玉競り
成人の日の夜のマクドナルドかな
眉根濃き面皰の顔や初神楽
来週に払ふと約すお年玉
妹も白きマフラーしてゐたり
雪靴のまま地下鉄に乗り込みぬ
厚司人風に靡かぬ長き髭
青空が真正面のスキーかな  
盆梅に膝らしきものありにけり
梅の花以外はすべて工事中
とりあへず雛の置かるる冷蔵庫
小手鞠や頬いつぱいにお煎餅
春水を足に浸せりマリア像  
花の人その夜の宿を定めずに
噴煙を巡りて花を巡りけり
花影や煙草くゆらす村の婆
遠足に変身ベルト持参して
鎖場を伝ひて落つる椿かな
奥宮の御狐様と春の海
ちやりんこのおつさんふたり春惜しむ
筆順を間違へてをり蜘蛛の糸
麦の秋海の向かうも麦の秋
巌流島どの紫陽花も赤ばかり
万人を沈めて壇之浦涼し
幼帝の泣くたびに立つ卯波かな
藁帽子脱いで挨拶する宮司
潮風の小島となりし端居かな
長崎や青葉せぬ坂なかりけり
鰻重を食らふや鼻の穴拡げ
凌霄花や骨を休むる遊園地
浴衣着てペンギンさんと呼ばれをり
出航す夏の山より太き船


3.  砂の紋 薮内小鈴

絵にどれも熱帯林の春の暮
ふりあふぎ蜂の巣みとめたる夕
石段を下れば覚めて著莪の花
陸の鳥海の鳥遭ふころもがへ
黒南風に売り子の盆の差出され
一角を十薬占めて幾日か
雷鳴の厨包丁みだれなく
カメラ屋の解体まぢか夏柳
夜の魚湖面に跳ねしテントかな
ゆるゆると橋ゆく電車涼新た
賑ひの床を枝豆からびゐし
鶏頭を毛糸と覚え指の先
佃島月のいづこも後にせむ
川縁やチケットもぎり爽やかに
木の実はや土に埋もれ夜来り
王宮と見ゆる霊園秋夕焼
幾年も着ぬセーターの色眺め
雪吊の風に激しき琴思ふ
冬柏煉瓦蔵へと列をなし
餅搗の目まぐるしさや粉塗れ
二三歩をともに日向の寒雀
やきものに染みか千鳥か冬日和
鰰の麹まぶされゐたるかな
甲高く門扉を閉ざし霾れる
早春や荷にゆはへたる野の布団
雛の日を髪があたりて細眼
故里はここと山茱萸盛りなり
蠅生る張り子つくれる庭の先
楽団に海豚の匂ひ穀雨降る
あつといひ古本市を金亀子
帆立貝開いて家族森にゐる
子燕やエンジン吹かし遠き路
夕立のあとをかがやき鞄かな
橙色に喫茶ともれる祭笛
丸木舟沈み向日葵生ひにけり
遠近の岬の句碑やきりぎりす
秋の虹顔出す子等と虎と銅鑼
杜鵑草鎮もりしより霧の雨
根の野菜売り人見えず水澄める
錆びながら煙突すがし穴惑
枯葎灯りのうちに骨を煮て
竹箒まだ温かに冬の寺
風鈴の揺れつづく家に雪積る
鴉ゐて白鷺もゐて枯木立
三編みを収めてありし頬被
共同墓ガラス屋根にも囀れる
すぐ戻り旅思ひ出す土筆かな
春凪ぐや砂紋は江戸へ続くかに
映写機のまはり始めて蝶の昼
山躑躅水際を駆け上がりしか


4.  睡足 杉原祐之(*)

先生が先頭に立ち踊り込む
両の手の軍手が運ぶ西瓜かな
子供より大人の多き西瓜割
これだけの蓮の戦がぬ秋暑し
燈籠に散り零れたる百日紅
霧襖硫黄の匂ひ立ち込めて
台風一過の空へボールを投げ上ぐる
獅子独活の原野の仮設トイレかな
刑務所の外柵沿ひの彼岸花
ハロウィンの衣装のままに寝る姉妹
袋よりずいぶん小さく千歳飴
事務室にココアの香り冬立ちぬ
嬰児を遊ばせながら落葉掃く
踏切の錆び出しそむる枯薄
一斉に鳴声上ぐる鴨の陣
巻網の傷の血糊の鮪かな
薬喰離れの間へと案内され
底冷の厠へ降りてゆける音
欄干の霜に人差指の跡
クリスマスイブの歩行者拡がれる
数へ日の怒号飛び交ふ漁港かな
大年の漁港に?ただ浮かむ
改札の前に店なく冬ざるる
雪掻を終へ当直を引継げる
雪原の中のハウスや苺狩
水蒸気上り寒天晒さるる
ビール飲み干して追儺の鬼となる
家ぢゆうの家電が喋る四月馬鹿
病棟の裏の大きな桜かな
休業のプールへ桜吹雪かな
建売のモデルハウスの鯉幟
海岸へどの抜道も風光る
テニス部はいつも朗らに風五月
筍を包める市報市議会報
公文式教室の家鉄線花
海賊が祖の王族の薔薇の庭
蛍火や選挙ポスター掠めつつ
国分寺伽藍跡より蛍狩
父の日の父にお世辞を云ふ子かな
衛兵の脇をすり抜け梅雨の蝶
閉館の決まる図書館梅雨寒し
清流を愛でつつ啜る冷し蕎麦
海の日や海より青き空仰ぐ
子供用プールを出せば蜻蛉来る
朝一便飛び立つ先の雲の峰
水郷の家並を照らす西日かな
扇風機に当たり客待つ車引き
レンタルの重機の並び油照
肌脱の僧侶バイクに二人乗り
踝にちくりちくりと芝を刈る


2018-08-26

2017落選展を読む 14. 「薮内小鈴 東都」   上田信治

2017落選展を読む 
14. 薮内小鈴 東都

上田信治

薮内小鈴 「東都」 ≫読む

呉爾羅へと巻く朝顔が窓のそと

呉爾羅はゴジラなのだそうだ。これが一句目なので、全体が冗談として書かれている可能性がある。気を引き締めて読み進む。

入口と出口の猫や秋の径

猫のいる町はいい町だという人もいるのだから、この径はいい道にちがいない。「秋の径」も散歩が楽しそうだからOK(新人賞的には×に近い△かもしれない)。

きはやかにお釜語飛びぬ秋時雨

うーん。「〜語」「飛びぬ」というあたり、愛情がないかもしれない。おおいに抵抗あり。

指先をつまみ手袋拾ひけり

これは、いい句。つまんで拾った指先が見え、その指と手が反転したように、ぴろーんと手袋がぶらさがる。

祭帯締め合ひけふの秋薊」「鉄骨を組めばゆらりと芒原」「富士山の先に日の入る冬至かな」「南風に貝殻そへて鉢数多」のような、ふつうに読める句もあれば、「つくつくし淡き声する旅人も」「青蜜柑ゆふべの卓に汐微か」「鳩ぴしと散らしたる店浅き春」「そのままに春菊ぱらり滴落つ」のような、成立しているかどうかもあやしい句がある。

あばれんぼうですね、この作者は。今後に大いに期待。

日光より猿来りけり春の土

あははははは。これは、句会に出たらぜったいとる。

2017角川俳句賞「落選展」

2017-11-05

2017角川俳句賞「落選展」第3室

2017角川俳句賞「落選展」第3室

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11. ハードエッジ 豚カツ
















12. 宮﨑莉々香 うそぶく













 

13. 柳元佑太 教科書のをはり (*)













 ●

14. 薮内小鈴 東都

















2017角川俳句賞「落選展」第3室 テキスト

2017角川俳句賞「落選展」第3室

テキスト

11. ハードエッジ 豚カツ

大いなるシーツが飛んで花吹雪
花ふぶき張子の虎も吠ゆるかな
鬼さんもこちらへござれ花の宴
一族は亀鳴く村に住むと云ふ
かりそめの蜜にふくるる蜂の腹
ぴちやぴちやと水の音して恋の猫
噛み抱くは子猫の時のタオルなり
砂浜のこれより岩場松の芯
薄紅の唇硬し桜鯛
子鯨も乳呑むころか朧月
行く春を乗せたる象の歩みかな
花だけで終ることなく花は葉に
瀬戸内の駘蕩たるも花蜜柑
半玉のキャベツ売らるる仰向に
買ふべしや黴除の護符なるものを
客布団黴を寄せじと絢爛に
十薬に白鷺城の見ゆるかな
強きもの力あるもの雲の峰
待ちかねし快音バット缶ビール
日焼子の鼻の頭の仔細かな
金魚玉割れんばかりに赤子泣く
美しき黒の剥落揚羽蝶
ビニールも儚かりしが蛇の衣
水音の縞の浴衣でありにけり
打ち捨てて次なる町へ夕立行
蝉燃えて黒くなりたる原爆忌
寂しさに音ありとせば遠花火
白狐もとより踊上手なり
青虫の腸青き機嫌かな
さらはれて菊人形の傍らに
遠浅の刈田ありけり日が沈む
ひとつ買ひその他の虫は聞き捨てに
南瓜煮て一晩寝かす手紙かな
流星や古墳に神の剣あり
朝々に木の葉が舞へば雀らも
包まれてコロッケ熱し初時雨
木枯に金鈴を買ふ銀座かな
干布団枯野の見ゆる丘の上
ぼろ市のこれは波斯の市場より
懐しき善男善女日記買ふ
聖しこの夜の厨の煮凝よ
水族館に海の一族注連飾
女の神も乗せて目出度し宝船
この山に氷の瀧の幾柱
ゆるやかに階段状の雪として
硝子戸の外に置かれて雪兎
水仙を切つてぽたぽたしてゐたる
水仙を生けて古りゆくものばかり
老先生大学を去る桃の花
豚カツを母が作るよ春休




12. 宮﨑莉々香 うそぶく

飴なめる舌のびのびと花ぐもり
昼は春みんなで銀杏をわける
球根をならべもどれないんだよもう
文学が都市とは別にあるつばめ
どこでもないわかめのながれつくひなた
やさしさが僕をはなれて芹に水
ささやかにつつじを捨ててあるきだす
ノートとるほんとつまらないね虹たち
感情を消してはちすのむれになじむ
はないばらあとがきを書き終へひとり
グラジオラスふちどる雨が幕のやう
夏つばめ文字が全員をあやつる
雲のみね電車でめくるめくページ
飛び込んで足にじいろになつてゐる
まつりまちなみその後をもどかしくうそぶく
ほうせん花鯉をみつめてゐてしやがむ  
なぜだらう朝顔にゆるむくちもと
狂ひつつ口がすいかをたひらげる
つくつくぼーしいつものコーヒーをたのむ
コスモスばたけみんながねぢまきでうごく
九月きつとこれはだれかのための夜景
霧ふかいところ真顔になる紳士
無意識の銀河が声なんだすべて
こほろぎをつかんで匂ふ普通の手
秋のゆうやけかばんから出すボルヘス
或る林檎どこか演劇めく窓辺
くつわむしはりがねじぶんからまがる
消しゴムで消したくらいに白い月
怪我をしてなにもがみにくくてささなき
寒林をいつかの書庫としてあゆむ
たき火してゐる息をしてゐるすばらしさ
なにもかも記してもとのすがたしぐれる
手をつなぎむなしくなつてゐる白鳥
ポインセチア地面に鳴らす傘の先
ハサミてざはりのつめたい花を出す
正月が来てなんとなく食べる海苔
歌留多のなかに日の丸と部屋がある
はるの青ぞら少しだけ生きながらへる
機械からうごかなくなつてつちふる
パンジーを見るもごもごとしてしまふ
あ、風船。アパートの平坦な壁
立ちどまるなかをさくらがふつてゆく
暗やみがくくたちのすべてのひとひ
なのはなにほほゑみはあるけれどない
楡の花実家の子ども部屋のくらさ
麦の秋鳴るだけのピストルを撃つ
虹を見てゐて片方の手で振り合ふ
かたつむり家族ふるびていくところ
くるぶしほうたるわかりあへないとつぶやく
くたびれて夏野を最高に行かう
 



13. 柳元佑太 教科書のをはり (*)

教科書のおもての照りや春疾風
たはぶれの詩句が遺稿の余寒あり
薄氷のうへの冷たきにはたづみ
苗札やその陰に芽をかかやかし
うららかや贋作のあをうつくしく
化けさうな猫に子猫のありにけり
春の夜の字幕の愛のつたなけれ
バベル以後塔のかなしさつばくらめ
さはれずの墓たちのぼる紫雲英田は
函館に花前線がぶつかりぬ
その人の喪が白藤のをはりどき
見えてゐる藤のかをりを云ふべしや
翻訳を経て名文やおじぎ草
はつなつや布を帆と呼ぶこころあり
影為すにものとひかりぞ夏雲雀
陽炎とおもふあたりの揺らぎやう
チョコ溝のチョコ片を吹く涼しさよ
夜明まだ夜のごとくあり柿青く
サルビアや絵は船旅を経て額に
なみおとになみたはぶれてなつのくれ
夏たけなは丘全景に墓の照り
舐めて酸き己がくちびる炎天下
夏痩を灯なき蝋燭にもおもへ
さるすべり佳き平仮名にぐりとぐら
けふよりの旅靴に竹落葉かな
柚子の花骨壺に骨ひとりぶん
たなごころいちめん早稲となりてゐし
うす布に月を磨けば淋しからむ
その裏にみづうみ澄めり盲学校
かりそめの黄泉かとおもふ苅田かな
まなうらの大いなる稲刈られざる
濡れ椅子拭く濡れ雑巾や運動会
気化それに伴ふ冷えの苅田道
たふたしや月の入江に月の波
さはらずの琴ありにけり秋出水
蔵書庫におほきな柱秋深む
その人をかたどるに菊つめたかり
湯捨てれば曇る鏡に冬たちぬ
その前に雪だるまあり百貨店
終に火の崩すは焚火自身かな
寒き世の挿絵をつぎつぎとカリブー
かの寺へ雪目童子を負うてゆく
なはとびの淋しき人となりにけり
凍星なつかし利器灯し確かめよ時刻
一月の日は凍てながら落ちにけり
しかうして田はいつも雪ふるところ
月光の中に浮かびし冬の月
かつて軍都ビルのあはひを雪とべる
冬の夜の小指の纏ふうすあかり
教科書のをはりの雪の詩なりけり




14. 薮内小鈴 東都

呉爾羅へと巻く朝顔が窓のそと
台風の橋桁あまた翼寄す
つくつくし淡き声する旅人も
祭帯締め合ひけふの秋薊
見覚えし路また鰯雲へ向き
おもかげの島は葦原鯊を釣る
青蜜柑ゆふべの卓に汐微か
キーボード閉ぢ芋虫の如く指
磨硝子ごしに瓢箪濡れ初むる
入口と出口の猫や秋の径
鉄骨を組めばゆらりと芒原
天の川珈琲売の去りしあと
きはやかにお釜語飛びぬ秋時雨
蒲団干すラーマ九世逝去して
神留守のふと思ひたる狐穴
色の羽根なけれど亀に落葉かな
冬川やむかうに塔の影とどき
指先をつまみ手袋拾ひけり
羽ばたける井の頭なり檻の鷲
富士山の先に日の入る冬至かな
骨董屋カトレアは星雲めきぬ
揚げたての白子が震へ寒の入
北風や金柑夜へくすみゆく
髪に髭に日の透けてゐる枯木立
湾口の深き谷ぞこ鮫古び
鳩ぴしと散らしたる店浅き春
そのままに春菊ぱらり滴落つ
仕立屋の足踏ミシン梅の花
日光より猿来りけり春の土
遠霞揺れる電車のまつすぐに
つちふるも夢を過ぎつつ鸛
お彼岸や渋滞解けて花の夕
影浴びるほどは仰がず桜かな
崖縁の巣箱や下に記念館
次次と石鹸玉いで静けさよ
看板の青みたる路地水草生ふ
海渡り橋はもぐりぬ月朧
若楓みじかき裾の集ひては
噛みがちのラップを越えて水馬
茂りゆく端に自転車籠の触れ
夏燕もう魚市場灯るらむ
音涼し下水落ちゐる富士見坂
あぢさゐを辿り天井桟敷かな
梅雨菌長耳ありし犬とほく
渦よつつ冷し中華の文字へ振り
南風に貝殻そへて鉢数多
羽田から入る密林西日さす
祭への潮きこゆや獅子頭
月見草カリー屋今は伽藍堂と
一客の湯呑置かるる雲の峰




(*)一次予選通過作品

2015-11-01

2015角川俳句賞落選展 22 堀下 翔  23 前北かおる 24 岬 光世  25 宮﨑玲奈(宮﨑莉々香) 26 薮内小鈴 27 利普苑るな 28 小池康生

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22 堀下 翔 
「鯉の息」



23 前北かおる 「光れるもの」



24 岬 光世 「波の記憶」



25 宮﨑玲奈宮﨑莉々香)「眠る水」





26 薮内小鈴 
「声真似」



27 利普苑るな 「否」


28 小池康生 「一睡」





 22 堀下 翔 「鯉の息」 ≫テキスト
23 前北かおる 「光れるもの」 ≫テキスト
24 岬 光世 「波の記憶」 ≫テキスト
25 宮﨑玲奈(宮﨑莉々香)「眠る水」 ≫テキスト
 26 薮内小鈴 「声真似」 ≫テキスト
27 利普苑るな 「否」 ≫テキスト
28 小池康生 「一睡」 ≫テキスト