2007-08-05

週刊俳句 第 15 号 2007年8月5日

第 15 号
2007年8月5日

CONTENTS



第1回 週刊俳句賞 発表    →読む
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高校生らしさ?
    「俳句甲子園」に思うこと ……五十嵐秀彦  →読む

週俳7月の俳句を読む(上) 1/2
        ……中山宙虫/羽田野 令/吉田悦花/猫髭  →読む

週俳7月の俳句を読む(上) 2/2
        ……鈴木茂雄/ひらのこぼ/五十嵐秀彦  →読む


後記+出演者プロフィール  →読む





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第1回 週刊俳句賞 発表

第1回 週刊俳句賞 発表


なによりもまず、はじめに、八田木枯、対馬康子、筑紫磐井、齋藤朝比古、櫂未知子、石田郷子(アイウエオ昇順)各氏に、深く感謝いたします。歴史も権威もないウェブ上のイベント「週刊俳句賞」の審査を快くお引き受けいただきました。

応募者の皆様、お疲れ様でございました。互選にまつわる煩瑣なお願いを聞いていただき感謝しております。

最後に、この「週刊俳句賞」応募作品をお読みいただいたたくさんの読者に、また、これから審査結果をお読みになるであろうたくさんの読者の皆様に、感謝いたします。

それでは、審査結果をお楽しみください。(『週刊俳句』さいばら天気・記)



第1回 週刊俳句賞 選考結果   →読む

応募40作品+作者名   →読む

特別審査員 選と選評   →読む

互選結果   →読む

応募者プロフィール   →読む

読者投票結果   →読む

打ち上げパーティ会場   →顔を出す




第1回 週刊俳句賞 選考結果 

第1回 週刊俳句賞 選考結果 


週刊俳句賞受賞作

07 岡田由季 着衣   読む 

  42点: 審査員得点 5(×6=30)・互選得点 9・読者投票 3


※総合点の積算方法:特別審査員配点×6+互選得点+読者投票
(特別審査員配点計36点・互選点数計120点・読者投票計16点)



●第二席

06 越智友亮 さびしいかたち

    33点:審査員得点 5(×6=30)・互選得点 3


●第三席

03 榊 倫代 成層圏

    26点:審査員得点 3(×6=18)・互選得点 6・読者投票 2 



●高得点作品 
※数字は審査員得点(×6)・互選得点・読者投票数=総得点

02 浜尾きら 白紙の願書 3(18)・5・1=24点 (第4位)

08 佐藤文香 夏痩 3(18)・3・1=22点 (第5位)

35 小池康生 シャツ汚す 2(12)・10・0=22点 (第5位)

14 金子 敦 薄荷菓子 1(6)・13・1=20点 (第7位)

20 浜いぶき 更衣室  3(18)・2・0=20点 (第7位)

24 村上瑪論 焼け残る 2(12)・3・1=16点 (第9位)

01 久保山敦子 歩き出す 2(12)・0・1=13点 (第10位)

23 モル 白紙  2(12)・1・0=13点 (第10位)

34 お気楽堂 日焼けのなすび 1(6)・5・0=11点 (第12位)

18 中村安伸 溺愛 0(0)・10・0=10点 (第13位)


以下略




第1回 週刊俳句賞 受賞作 岡田由季 着衣

第1回週刊俳句賞受賞作

岡田由季  着 衣


次 の 風 き て 子 燕 の あ た ま か ず

常 設 展 順 路 た つ ぷ り 緑 さ す

新 緑 が 着 衣 の 端 に 染 み て く る

主 婦 と し て 裸 足 で す ご す 午 前 中

白 南 風 の 午 後 が は じ ま る 畜 産 科

半 身 乗 り 出 し 夜 濯 ぎ の も の 干 せ り

裏 路 地 に 半 袖 の シ ェ フ あ ら は る る

如 雨 露 か ら 捩 れ た 水 の 出 て き た り

見 て を ら ぬ と き に 噴 水 高 く な り

敷 物 の や う な 犬 ゐ る 海 の 家





第1回 週刊俳句賞 候補40作品(作者名入り)

第1回 週刊俳句賞 候補40作品





01 歩き出す    久保山敦子


メーデーの米屋は米を量りをり

プードルとパセリライスといもうとと

老人の大きなノート麦の秋

目高とるいきなり網を突つこんで

ことよせて逢はむとしたる忍冬

ひるがほを引けばあらくさ倒れけり

喪の家を問はれてゐたり蚊食鳥

団子虫ふるひを通り歩き出す

蝉声をききゐるごとし蝉の穴

帰りには片蔭できてゐたりけり




02 白紙の願書    浜尾きら


柔らかく薄き靴底聖五月

次の間に昼寝子の居て家静か

夏の夕生家の苦き歯みがき粉

皆揃ひ父が花火を買つて来し

白シャツに重き携帯電話かな

風鈴や男手のなき祖母のこと

暫くは採血の跡半夏生

夜の秋白紙のままに願書捨つ

ひと言に団扇一瞬止まりけり

きやうだいのどちらかが泣く夏座敷




03 成層圏    榊 倫代


窓開けて花殻を摘む巴里祭

たちあふひ成層圏を吹く風よ

一歩ごと如露より水のこぼれけり

未だ土の濡れてをるなり夏の鹿

斎宮の袂を抜けて朝螢

裸身いま内より光出しさうな

ゆらゆらと祝女戻りくる日の盛り

頬杖や夕焼けの髪の乾くまで

金星のやうに梅酒の梅沈む

覚めてもなほ胸の泉の鳴りやまず




04 枇杷    谷 雄介


枇杷の木は逃げるかたちをして佇てり

このあたり枇杷農家ばかりなる日暮

赤く堅くけはしき土や枇杷育つ

枝の先なる重さうな枇杷に風

佳き時計はづし枇杷の実剥きはじむ

枇杷の皮わがくるぶしにくつつきぬ

美女切断マジック枇杷を吸ひつつ観る

枇杷の汁吸うて波打つ雑誌かな

Back in the U.S.S.R.枇杷に古き傷

枇杷の実は闇にうたへり戦後なる




05 青い椅子    藤 幹子


キリトリ線通りに虹を切らむかな

合歓の木や真空管のごと真昼

助手席の茄子ぎゆうと鳴き八王子

昼寝覚東へ垂れしふぐりかな

軸突き出して桜ん坊悪い口

早乙女のずぶと入りたるゴム長靴

青田風少女の舌は練り切り製

浴室のカミソリの刃や油蝉

盆踊り鉄棒回る子もをりて

青い椅子老いは泉のごとくなり




06 さびしいかたち    越智友亮


初夏の水の味することばかな

海沿いに山連なりぬ雲の峰

古墳から森のにおいやコカコーラ

眠たくて百合のかたえに箱になる

六月がトイレットペーパーの芯

紫陽花や父が相変わらず無口

修司忌の田んぼの上の空が青い

蜘蛛の囲や太陽はさびしいかたち

蝉しぐれ窒素がこもるガラス瓶

晩夏光箸をただしく使いけり




07 着衣    岡田由季


次の風きて子燕のあたまかず

常設展順路たつぷり緑さす

新緑が着衣の端に染みてくる

主婦として裸足ですごす午前中

白南風の午後がはじまる畜産科

半身乗り出し夜濯ぎのもの干せり

裏路地に半袖のシェフあらはるる

如雨露から捩れた水の出てきたり

見てをらぬときに噴水高くなり

敷物のやうな犬ゐる海の家




08 夏痩    佐藤文香


夏の蝶自画像の目はひらいてゐる

海へゆくことも約定夏痩せて

箱庭に朝日の差してゐるところ

露台てふうちのそとがはにて侍り

停留所まで豆腐屋の打水は

掬はるる前夜の金魚なり黒し

奪ふもの多く残せる裸かな

新宿が場末であつた頃の薔薇

夕立や工場の裏を見てをりぬ

音楽のゆきわたりたる午睡かな




09 負け癖    小林鮎美


はつなつのキャッチャーフライ高すぎて

閑古鳥グラタン皿の白さかな

笑い方おかしい人のなすび漬

夏期講習東京湾の雲低く

手前味噌並べて胡瓜ひと齧り

負け癖や糸瓜やたらとよく育つ

夕立の手とか足とか持て余す

血迷えず遠き烏賊火を見ておりぬ

ストローを噛んで豪雨の原爆忌

昼寝覚め左右で違う乳房かな




10
とろりとあかき    坂石佳音


聖五月しぼれば水の出る地球

おおばこのちよつと踏まれに生ひ出けり

口ごたへして赤すぎる苺かな

黒南風や天地逆さの道路地図

掌をかへせば裏へかたつむり

眉を足すだけの化粧や冷奴

花茣蓙やまろび寝の爪摘めば散る

五月闇緋色の絹の糸電話

星涼し鎖骨に四苦を眠らせて

らんちうのとろりとあかき残暑かな




11 疎遠    澤田和弥


焼跡より黒き跣足の見えてをり

夕立や駅は戦後のごとく混み

風死してハチ公はまだ待つてゐる

荒野にテーブルここはまだ水無月

我が脳に水母散乱してをりぬ

夕立果て裁判所より被告人

夕焼にいきなり朱き背後かな

雲の合間より夕焼が瞳ほど

正座できぬ人もまじりて宵祭

らつきようをがりりがりりと兄疎遠




12
一戸建    星 力馬


寝室の朝の結界ほととぎす

守宮鳴くやウォークインクローゼット

リヴィングのブラウン管テレヴィ旱

音たてて音けすゆだち子供部屋

百合の壺客の去りゐし応接間

桜桃忌二階廊下にドア五つ

開きかけの浴室の窓半夏雨

油撥ぬシステムキッチン大西日

梔子の花よ玄関施錠せり

真つ白きトイレの戸棚なか晩夏




13 故郷行    中村光声


夏暁けの故郷行きの始発来る

単線に竹の踏み切り雲の峰

万緑の向こう穂高の嶺光る

炎天や少年首をキリンとす

草むしる辺りに重さ消えるまで

ひとつかみほどの記憶のさくらんぼ

緑陰に絵筆握る子一途なり

神木を垂直に這う毛虫かな

生きたしと思う向日葵咲きおれば

城跡の風万緑を揺らしおり




14
薄荷菓子    金子 敦


白雲に十指の触るる海開き

サーファーの頭上を越ゆる夏燕

カレーの具おほかた溶けて海の家

昼顔にあをぞら淡く透けてをり

彫刻のごとくゼリーを削りけり

ストローを気泡ののぼる雲の峰

オート三輪走りし頃の夕焼かな

足の指ひろげて洗ふ日焼の子

夕涼の舌に溶けゆく薄荷菓子

短夜や枕に沁みし波の音




15 ベタ    興梠 隆


傘さして傘買ひに行く傘雨の忌

冷蔵庫の扉外れてしまひけり

グラシン紙函に抗ふ桜桃忌

優曇華や頭の重き日の味の素

業平忌セルフタイマー使ひけり

緑陰のベタ白ヌキの訃報かな

本読めば目の隅に鼻河童の忌

籐椅子の夫人は靴を脱がざりき

谷崎忌ゼリーの賞味期限過ぐ

炎天の猫のゲルニカ走りかな




16
恋の波紋    平川みどり


花いばら咲いて禁猟区域かな

地の底の呻きや巨大蓮ひらく

大西日ふるひ落としてバス発てり

薔薇抱いて気おくれしたる心地かな

カーブ切る日焼けの腕や海光る

香水の一滴恋の波紋かな

木魂して霊巌洞のしたたれり

サングラス心装ひたき日かな

埋めつくす時間の隙や姫女苑

水匂ふ卑弥呼の国の青田かな



17 落し物    山下つばさ


リア・ディゾンみたいな夏の月拾ふ

両肩にマスクメロンを乗せダンサー

宮崎二健のつむじに夏の月

ピカチュウの立ち尽くしてをり夕立

十匹の蜥蜴かくまふ耳の中

竜宮城のすみっこに夏みかん

夏の月割り箸上手に割れたとき

水割りを浴びる空蝉を拾ふ

月涼し笑顔の岡本太郎ゐて

嫌ひな人におぶさってをり蛍




18
溺愛    中村安伸


(あららぎ)を空へ沈めてゆく昼寝

油絵を深きに飾り夏館

溺愛や鋏に映る扇風機

パレードを終へし女体へ青時雨

切り口を運河に向けて西瓜売る

夏空や油膜のごとく怠けゐて

紫陽花の暇さうに咲く昼餉かな

梅雨寒や姿勢正しき夜のシャツ

単調な葉脈のある夏の旅

一列のいつか二列に夏木立




19 なんだかんだ    米男。


雨止んでまた油蝉鳴き狂ふ

雨ですねほんま雨やなかたつぶり

いつのまにひとりふへてる水遊び

あなたには似合はぬ花ね月見草

母の声空耳のごと夏茗荷

鵜飼舟こんなに青くて夜だから

水琴のやがて奏でる夜涼かな

はよせんかもうちよつとだけ夏休み

熟トマトなんだかんだと捻てゐる

蜜豆のドレミファソラシドみんなすき




20
更衣室    浜いぶき


息ひそめとほりすぎたり花氷

小さきもの買ふためにある夜店かな

沿ふ川に夜店のあかり流れけり

ロックフェスの大光源へ夕立かな

香水にひたされてをり更衣室

手花火の青き病ひを晒しけり

三味線の音のこぼれきて薄暑かな

日本画にほたるぶくろの眠たさう

遠泳やあたまのなかで歌ふうた

夏帽子ゆきすぎてまたしづかなり




21 悪魔辞典    大井正志


西園寺公一さんのサングラス

白地着て愛一郎といふ男

鴎外の髭が不揃沙羅の花

人語なき山海塾の裸かな

霍乱やタマラ・プレスの声尖る

風鈴やまた血を流す豊登

イリア・クリヤキンの見たる夏薊

ワグナーの大音響や毛虫焼く

夏木立ヤコブの梯子実生へと

夏の果ピアスの悪魔辞典かな




22
碌々    すずきみのる


百合化して蝶となるただ真昼中

万緑や岩稜薙ぎて北壁に

はんざきがゐて水底といふがあり

蜘蛛の囲を破り赤きもの掴み出す

有刺鉄線空蝉をぶら下げて

刈草のなか寸断の蛇の衣

黄の色を宙に点じて鬼やんま

見せずとも褒め称えつつステテコを

醜悪は夏満月に曝すべし

桑の実の甘くてボール見つからず




23
白紙    モル


トマト切る指いきいきと数学者

あめんぼの背に夕闇がふれてゐる

洗濯機まわる夕立の迫り来る

影踏の前大群の夏の蝶

無人島宛てに暑中見舞出す

捩花がもう限界と言つてゐる

風薫る白紙にうもれゆく二階

空瓶に海をつくつて花火落つ

太宰の忌世界が揺れるまで叫ぶ

歌止みて白壁解体して夏野




24 焼け残る    村上瑪論


ゆふぐれは発破と思ふ瀑布かな

鞄よりかばん出てくる雲の峰

鉱石の綿にくるまる涼しさよ

かはほりや音の中なるフィラメント

拭きかけの眼鏡くもれる未草

弛みたる水平線を金魚玉

あをぞらの真下に瓜の冷えてをり

受付に先にきてゐる半ズボン

病葉に水際透いてをりにけり

蠍座の尾の焼け残る晩夏かな




25
銀の匙    中嶋憲武


若葉風犬走りをる外野席

首都朱き丸印なり夏燕

麦の秋普通電車に乗りにけり

老人の恋のしぐさの踊りかな

箱庭に町長らしき人立ちて

画数の多き漢字や蠅交む

引出しを引きて西日の銀の匙

鋭角のメロン運ばれ宴佳境

炎昼のひかりへ消ゆる叫びかな

眼鏡屋のめがねきらきら夜の秋




26
もろきう    三島ゆかり


黒南風を遊ぶ去年の糸瓜かな

背の高き姉と電柱さみだるる

ホルンから彼が液抜く夕薄暑

烏賊くさき感熱紙吐く訃報かな

二階から兄降りてくる羽蟻の夜

宵宮の牡に対せば牝となり

森伊蔵岡田以蔵と明急ぐ

もろきうのやうにつかれてゐるひとと

大台に乗つてしまへば夏の雲

虫干の虫の行き場を風渡る




27
射ぬく音    飯田哲弘


的射ぬく音のひとつや夏の朝

豆腐屋の二階より来る素足かな

はつなつの燈台までの半里かな

石油積む船のゆき交ふ驟雨かな

夏闇にぬつと小舟の漕ぎゆけり

はまなすや朽ちて吹かるる舟の骨

夏の灯や医書はくろぐろしてをりぬ

黒潮の沖を流るる町の枇杷

製氷の音を飛びかふ螢かな

ピアノソナタ降りくる夜の水母の死




28
オイルタンクの空    近 恵


白薔薇「はじめまして」と嘘を言ひ

フラスコのゆがみし影の夏めけり

夏満月高架下より覗き見し

みるみるとふくらむ枇杷や恋ひとつ

一房の一気に黒くなるバナナ

炎昼やオイルタンクの空ゆらり

何もかも知らぬふりして糸蜻蛉

つま先の乱す一途や蟻の列

空蝉の背なより愛を取り出しぬ

夜濯や正しき事はなんでせう




29
長い街    振り子


星合ひや木のてつぺんはまだ熱く

すべりひゆ母の気流の塩味の

洗車まだ終へぬ半裸のひかる男

純愛やきゆうりは沈み茄子は浮き

雲が湧く兆しのやうなラクダの眼

ま昼間の滝の音して蔵書印

讃美歌を唄つてくれし半ズボン

白夜かも知れぬバンパー落ちてゐる

土用波何してゐても爪がのび

雷走る踏切のない長い街




30
おしゃれ    岡本飛び地


手の平を蝕むマウス熱帯夜

日盛りを包む表紙のやわらかさ

おおらかな人がもたれる日陰かな

蝉は知る帰途もノートに書いた字も

懐かしい漫画入道雲に似て

おしゃれしてブッポウソウと鳴く娘

ハンカチをたたむ姿を見て蜥蜴

冷やを注ぐ娘の名札さえ欲しい

慟哭の果て貪るは百合の花

五月雨と悔いの間で生きている




31
水すこし    兎六


夏蝶の消えてゆきたる宿の門

水すこし残して落ちる雨蛙

ひよどりの影留まれば鳴き止まず

羽伏せていろいろな蛾の止まりをり

蛍火の消えて久しき枝の先

野良猫のあとをつけたる五月闇

水中は沢蟹の摘む魚の欠

死に場所の隅に定まる油虫

飼猫が華の水飲む大暑かな

萍の尽きれば月夜なりにけり




32
ひるがお    宮嶋梓帆


ローソンの青の青さよ夏の月

合歓の花入浴剤は泡吹いて

そらまめの皮剥き終えて大喧嘩

夏至の日のジーンズの裾折り返し

ひるがおのなかなか閉じぬ忌日かな

トマトに塩たっぷり振って追悼す

白服の上手に透けて准教授

図書室の窓の大きく夏の風邪

棒立ちのまま仕舞われて扇風機

匙に顔まるく映れる帰省かな




33
翡翠    上野葉月


はまち来る青く輝く玉ふたつ

恋人とちょっとおしゃれな老眼鏡

夏痩せて電池にうるさい男かな

食いちぎること許されおり茄子漬

風止まりパズルのような海の家

翡翠の名古屋の方を向いており

滝壷に自転車のある真昼かな

艶やかな土用ときおりは哀しい

Tシャツを脱いで週刊俳句見る

ふたりきりで法螺貝の家に住む




34
日焼けのなすび    お気楽堂


ががんぼのようないとこの婚約者

ご近所のみなさま虹が出ましたよ

鳩サブレー買うのあじさい見る前に

洗い髪とは言えないね短くて

夏痩せのせいじゃないでしょその皺は

一時間早い蚊遣の尽きるのが

甘いものなければかぶりつくトマト

子蟷螂逃がそうとして逃げられる

西瓜ぶらさげて愛馬を訪ねけり

海の日のコンピューターはお留守番




35
シャツ汚す    小池康生


ひきがえる中身は全て風であり

螢狩鉄路のうへを歩みけり

黒南風や訊きなほしたる島の数

長いこと咲いてゐるなり時計草

夕涼み家族がそばにゐる街の

四万六千日東京タワーにも寄りて

点すまでぶつきら棒な花火なり

油照青き果汁にシャツ汚す

老鶯や年中泥濘る道を抜け

夏の果川の漁師の網細か




36
底の底から    青島玄武


卯波寄る音聞く月の膝枕

葵咲く触れられぬほど熱さうに

しづかさや溶け果つるまで蛞蝓

夏至の日の筋肉痛となりにけり

水底の底の底から浮いてこい

しんしんと冷素麺の水平線

夏大根背負ひて夜の秋葉原

荒梅雨のヤクルト配る女かな

梅雨深し電球換ふる椅子の上

梅雨の夜の扉の奥の秘書課かな




37 ロマンス    前野子壱


鉛筆の直す図面や青嵐

麦秋の横を書くこと特になく

補充用四色インク蛇の衣

網障子ボルトナットの採寸図

冷奴三角関数思ひ出す

短夜の広きメモリーカードかな

霧出でて消しゴム指の森の下

ンの字はロマンス文字総会日

梅雨寒や資料インクの滑りたる

半夏生パワーポイント御仕舞ひに




38 吊具    上田信治


校庭と校舎五月の雨降りをり

糸瓜の花咲いて牛乳瓶の蓋

木耳の生えて倒れてゐる木かな

煎茶のむ蝉の一つの鳴きをはる

薄暑なる卓布のうへのフォークかな

カーテンの吊具小さき夏夕べ

どろどろになる夕焼の下のはう

手をかけて上を向かせる扇風機

夜短しその疵あとの蟲のやう

濡れ傘を巻かず持ちをり夏の暮




39
素足    宮本佳世乃


片恋のスプーン泰山木の花

貸しボート指の長さを比べ合ふ

沙羅の花ジャズ喫茶よりベース出づ

薄闇を集めて夾竹桃白し

はんたいのことばを言ひて素足かな

お風呂用洗剤の泡さみだるる

朝顔市Tシャツのよく乾きをり

白南風やヱビス・ザ・ホップ分けあへり

はだいろの西瓜の種を吐きにけり

ともだちの流れてこないプールかな




40
ぶん投げて    島田牙城


目と鼻の間に飼うてゐる蚊かな

腰扇ほどの赤子と泳ぎをり

靴箆に落ちてをります百合花粉

靴下を踏みつけてゐる裸足かな

長虫の墓の真下に入りきる

雷雲をたくしあげたるだけのこと

ぶん投げて去りぬ夕立の神様は

禿頭を広前と言ひ一重帯

なめくじの恋のやうにも寝苦しき

しばらくを焼酎四リットルの瓶








第1回 週刊俳句賞 特別審査員 選と選評

特別審査員 選と選評


〔当別審査員 選と選評〕 (アイウエオ順)

石田郷子 選と選評  →読む

櫂未知子 選と選評  →読む

斎藤朝比古 選と選評 →読む

筑紫磐井 選と選評  →読む

対馬康子 選と選評  →読む

八田木枯 選と選評  →読む



〔特別審査員配点・上位6作品〕

5点:
07 岡田由季 着衣 
06 越智友亮 さびしいかたち

3点:
02 浜尾きら 白紙の願書
03 榊 倫代 成層圏
08 佐藤文香 夏痩
20 浜いぶき 更衣室



第1回 週刊俳句賞 石田郷子 選と選評

石田郷子  選と選評


 ※作者名は選評をいただいたのち編集部で付記いたしました(読者の便宜を考慮)。


01 歩き出す(久保山敦子)   1点

「メーデー」の句のような類想的な取り合わせの句を入れずに、「昼顔」や「目高」「蝉声」などの句のように嘱目で通せば、もっと面白い作品になっただろうと思う。最後の句はあまりに理屈なのではなかろうか。

03 成層圏(榊 倫代)  2点

三点にしようかどうしようかと迷ったが、「斎宮の」「裸身」「ゆらゆらと」の三句が作品の鮮度を落としていると思う。詩情のある作家で、表現も確かだと思った。

06 さびしいかたち(越智友亮)  2点

魅力があった。全体に瑞々しい。「修司忌」の句などは、覚悟を決めて韻文に徹してみてはどうかと思う。

34 日焼けのなすび(お気楽堂) 1点

「洗い髪」の句などは口語で成功している。サラダ記念日を思い出した。しかし、「虹」「夏痩せ」の句の口語や、最後の「お留守番」などのことばに非常には安易な印象を受けてしまった。




第1回 週刊俳句賞 櫂未知子 選と選評

櫂未知子  選と選評


 ※作者名は選評をいただいたのち編集部で付記いたしました(読者の便宜を考慮)。


20 更衣室(浜いぶき) 2点

一句一句の抑制ぶりと、華やかさとで、トップに推す。〈日本画に〉の〈ほたるぶくろ〉は季語としては疑問。

14 薄荷菓子(金子 敦)  1点

軽やかな味わい。惜しいのは〈オート三輪〉の句。過去の時制の季語は、季語として機能しにくい。

15 ベタ(興梠隆) 1点

言葉が多いけれども、一句一句が魅力的。〈炎天の〉の〈ゲルニカ走り〉は疑問。

25 銀の匙(中嶋憲武) 1点 

季語の本意を少しずつ崩そうとする試みが心地よい。一句目はつまらない。〈鋭角の〉は下五でいきなりまとめすぎ。

35 シャツ汚す(小池康生) 1点

抑えの効いた作風が魅力的。仮名遣いに注意。


安直な取り合わせで遊んだだけと思える作品は落とした。2点入れた「更衣室」は、〈日本画にほたるぶくろの眠たさう〉がなければ3点入れたかもしれない。
全体として、「この句さえなければ」「このミスさえなければ」「旧かななら、ちゃんと統一してほしい」と思える例をたくさん目にした。「十句揃えるのも大変だなあ」と身につまされつつ、楽しく拝読した。




第1回 週刊俳句賞 斎藤朝比古 選と選評

斎藤朝比古  選と選評


 ※作者名は選評をいただいたのち編集部で付記いたしました(読者の便宜を考慮)。



01 歩き出す(久保山敦子)  1点

比較的瑕の少ない作品。いかにも俳句的な措辞とレトリック。目新しさはないが、この安定感に捨てがたい魅力あり。
【帰りには片蔭できてゐたりけり】の衒いのない詠みぶりが好き。

02 白紙の願書(浜尾きら)  1点

俳句ずれしてくると、なかなか詠えなくなる少々おセンチな感慨を素直に詠える作者のウエットな感性。少々確信犯的感慨もあり。
【きやうだいのどちらかが泣く夏座敷】甘いと言われる方がいらっしゃるのは重々承知の上、この句をいただいてしまう。

04 枇杷(谷 雄介)  1点

わずか10句の連作だから出来た作品かも…と思うと、週刊俳句賞の選からは外せない。とにかく「枇杷」なのだ。なぜ「枇杷」か…なんてことを詮索するなんて野暮なことはやめよう。無理にでも枇杷を詠み込む、そんな苦行のような作品があってもよい。
【佳き時計はづし枇杷の実剥きはじむ】この時計、決してロレックスなどではないだろう。

07 着衣(岡田由季)   2点
日常と非日常のわずかな濃淡を詩的に掬い上げることのできる作者。これは感性というよりもひとつの才能だろう。
【如雨露から捩れた水の出てきたり】目の利いた一句。エロティックな風合いも。

20 更衣室(浜いぶき)  1点
独善に陥る寸前、独自の感性。表現しようとしている世界に共感するものの、やや措辞に粗さも目立つ。衒いなく詠う術を覚えると飛躍的によろしくなるポテンシャルのある作者と思う。
【遠泳やあたまのなかで歌ふうた】なぜか達観したような感慨。遠泳句としては異色のよろしさ。

以上5作品を推薦する。

他に最後まで候補に残った作品は以下の通り。

03 成層圏(榊 倫代)
表題の仰々しさが残念。

05 青い椅子(藤 幹子)
報告と詩。やや報告に傾いたか。

13 故郷行(中村光声)
作者の想いが生々しく表出し過ぎた感。

18 溺愛(中村安伸)
次点。表題と作品全体の醸す雰囲気のギャップが残念。

28 オイルタンクの空(近 恵)
10句に愛の句と恋の句が一句ずつあるのは、配慮不足で勿体無い。

32 ひるがお(宮嶋梓帆)
次点。現代を自分の身の丈で詠もうとしている作者に好感。一枚抜けた句が一句あれば入選だった。

最後に好き句を何句か

金星のやうに梅酒の梅沈む
青い椅子老いは泉のごとくなり
神木を垂直に這う毛虫かな
切り口を運河に向けて西瓜売る
鉱石の綿にくるまる涼しさよ
夏満月高架下より覗き見し
はだいろの西瓜の種を吐きにけり





第1回 週刊俳句賞 筑紫磐井 選と選評

筑紫磐井  選と選評


 ※作者名は選評をいただいたのち編集部で付記いたしました(読者の便宜を考慮)。


【総評】

応募作品が、全体に意外に似た調子になっているので興味深かった。俳句研究賞のような手書きの応募(さらにこれは下選が行われる)の予選通過作品と、今回のような新しい俳句賞のインターネット応募では応募者も少し属性が変わってくるのであろうか?

選に当たっては、あまり季語にとらわれないように作品本意(言葉本意?)で選んだので、他の選者とは少し違う評価になっているかもしれない。

【配点と簡単なコメント】

07 着衣(岡田由季) 3点

「常設展」「主婦として」「如雨露から」「敷物の」の句を選んだ。以下にも共通して言えることだが、今回の応募句が総じて言葉の面白さで作っている作品群が多いようにみえるのだが、そういう中では(事実かどうかは別にして)如何にもそれらしく錯覚させる言葉の使い方になっているほうが強いものだ。観念が上滑りしないことが大事だと思う。信じて言えば、うそも本当になるということだろう。

02 白紙の願書(浜尾きら) 2点

「柔らかく」「次の間に」「白シャツに」を選んだ。特に「次の間に」はありふれているが臨在感があり、月並みな写生句もなかなかいいものだと思わせる。シュルレアリスムと客観写生は事の裏表をなしている、虚子は古臭いのではなく、あまりにも新しすぎて皆がついていけないだけなのだ。

03 成層圏(榊 倫代) 1点

「窓開けて」「たちあふひ」「ゆらゆらと」を選んだ。「ゆらゆらと(祝女)」や「斎宮の」はフィクションのテーマ俳句だろうが、テーマで徹すれば面白かったのではないか。


以下は、点数を配算しなかったが、佳作をあげる。差別化しないと賞とならないだろうと思って前の三者には優遇的な点数を与えたが、点数ほど中身が違うわけではない。高柳重信が伝説の総合誌「俳句研究」の編集を行っているとき<五十句競作>という応募を行ったが、若い作家の中には選は暴力であるといって応募しなかった者がいたという。「選は暴力である」、確かに真理だと思う。今回も打たれることを喜ぶか、あるいは全然効き目のない暴力をあざ笑うか、ともかくもリングに上がってこられた諸兄諸姉に敬意を表する。

10 とろりとあかき(坂石佳音)

「眉を足す」「らんちうの」を選んだ。古俳諧の用語で言えば、見立てに類する読み方が多いような気がした。

20 更衣室(浜いぶき)

「小さきもの」「夏帽子」を選んだ。伝統的な素材と、モダンな素材を混合させて新しいものを生もうとしているようだが、いま一歩迫力不足のような気がした。


このほかにも、38 吊具(上田信治)、14 薄荷菓子(金子 敦)、33 翡翠(上野葉月)も面白い句があった。






第1回 週刊俳句賞 対馬康子 選と選評

対馬康子  選と選評


 ※作者名は選評をいただいたのち編集部で付記いたしました(読者の便宜を考慮)。


08 夏痩(佐藤文香) 3点

夏の蝶自画像の目はひらいてゐる
箱庭に朝日の差してゐるところ
露台てふうちのそとがはにて待てり
掬はるる前夜の金魚なり黒し

部屋の隅に置かれた小さな箱庭にも等しく朝が訪れる。軒先に置かれた露台にて人を待つ夕暮。売れ残っている黒い色の金魚。時間軸を遡るときに混ざり合う、諦観と希望のような感覚に共感した。

24 焼け残る(村上瑪論) 2点

鉱石の綿にくるまる涼しさよ
あをぞらの真下に瓜の冷えてをり
蠍座の尾の焼け残る晩夏かな

標本箱に並ぶとりどりの鉱石を包む綿の白さ。晴れ上がった夏空の下冷たい水に冷された瓜。精神にゆがみのない抒情性で表現された世界が秀逸である。

35 シャツ汚す(小池康生) 1点

螢狩鉄路のうへを歩みけり
四万六千日東京タワーにも寄りて
点すまでぶつきら棒な花火なり

四万六千日のお参りのあと東京タワーにも寄って帰るという「今時」な感覚、火が点くまでは変哲もないとみる花火など、ドライな若さが面白い。

他に共鳴句

01 ひるがほを引けばあらくさ倒れけり
04 赤く堅くけはしき土や枇杷育つ
10 掌をかへせば裏へかたつむり
14 足の指ひろげて洗ふ日焼の子
19 いつのまにひとりふへてる水遊び
20 小さきもの買ふためにある夜店かな
26 虫干の虫の行き場を風渡る
32 匙に顔まるく映れる帰省かな




第1回 週刊俳句賞 八田木枯 選と選評

八田木枯  選と選評


 ※作者名は選評をいただいたのち編集部で付記いたしました(読者の便宜を考慮)。


06 さびしいかたち(越智友亮) 3点

若い人の作品であろう。十句読んだだけではまだ輪郭が浮かんでこないが、言葉を探し求めている態度は歴々と感じられる。

形をととのえることは大事だが、新境地をめざすほうが先決だ。スマートな作の多い現在の俳句情況にまどわされないで、冒険してほしい。

23 白紙(モル) 2点

11 疎遠(澤田和弥) 1点


〔編集部〕
木枯さんのファクスには、句にチェックが入っていました。それを以下に抜きます。

06 さびしいかたち より

初夏の水の味することばかな
古墳から森のにおいやコカコーラ
修司忌の田んぼの上の空が青い
蜘蛛の囲や太陽はさびしいかたち

23 白紙 より

トマト切る指いきいきと数学者
あめんぼの背に夕闇がふれてゐる
無人島宛てに暑中見舞出す
捩花がもう限界と言つてゐる

11 疎遠 より

夕立や駅は戦後のごとく混み
風死してハチ公はまだ待つてゐる
我が脳に水母散乱してをりぬ
正座できぬ人もまじりて宵祭




第1回 週刊俳句賞 互選結果

互選結果


〔互選と選評〕

01-10  →読む

11-20
  →読む

21-30  
→読む

31-40
  →読む



〔互選点数上位作品〕

14 金子 敦 薄荷菓子  13点

18 中村安伸 溺愛    10点

35 小池康生 シャツ汚す 10点

07 岡田由季 着衣     9点

29 振り子  長い街    7点

03 榊 倫代 成層圏    6点




第1回 週刊俳句賞 互選:選と選評01-10

互選:選と選評01-10


01 久保山敦子

いつも「週刊俳句」、楽しませていただいております。内容が盛りだくさんで、なかなか消化できませんが、私の中でも、なにか変わりつつあるような気がしています。
今回の互選も、こんなに大変だとは思いませんでした。どうやって選をすればよいのか、総合誌の選考座談会や、近いところでは、「新鋭俳人競詠」を読む・・・などを参考に好きな句がいくつあるか、というところで選んでみました。だんぜんこれ!というのには出会えなかったので、三つの作品に点を振り分けました。

07 着衣 1点

次の風きて子燕のあたまかず
如雨露から捩れた水の出てきたり
見てをらぬときに噴水高くなり

08 夏痩 1点

夏の蝶自画像の目はひらいてゐる
停留所まで豆腐屋の打水は
奪ふもの多く残せる裸かな

35 シャツ汚す 1点

長いこと咲いてゐるなり時計草
四万六千日東京タワーにも寄りて
点すまでぶつきら棒な花火なり


【全体を通しての感想】
普段の結社の句会では主宰の選におまかせで、それに馴染んでしまっているので、頭が固くなっているかもしれません。ですから、今回の作品群は目をぱちくりさせるものもたくさんありました。いいのか悪いのかわからない・・・のも正直なところあります。ふと「俳句2.0」のことを思い出し、記事を読み返しました。

『俳人を取り巻く生態系、俳句が生産され評価され淘汰されていく生態系、それがネットを中心に少しずつ変化しようとしているのかも知れない今、そのことをあえて「俳句2.0」と呼んでみよう。』 

数多くの俳句が自由に生産され、公表されうる環境が整ってきたところで、「評価」は大切な要素であるわけですね。
このたびの選者にはそうそうたる先生方のお名前が並び、参加してよかったとつくづく思いました。
(点が入らずともめげずにがんばります)
編集の方々のお骨折りに、感謝いたします。

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02 浜尾きら

07 着衣 2点
好きだった句は
次の風きて子燕のあたまかず
常設展順路たつぷり緑さす
白南風の午後がはじまる畜産科
などです。

主婦として裸足ですごす午前中
この句は最初は、前半いいのに下五が勿体無いと思いましたが
読んでいくうちに午前中が効果的に思えてきました。

見てをらぬときに噴水高くなり
これはややあるかな・・と思いました。

10句全体で見て上手な作者だと思いました。
(言葉のやわらかさや、発見した事を詩的に詠む等)


27 射ぬく音 1点 
的射ぬく音のひとつや夏の朝
豆腐屋の二階より来る素足かな
はつなつの燈台までの半里かな
夏闇にぬつと小舟の漕ぎゆけり
夏の灯や医書はくろぐろしてをりぬ
黒潮の沖を流るる町の枇杷

など好きな句が多かったので頂きました。

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03 榊 倫代

31 水すこし 1点

夏の強い光の中、閃くように消える蝶の姿。雨蛙の落ちていく動き。沢蟹の棲む水の濁り。活けられた夏の華の強烈な色遣いなど。
鮮やかに視覚に訴えてくる句が多いです。
また「水すこし残して」「影留まれば」「羽伏せて」「枝の先」 等の細やかさに好感を覚えました。

07 着衣 1点

次の風、畜産科の午後の始まり、如雨露の水の捩れ、噴水の高さなど、一瞬を切り取るのが非常にうまいと思いました。
日常を平明に詠みながら、平凡にならない。作者の力量を感じます。

18 溺愛 1点
言葉の用い方や置き所に、ある種つき抜けている感じがあります。
塔を空へ沈めるという感覚。運河を向いた西瓜の切り口の鮮やかさ。
「油膜のごとく」「暇さうに」「単調な」等の喩や見立ての的確さを評価します。

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04 谷 雄介

08 夏痩 1点

ややテクニックに走っている嫌いはありながらも。

18 溺愛 1点

「溺愛や鋏に映る扇風機」という作品、あまりにお馬鹿で笑えます。「油絵を深きに飾り夏館」の「深き」なんていう斡旋にうーんと唸った次第。

32 ひるがお 1点

「ひるがおのなかなか閉じぬ忌日かな」「トマトに塩たっぷり振って追悼す」「匙に顔まるく映れる帰省かな」といった作品から、作者の確固たる定型感覚を感じました。「大喧嘩」「准教授」といった下五の展開には、あまり共感できず。


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05 藤幹子

02 白紙の願書 2点

テーマがしっかりしていて、一本筋が通っている安定感がある。ある家族の風景を切り取った物語のよう。構成といい、一句一句の立ち姿といい、秀逸と思う。

07 着衣 1点

手触りはさらっとしているが、映像を鮮やかに見せてくれる句が多い。飛び抜けて良い、と思わせる句はなくとも、この一〇句があつまると夏の断片的な風景が見える。

以下は、候補のなかでの個人的に好きな句です。


09 負け癖
夕立の手とか足とか持て余す
■夕立に振りこめられて、まさにもてあましている感じが良い。  

昼寝覚め左右で違う乳房かな
■この感じはけだるくて良いです。

15 ベタ

籐椅子の夫人は靴を脱がざりき
■エマニュエル夫人!避暑地の女王のような人。

20 更衣室

息ひそめとほりすぎたり花氷
■多分壊れないけれど、花氷の美しさを壊すまいとする感覚が良い。

小さきもの買ふためにある夜店かな
■和みます。郷愁を誘う。

30 おしゃれ

日盛りを包む表紙のやわらかさ
■何とも言えず好き。自分の一番好きな本を思い浮かべる。布装丁だろうな。

懐かしい漫画入道雲に似て
■この比喩は納得します。古い漫画のどうにも止まらないパワーとか。

おしゃれしてブッポウソウと鳴く娘
■ぎょっとさせるけれど、何だかおかしみがあって笑ってしまう。口をとんがらせてるのかな。

40 ぶん投げて
靴下を踏みつけてゐる裸足かな
■足の裏に感覚がきますね。あるあるある、という。

長虫の墓の真下に入りきる
■長虫の異様な長さや不気味さが感じ取れます。

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06 越智友亮

僕は「09 負け癖」に2点入れさせていただきます。
この作品には好きな句が多かったのと、粗い句が少なく、どれも平均的な作品に仕上がっていたからです。
例えば「はつなつのキャッチャーフライ高すぎて」「負け癖や糸瓜やたらとよく育つ」「夕立の手とか足とか持て余す」など。

次にいただいたのが「10 とろりとあかき」です。
好きな句は多かったのですが、若干粗さが目立ちました。「眉を足すだけの化粧や冷奴」とかがそれに当てはまると思います。

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07 岡田由季

09 負け癖 1点

はつなつのキャッチャーフライ高すぎて
笑い方おかしい人のなすび漬
夕立の手とか足とか持て余す

タイトルにぴったりの、ちょっと情けない、トホホなシチュエーションが次々出てきて笑ってしまいました。
「手前味噌並べて胡瓜ひと齧り」などはその意図が透きすぎる気もしましたが、全体として、嫌味なく、ひとつの気分を醸し出すのに成功していると思います。
タイトルも含め、自分の持ち味をよく理解している作者だと感じました。

29 長い街 1点

星合ひや木のてつぺんはまだ熱く
純愛やきゆうりは沈み茄子は浮き
白夜かも知れぬバンパー落ちてゐる

詩的な表現が並んでいるのですが、単にことばの美しさではなく、しっかりした手触りのある句が多いです。
「洗車まだ終へぬ半裸のひかる男」「土用波何してゐても爪がのび」などのユーモアにも好感を持ちました。

38 吊具  1点

煎茶のむ蝉の一つの鳴きをはる
どろどろになる夕焼の下のはう
手をかけて上を向かせる扇風機

派手さはありませんが、なるほど、と思わせる説得力があります。
観察が行き届いた10句だと思います。俳句でなければ表現にならないような、些細なところを上手に掬い取っていると感じました。


(全体を通して、好きな10句)

02 白紙の願書
 「白シャツに重き携帯電話かな」

03 成層圏
 「たちあふひ成層圏を吹く風よ」

08 夏痩
 「夏の蝶自画像の目はひらいてゐる」

09 負け癖
 「はつなつのキャッチャーフライ高すぎて」

10 とろりとあかき
 「聖五月しぼれば水の出る地球」

14 薄荷菓子
 「足の指ひろげて洗ふ日焼の子」

20 更衣室
 「息ひそめとほりすぎたり花氷」

23 白紙
 「風薫る白紙にうもれゆく二階」

35 シャツ汚す
 「ひきがえる中身は全て風であり」

38 吊具
 「煎茶のむ蝉の一つの鳴きをはる」

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08 佐藤文香

38 吊具 2点
それぞれの句にも10句の構成にも余裕があり、何でもない生活の一場面ながら好感を持てる作品でした。「校庭と校舎五月の雨降りをり」「煎茶のむ蝉の一つの鳴きをはる」「手をかけて上を向かせる扇風機」など、句の内側の空間を見せる絶妙のうでまえに、2点を投じたいと思います。

18 溺愛 1点 
言葉の示す物質に対する鋭い感覚に惹かれました。「油絵を深きに飾り夏館」の生む陰影、また「切り口を運河に向けて西瓜売る」に溢れる光線が、印象的でした。

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09 小林鮎美

18 溺愛 1点
タイトルに少しぎょっとしましたが、自分の感性を率直に詠ん
でいるのに新鮮で、そして濃密な世界観を持っていていいと思
いました。特に
「塔(あららぎ)を空へ沈めてゆく昼寝」
「単調な葉脈のある夏の旅」が好きです。

29 長い街 2点
「星合ひや木のてつぺんはまだ熱く」
「純愛やきゆうりは沈み茄子は浮き」
「雲が湧く兆しのやうなラクダの目」
「雷走る踏切のない長い街」
着眼点やモチーフがユニークで、一読してすぐに気に入ってし
まいました。

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10 坂石佳音

35 シャツ汚す 2点
読んでいる間いろいろな風が吹いたり止んだりしていた。
見回した通常の景色から数ミリ奥行きと巾もぶれさせて、新しい景の立ち上がる句に
思える。

05 青い椅子 1点
手放しに明るい・・・の反対側。
かなり好きな句と立ち止まって考えて、気になってといった句の交互にある感じ。




第1回 週刊俳句賞 互選:選と選評11-20

互選:選と選評11-20



11 澤田和弥

27 射ぬく音 1点
いまだ自分の確固とした方向性は見出されていないように思いました。
ただ10句を通して、青春性がとても強く流れています。そこに惹かれました。

34 日焼けのなすび 1点
これが俳句なのかどうか少し迷うところはあります。
しかしこの対象との距離感はやはり俳句なのかもしれません。
その距離感に惹かれました。

39 素足 1点
正直申しまして、最初の9句は全くよいと思いません。
しかしトリの句がとても素晴らしいです。
疎外感、暗黒性、寂寥感、死との関係。
それら水、特にプールが持つ負の部分がうまく
表現されていると思います。
ただ作者はそういう意味で作られたかどうかは
分かりませんが、私はそう解しました。
それだけ多くの負を詠みながらあっさりとした
表現が素晴らしいです。
最初の9句をトリの句への序奏と解し、
トリを本丸と見ました。
まさに一点豪華主義の粋だと思います。
この構成は他の39作品には見られないものです。

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12 星 力馬

24 焼け残る 1点
鞄よりかばん出てくる雲の峰
あをぞらの真下に瓜の冷えてをり
蠍座の尾の焼け残る晩夏かな
の3句が秀逸。発想の面白さと素直な句つくり。

27 射ぬく音 1点
豆腐屋の二階より来る素足かな
ピアノソナタ降りくる夜の水母の死
の2句が特によい。全体に、自然体でありつつ新鮮な取り合わせを感じます。

30 おしゃれ 1点
手の平を蝕むマウス熱帯夜
この1句は全応募作品のなかで特選。
他の句にもう少し力があれば、と残念。しかし離れた材料を的確に季節感に収束させている。

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13 中村光声

14 薄荷菓子 3点
この作者の句は、その言語によって特徴的である。どの句からも若さが迸っている。対象の捉え方に一工夫がなされており、斬新さが窺える。昨今の時代を反映してか、乾いた言語と季語との噛み合わせが微妙であるが、季語によって俳句として存立しているとも云える。それらの言語を眺める方が作者の理解には早いといえるかもしれない。その特徴的な言語を句より拾う。

 炎天下の「物憂げな暑さ」を象徴化しているカレーの具の溶け具合。
 黙々と食べる息抜きのぜりーに「ミケランジェロの気概」を重ねるひと時。
 夕焼けをみて「昭和三〇年代の前向きな世情」をオート三輪の走りに想い浮かべる単純さ。

内容が言語に依存しているためか、噛み合わせを間違えるとつまらない句にもなりやすい危うさもみえる。

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14 金子 敦

02 白紙の願書・1点
  柔らかで繊細な感性で統一されており、よく纏まっている。
  願書を捨てるというのは、どんなに深い事情があったのかと心が痛む。

05 青い椅子・1点
  自由奔放な発想の新しさに、魅力を感じた。
  盆踊りの最中に鉄棒をしているのは、作者の自画像なのかもしれない。

13 故郷行・1点
  作者の心情が素直に綴られている点に、好感を覚えた。
  「生きたしと思う」はやや言いすぎだが、読者の共感を呼ぶ。

その他、点を入れたかった作品は
20「更衣室」、28「オイルタンクの空」、34「日焼けのなすび」、
35「シャツ汚す」、40「ぶん投げて」です。

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15 興梠 隆

35 シャツ汚す 2点

40作品の中では抜群に粒ぞろいの10句が揃っていると思います。
決して派手な道具立てを使っているわけではありませんが、それぞれの句に読み流させない仕掛けと工夫があります。
蟾蜍の中身が風であることの意外性、蛍と鉄路という異質な取り合わせ。
「長いこと咲いてゐるなり時計草」そう言われると、時計草が機械仕掛けか何か植物以外のものに思えてきます。
「夕涼み家族がそばにゐる街の」何気ない句ですが、誰にでもある、無意識にふと家族のことが脳裏をよぎる一瞬をとらえていて上手いなあと思います。
花火が「ぶつきら棒」という把握も面白い。
「青き果汁」「年中泥濘る道」も読み手の想像力を刺激してくれます。

20 更衣室 1点

全体に作者のかすかな息遣いが感じられて、とても惹かれました。
「小さきもの買ふためにある夜店かな」、「ためにある」という表現が好みではありませんが、着眼点がいいと思います。
「遠泳やあたまのなかで歌ふうた」もなるほどの一句。
「沿ふ川に夜店のあかり流れけり」の夜店の捉え方も類想がないのではないでしょうか、優しい句だと思います。
一転して「ロックフェスの大光源へ夕立かな」は、この10句の中では異色の大景。強い雨脚をあまなく照らし出す照明(と大音響)が印象的です。

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16 平川みどり

06 さびしいかたち 2点

全体的に新鮮な感覚が魅力的でした。箱になる、トイレットペーパーの芯、太陽はさびしいかたちなど、個性がきらりと光っていました。

07 着衣  1点

句にゆとりが感じられました。自信に溢れた生活に裏づけされたものは強いですね。

楽しく選句させていただきました。また、とてもよい刺激を受けることができました。自句の類想類句からの脱皮のチャンスにしたいと思っています。

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17 山下つばさ

18 溺愛   2点

背景の広さ、深さを感じられる作品。
1句1句に日常の驚きが込められていておもしろい。

溺愛や鋏に映る扇風機
パレードを終へし女体へ青時雨
切り口を運河に向けて西瓜売る
この3句、特にいい。

09 負け癖  1点

簡単な言葉選びが成功していて、センスのよさを感じる。
タイトルからして肩の力が抜けていて、この脱力感に惹かれる。

負け癖や糸瓜やたらとよく育つ
昼寝覚め左右で違う乳房かな

力が抜けているだけではないのがいい。

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18 中村安伸

29 長い街 3点

言葉によって、物語ではない何者かを生み出そうという意志を感じた。
内面に強い屈折を作りながら、表面はあくまでもすべらかな肌触りを保っている。

一句ごとに見てゆくと、たとえば

 星合ひや木のてつぺんはまだ熱く

という句においては、祈りに昇華される直前の欲望のようなものが、

 すべりひゆ母の気流の塩味の

においては、あらゆる官能を揺さぶる小さな竜巻のようなものが、存在していると言うことができるだろう。

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19 米男。

今回、四十篇の作品を一挙に読ませていただき
各々の作品に綺羅星の如く輝く句が何句かづつあり
わずか三点という手持ち得点の少なさを嘆いておりました。
その内、これは私自身の不徳?好奇心の旺盛さに係わることで、
何点かの句には見覚えがあり、作者までが見えてしまったのは
まことに残念なことでありました。

まあ、それはそれとして、
そういう色眼鏡(身内びいき。。かな)を差っ引いて
05 青い椅子、07 着衣、10 とろりとあかき、14 薄荷菓子、22 碌々、34 日焼けのなすびの六作品を第一次選考として残させていただきました。

さて、難しいのはこれからで
せめて六点の持つ点さえあれば丸く収めたがる日本人気質なるものを発揮し
均等に分けてちゃんちゃんということになったのですが、
いかんせん手持ちは三点。。。

<05 青い椅子>
「キリトリ線通りに虹を切らむかな」「合歓の木や真空管のごと真昼」
上記二句が作品の中で群を抜いて秀でておりました。
しかし、全体を作品として考えるときに、他の句の力量が寂しいと感じました。

<07 着衣>
「主婦として裸足ですごす午前中」「如雨露から捩れた水の出てきたり」
女流の視点というのは男性のそれとは違い好奇の目で見られがちで有り
また見られることを喜びに感じる作家も多く見受けられます。
この句の作者には、そういう媚びた部分が見られず好感が持てます。

<10 とろりとあかき>
「聖五月しぼれば水の出る地球」「おおばこのちよつと踏まれに生ひ出けり」
「口ごたへして赤すぎる苺かな」「らんちうのとろりとあかき残暑かな」
この作者の句には断言することによって共感する部分が多かったです。
それが押しつけと感じないうちは面白い!と思うのでしょうが
その反面、押し付けられていると感じた時には、首を捻ってしまうのも確かです。
どこまで、読み手を欺けるか楽しみではあるのですが。

<14 薄荷菓子>
句の構成、句の面白みにおいて熟練されすぎて
別格のような(リングが違う)雰囲気を醸し出してます。
そういう点では、新鮮味に欠けるのかもしれません。

<22 碌々> 
「はんざきがゐて水底といふがあり」「有刺鉄線空蝉をぶら下げて」
「見せずとも褒め称えつつステテコを」「桑の実の甘くてボール見つからず」
句歴の長い方の作品に思えますが、
俳人俳人した変な癖のない句に面白さを感じます。

<34 日焼けのなすび>
口語を使う事によって醸し出される瑞々しさ、若々しさは
今回の作品群の中ではピカイチかと思います。
それがたとえ聞きなれたフレーズであったとしてもです。

米男選
10 とろりとあかき  1点
22 碌々       1点
34 日焼けのなすび  1点

----------------------------------------------------------------
20 浜いぶき

03 成層圏 2点

物語性豊かな世界が、17音のなかに過不足なく充ちていて、読み込むほどに惹かれ
ました。
「裸身いま内より光出しさうな」
「たちあふひ成層圏を吹く風よ」
潔く主観を言い切り、しかも言葉が感覚に追いついています。読む私は置いていかれ
ません。
「未だ土の濡れてをるなり夏の鹿」
「斎宮の袂を抜けて朝螢」
「ゆらゆらと祝女戻りくる日の盛り」
句の世界の神話的な美しさ、ぎりぎりではぐらかされるような、
幻惑される空気が魅力だと思うのですが、
語の選び方、運び方の合理的な美しさが、それを深く支えていると思いました。
どの句も、言葉から立ち上がるイメージにぶれがない。

作者は、感じたことを言葉に置き換えるのではなく、言葉をもって感じる人なのだと
思いました。
羨ましく、憧れを抱きます。

08 夏痩 1点

「夏の蝶自画像の目はひらいてゐる」
「停留所まで豆腐屋の打水は」
「掬はるる前夜の金魚なり黒し」
が、とくに良かったです。

奇をてらわず、ごく質素な単語だけを使っているのに、
ほどよく現実から遊離してしまったような、不思議な感覚にさせられます。
「打水は」で止めたり、「金魚なり黒し」と切り返したりする語法も、
リズムの崩しかたが小気味良いので、巧みに新鮮なイメージを創り出していると感じ
ました。





第1回 週刊俳句賞 互選:選と選評21-30

互選:選と選評21-30



21 大井正志

14 薄荷菓子 1点

淡々とした一句一章で統一され、表現にぶれがない。句のリズム、テイストも一定し
ていて、心地よい安定感がある。7句目「オート三輪」で追憶を挿み変化を付けてい
るところも巧み。

34 日焼けのなすび 1点

「洗い髪」、「夏痩せ」、「西瓜」など、従来の季語の射程の外を言おうとする意欲
的な試みがよい。感覚が良いと思う。
問題もある。終助詞の切れに複数の意味が発生するため判断に迷ったが、最も良いと
思われる解釈とした。ただ、一句単独で読む場合に同じ解釈になるかどうか。
鳩サブレー買う<の>あじさい見る前に  軽い断定
洗い髪とは言えない<ね>短くて  同意を求める
夏痩せのせいじゃない<でしょ>その皺は  同意を求める
また、
西瓜ぶらさげて愛馬を訪ねけり
で、「けり」を唐突に使っているが、日常会話でいきなり文語を使うジョークに似た
滑稽感が生まれてしまう恐れがある。

40 ぶん投げて 1点

自在な文体、飄逸な雰囲気。スタイルが確立している感じがする。
「腰扇」、「広前」など読者を放り出すような言葉を使ってアクセントを出してい
る。ひょっとしたら遊んでいるのかも。どうであれ巧緻としか言いようがない。

感想

予選で取った作品は、上記の外に次の6作品でした。ごく簡単なメモですが、コメン
トを書いてみました。勝手なことを言いますが、ひとつの意見としてお聞きいただけ
れば幸です。

03 成層圏
「たちあふひ」、「如露」、「夏の鹿」で極められた、と思いきや「斎宮の」~「頬
杖や」がやや陳腐。でもそのあとの「金星」は良かった。
表現に瑕疵や疑問がなく安定感がある。

05 青い椅子
既往の俳句的情緒を越えようとする積極的な姿勢が感じられ、好感が持てる。(「八
王子」、「ふぐり」)
「悪い口」「青い椅子」を固有名詞的に扱っているが、その意味は解けなかった。

07 着衣
「主婦」「シェフ」「如雨露」「噴水」にリアルがある。
活用の誤り、口語の混入は残念。

15 ベタ
「忌」を散りばめて不安を表現しているのだろう。意欲的にテーマを志向している点は魅力で非常に良いと思うが、不安の中身が読みきれなかった。

17 落し物
表現の革新性では最右翼(左?)。「ピカチュウ」の583、「蛍」の773の韻律は独自で、三音から生まれる片言性が面白い。
仮名表記の不統一は残念。

29 長い街
取り合せ、比喩に斬新さを求めている。特に形容がよい(「塩味の気流」「雲が湧く兆しのやうな眼」「踏切のない長い街」)。
しかし???な句もある。
「唄つてくれし」 何故文語か
「土用波」 類想感がある上、この情緒は作品にそぐわない。

この他にも好感の持てる作品がありましたが、全体的におとなしめ。もっと冒険を試みても良かったのではないか、と感じました。


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22 すずきみのる

03 成層圏 1点

独特の叙情性に心惹かれる。ややムードに流されているかもと思われるが、その
甘さもある種の心地よさに繋がっているようだ。

24 焼け残る 1点

素材の捉え方が面白い。切り込みの角度に作者の個性を感じる。言葉の斡旋も凡
ならず、と思う。

35 シャツ汚す 1点

「もの」なり「こと」なりに対する独特の感触が面白い。特に「ひきがえる」の
句は秀逸。

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23 モル

06 さびしいかたち 1点

初夏の水の味することばかな
眠たくて百合のかたえに箱になる
蝉しぐれ窒素がこもるガラス瓶


09 負け癖 1点

笑い方おかしい人のなすび漬
負け癖や糸瓜やたらとよく育つ
夕立の手とか足とか持て余す

24 焼け残る 1点

ゆふぐれは発破と思ふ瀑布かな
かはほりや音の中なるフィラメント
弛みたる水平線を金魚玉

上の三作品を一点ずついただきました。
他に点はいただかなかったのですが、

02 ひと言に団扇一瞬止まりけり
10 眉を足すだけの化粧や冷奴
12 音たてて音けすゆだち子供部屋
20 遠泳やあたまのなかで歌ふうた
28 一房の一気に黒くなるバナナ
29 雷走る踏切のない長い街
39 友達の流れてこないプールかな
の句が良いと思いました。

40作品、面白く読ませていただきました。
結果発表を楽しみにしています。

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24 村上瑪論

12 一戸建 1点

10句を括った場合、そのタイトルが生きている作品ではと。「一戸建」のテーマに添った題材が各所に反映されている面白さ。さらに、「寝室の朝の結界ほととぎす」の寝室の朝の静けさから結界、そしてほととぎすへの跳躍感、「音たてて音けすゆだち子供部屋」の音が音を消す子供部屋の有り様に夕立を持ってきた実感、「開きかけの浴室の窓半夏生」のいかにも半夏生ならではの景が見えてくるような安定感、「真つ白きトイレの戸棚なか晩夏」のトイレの戸棚の中には晩夏が潜むというどこか気怠い既視感、という随所に凝った構成が伺えることのできる作品だった。


14 薄荷菓子 1点

10句の集合体としての完成度は高く、この一句があるために足を引っ張るということもない。たしかに優等生的な出来である。が、その分凹凸感が乏しくなるのはしょうがないとしても、もうすこし冒険した作品がほしかったような気もした。つまり、安心感と引き替えに甘く危険な香り(笑)が足らなかったのだろうか。しかし、「昼顔に~」「ストローを~」「短夜や~」は、それなりにきれいにまとまっている。また、「カレーの具~」「オート三輪~」「夕涼の~」はどこかに昭和の匂いを隠し持ち回想的である。そう、まさに「三丁目の夕日」的魅力があった。

35 シャツ汚す 1点

視点の角度に独特のものがある。気がつくとどっぷりとこの世界にはまっていた。ただ、これがダメだいうわけではないが、「ひきがえる中身は全て風であり」はちょっと大雑把すぎはしないだろう、か。「点すまでぶつきら棒な花火なり」は秀逸である。いや、笑い転げ愉しんだ。ムッツリとしていた花火が、点火した瞬間に今までとは打って変わって饒舌になる仕掛けに腹の皮が捩れ、かつどこかにペーソスを感じさせるという手の込んだ描写。本来ならすべてが平仮名表記であるところあえて「棒」としたことで、ネズミ花火なんかでない花火の形態を見事に表している。

全体を通しカタカナ表記に寄りかかった句が多かったようにも。もちろんそれがいけないというわけではない。問題は使いこなせているかである。あとは、人名、忌日、名詞等にもたれかかったのが目立った。遊びとしての狙いはわかるのだが、それならそれで、もっとインパクトがほしかった。それともこちらのアタマが硬いのか。この一句がなければいいのにというのがあり、反対にこの一句があるのに他のテンションが低く惜しかったというのもあった。10句という少ないフィールドの中で、クオリティのバラツキが多くの作品に見られた。さらには、限られた句数の中で同季語、または類似季語をちりばめるのは、技の少なさを披露しているようでもったいないのでは。

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25 中嶋憲武
14 薄荷菓子 2点

とてもよくまとまっている10句と思う。「海開き」で始まり、短夜の波の音で終るあたり、ニクい。朝、昼、夕、夜という推移もよく見える。特に真夏の昼のぼうっとした感じが、昼顔、ゼリー、ストローなどの小道具によく表れている。完全に脱帽です。

03 成層圏 1点

気持ちよく、小気味のいい句が並ぶ10句。たった10句でテーマ性のようなものが見え隠れしているのも面白い。

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26 三島ゆかり

07 着衣 1点

特定の瑣末な対象を詠むわけでもなく、滑稽に走るわけでもなく、景を自然に詠みつつ一句をものにするのは、じつはなかなかできるものではない。「白南風の午後がはじまる畜産科」「裏路地に半袖のシェフあらはるる」などのいっけん無加工な、それでいて配慮の行き届いた味わいが、まとまった句数を並べると際立ってくる。

10 とろりとあかき 1点

「口ごたへして赤すぎる苺かな」「五月闇緋色の絹の糸電話」「らんちうのとろりとあかき残暑かな」と、わずか十句の中に三句も赤を配置してアクセントとしている。「眉を足すだけの化粧や冷奴」と控え目に詠まれるわりには、おのずと派手を心得ているように感じられる。赤だけではなく、「地球」とか「四苦」といった強い言葉の置き方にも、それは感じられる。

39 素足 1点

文語旧仮名の句群の中で「お風呂」とか「ともだち」とか「ヱビス・ザ・ホップ」といった言葉は一般的には浮くと思われるが、ここでは去りゆく青春の光を乱反射させつつあやしげな魅力を放っている。豊島園などの「流れるプール」を逆手に取った「ともだちの流れてこないプールかな」には曰く言い難い切なさが感じられる。

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27 飯田哲弘

02 白紙の願書 1点

全体に落ち着きがある。奇をてらうのではなく、
新しい句を作ろうというのではなく、ごく素直に
日常生活の心の機微を上手に捉えていると思った。

14 薄荷菓子 1点

十指、足の指、舌など、肉体的感覚に富む作品。
全体として上品だがお高く止まっているのでもなく、
しみじみとした情緒が長く後を引くのが印象的。

29 長い街 1点

意味の通りにくい句もあるが、「雲が湧く」で頂いた。
「賛美歌を」のような視点もおかしみがある。

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28 近 恵

14 薄荷菓子  2点

一句一句が爽やかな景が浮かんできていい。
素直に読まれていて好感が持てる。
全体の構成もきれいにまとまっている。

03 成層圏  1点

句作りが上手いと思った。
全体を通してしっかりとしている。
甘くなりすぎずいい。

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29 振り子

04 枇杷    1点

「枇杷」で十句、テーマ詠としてさりげなく力みなくよくできていると思いました。
個人的には10句目が少々惜しいように思いましたが。

12 一戸建   1点

これは好きです。「子供部屋」、「二階廊下」など特に。テーマ詠のよさが出ていると
思います。こんどは「マンション住まい」のもいいかもしれない。

21 悪魔辞典  1点

人名、固有名詞と季語の関係、絶妙です。固有名詞は乱れがちになるところ、
ジャスト17文字、乱れていない。佇まいよい句軍です。
「西園寺公一」「愛一郎」「山海塾」「タマラ・プレス」「豊登」このラインナップにふるえました。


■全体感想。
週刊俳句が「賞」とはいささか驚きました。
賞の意味が掴み切れぬまま、ごく当たり前に近作を10句俎の上に乗せて
みたくなり思わず参加させていただきました。
39作品のどれも真面目な句作りのあとを感じました。
どなたの作品にも一句一句にそれぞれ佳句がありましたが、選句には十句の塊、
作品ということに重点を置きました。
持ち点3点で、頂けなかったのですが作品として「01歩き出す」「07着衣」「38素足」
このあたりにも魅かれました。

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30 岡本飛び地

14 薄荷菓子  1点

全体的に爽やかな雰囲気が漂い、一句一句を見てもそれぞれ完成している。
自由な発想や感性、そして観察眼を持ち合わせていないとこうはいかない。
浜辺に行った1日を10句で描いたように読める。
他にも背景やテーマを絞った作品が見られたが
この作品だけは、句同士が変に干渉せず、飽きもなかった。
それは、句が作品を構成する一部分でなく、
それ自体が一つの作品として大切に作られているからだろう。
目標にしたい形の一つである。

17 落し物  1点

10句の中に笑いも爽やかさも切なさも込められていてバラエティー豊か。
この作者は他にどんな句を詠めるのだろうか、と期待してしまう。
全ての週刊俳句読者が知っているはずの宮崎二健の名を出すあたり、
エンターテイメント性と遊び心も感じる。
作者には失礼かもしれないが、決して正統派ではないこの作品・作者に
他のどの賞でもなく、週刊俳句だけが賞を与えられると思う。
なお「両肩にマスクメロンを乗せダンサー」は全句中、特選。

23 白紙  1点

感性、というか豊かな発想を感じる。
わかりやすいのに決して媚びていないところにも好感が持てる。
「あめんぼ――」の絶妙な距離感といい
「洗濯機――」の日常の緊張感といい
「歌止みて――」のイメージの広がりといい、
いちいち魅力的で小憎らしいくらいである。
魅力的でも「てにをは」に違和感がある作品がいくつかあったが、この作品にはそれがない。
一字一句を丁寧に選ぶことで、
作者の思い描いたモチーフの味が最大限に発揮されているのだと思う。






第1回 週刊俳句賞 互選:選と選評31-40

互選:選と選評31-40



31 兎六

03 成層圏 1点

  窓開けて花殻を摘む巴里祭
  斎宮の袂を抜けて朝螢
  ゆらゆらと祝女戻りくる日の盛
読んでいて自分の知らない光景が開けるという意味で一番印象的でした。
その分、他の句は一息つくという形で読んでしまったのですが。

14 薄荷菓子 1点

白雲に、サーファーの、オート三輪はそれほどではなかったのですが、
他の七句すべて夏の景色が五感に蘇ってくる感じでした。
けれど、実感というよりは読ませる上手さというか、俳句の外側の人でも楽しめる作品だと思います。
四十作品を通して読んでいるとき、この一作だけ読んでいる感覚が違いました。

07 着衣 1点

なにが見えていてなにが気になっているか、
生活と自身の感覚を丁寧に切り取った作品群だと思います。
  見てをらぬときに噴水高くなり
は、私は感じない感覚だけれど、作者がそう思った背景も見えきます。

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32 宮嶋梓帆

18 溺愛 2点

ともすれば蛇足となりがちな、句の中の3つ目の要素が妙だと思った。
これらのどれが「失敗」するわけもなく、一句の成り立ちを左右する要素として存在感を示している点を評価したい。

溺愛や鋏に映る扇風機
(溺愛)
夏空や油膜のごとく怠けゐて
(怠け)
紫陽花の暇さうに咲く昼餉かな
(昼餉)
梅雨寒や姿勢正しき夜のシャツ
(夜)
油絵を深きに飾り夏館
(深き)

全体としてのまとまりも、評価すべき点。
一貫して対象との距離をとりながら、10句がまとめられている。


11 疎遠 1点

観念ではあるが、共感あるいは納得できる句があることに好感をもった。

夕立や駅は戦後のごとく混み
我が脳に水母散乱してをりぬ

ただ、その観念が作者の妄想まで行き過ぎてしまっている例も見られた。

焼跡より黒き跣足の見えてをり
夕焼けにいきなり朱き背後かな
夕立果て裁判所より被告人

これらは作者の妄想によってできた、いわゆる「できすぎた句」となっているように思う。
妄想なら妄想(観念)として、実風景なら実風景としての句となればより魅力が増すように思う。

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33 上野葉月

05 青い椅子 1点

十句中、どうもなじめない句もあるのですが、全体に確かな手ごたえのようなものを感じました。
助手席の茄子ぎゆうと鳴き八王子
は今回の応募400句の中で一番好きです。

30 おしゃれ 1点

何かに挑戦している感じがして好感を持ちました。

31 水すこし 1点

動物句を揃えているところを評価します。すこしきれいすぎる整いすぎている印象はあります。

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34 お気楽堂

10 とろりとあかき 2点

気持のいい句群。なんでもない景をさらっと詠んでいておしつけがましくない。
特別な出来事とか物語でなく、ものすごく共感するというのでもなく、涼風に
ふかれたような心地よさでした。

19 なんだかんだ 1点

  雨ですねほんま雨やなかたつぶり
  はよせんかもうちよつとだけ夏休み

あははと笑ってしまいました。関西弁はずるいなぁと思いつつ、それだけでは
ない魅力に投票。「なんだかんだ」というタイトルがぴったりで、その辺りの
脱力加減も好みです。

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35 小池康生

『週刊俳句』が始まり、数ヵ月後に『俳句研究』の休刊(廃刊)、
これはとても象徴的です。
運営の苦しい紙媒体の俳句誌が、経済的に困窮し、廃刊。

そこに、経済的苦慮がなく、しかも多くの俳句誌が月刊であるところに、
週刊で発行する身軽さ。
しかも、webマガジンということで、結社の政治力に影響されない、
圧力的な声の届かないシステムの中で
運営される俳句webマガジンは、革命的でさえあります。

その身軽さのなかで、俳句賞が始まり、
そこでもwebマガジンであることの特性を意識し、
読者票、互選、さらには総合誌にも劣らぬ審査員、
ここには、既成の窮屈さがなく、
理想を追求する創意工夫があつて爽やかです。

わたしは、<可能性>へ参加したわけです。
その互選ですが、
全体として、なにか読みにくく、一つには横書きのせいもあるのでしょうが、
それは覚悟の上で読んでいたわけで、
読みにくさや違和感の原因は、
文字間が狭すぎたせいではないかと思っています。
この文字の詰まり方は、”切れ”を味わったりするのに向いていないと考えます。

縦書きの印刷物である俳句総合誌も、きっと縦書き俳句表記の文字間隔に
試行錯誤があったことだと思います。

横書きの、webマガジンも、俳句表記のベストを発見していただきたいと
感じた次第です。

さて、
全体の作品を読んでの感想は、
若い作家が多いのかなということでした。
webだから、平均年齢は若いのは当然、
それが既成の総合誌と違う世界を築くのでしょうが、
もう少し、年配の人の俳句も読みたいというのが
正直なところです。

22 碌々

最初の二句が分からなかった。
三句目、
はんざきがゐて水底といふがあり
  これが最初の句なら、もっと気持ちがよかつたのかもしれない。

蜘蛛の囲を破り赤きもの掴み出す
  <赤きもの>と中8なのが気持ち悪い。<赤きを>で
  よかったではないか。句意は面白い。

有刺鉄線空蝉をぶら下げて 
 まるで、鵙の贄を連想する。鵙の贄の季節ではないが、
 この景は、夏の一場面としてリアリティがある。<下げて>は
 <提げて>ではないだろうか。

刈草のなか寸断の蛇の衣
 句またがりも、効果的。ドラマティックな世界が存在する。

黄の色を宙に点じて鬼やんま
 鬼やんまに黄の色があるのだが、こういう言い方で詩を
 発生させる。

 印をつけた句を並べたが、これは『碌々』、つまり”安らかなさま”を
 伝えているかというと、テーマは、裏返しなのかとも思う。

34 日焼けのなすび

 一読、これに3点かと思ったのですが、10句出しで、
 残念な句があるのは、やはり3点ではないなあと感じました。
 
一句目の、

ががんぼのようないとこの婚約者

 どうしてこれが一句目なのか、もったいない感じがします。
 一句目二句目がよく分からない句が多いのも、全体を通じて
 感じることでした。

ご近所のみなさま虹がでましたよ
 今回の全句のなかで一番好きだった句。今見ている虹、どれだけの人と
 共有しているのか、どこまでの範囲で見えているのか、
 虹の範囲は、<近所>という把握がおもしろく、さらには、<みなさま虹がでましたと>
 という呼びかけの明るさがなんとも好ましいのです。

洗い髪とは言えないね短くて
 なんでもないが、人物として魅力を感じる。

夏痩せのせいじゃないでしょその皺は
 ちょっと怖い句。繰り返し読めば<関係性>が見え、面白い。

西瓜ぶらさげて愛馬を訪ねけり
 <ぶらさげて><訪ねけり>という重ねかたがシンドイ。
 しかし、この作者のこういう生活の一面が、虹の句を作る
 素地かもしれなと考えると、この句にも意味があるのかも。
 しかし、作品としては弱い。

39 素足

 ここでも一句目は、シンドイ。
 二句目、

貸しボート指の長さを比べ合ふ
 恋愛感情。皮膚感覚がありながら、いやらしくも無く、
 読み手として恥ずかしい思いをしないで済む。

薄闇を集めて夾竹桃白し
 こういう句は、10句の幅を』広げる。

はんたいのことばを書いて素足かな
 渚の景だろうか。ひらがなの<はんたい>は
 可愛い範囲。省略が効いている。

ともだちの流れてこないプールかな
 <ともだち>は、流れてくるものらしい。
 それが流れてこないというのだ。変な句。
 それでいて、気になる。
 ひらがなの<ともだち>。他の句にも
 ひらがなの<はだいろ>、<はんたい>、
 前半にひらがなの句を配置しておけば、
 もっと効果的なのに。

以上、自分のことを棚にあげ、好き勝手を書きました。
この実験的なコンクールが、ひとつの有益な鋳型となることを
祈り、賞の行方を楽しみに拝見します。

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36 青島玄武

35 シャツ汚す 3点

全体的に無理のない作り方で、好感を持ちました。平明な部分がよく利いていて凡庸にならない、俳諧味を保ちつつも詩性は崩さない、高い技巧が見られたと思います。

ひきがえる中身は全て風であり

ユーモラスな風貌で、夏の俳句の題材に欠かせないヒキガエル。そのユーモラスさを生かしたり、逆に土のなかにいる厳しさをモチーフにした俳句が目に付きますが、その中身を『風』と捉えたのは、この句が初めてではないでしょうか。あの焦げ茶色の、ゴツゴツとした風貌の中身を風と捉えるのは、少しムリがありそうな気がしないでもないのですが、「全て」という言葉で強引に等号で結んでしまったことによって、あのゴツゴツの皮一枚下に清清しい青空があり、わあっと涼風の吹くという、なんともいえない幻想的な風景画が見えきます。その絶妙さに納得の一句だと思いました。

螢狩鉄路のうへを歩みけり

短編映画のワンシーンのような作品。読者に想像力で、どのようにも展開できる楽しさがあります。

黒南風や訊きなほしたる島の数

「訊きなほしたる」にとぼけた面白さがあります。句の中の一言の置き方で、こうも句の中の世界が変わるのかと痛感せずに入られません。

夕涼み家族がそばにゐる街の

最近、句の終わりを「の」にする句をよく見かけます。この句も、終わりを「の」にしていることによって、町のどこで夕涼みをしているのかを読者に任せています。この「の」はよく利いていると思いました。

四万六千日東京タワーにも寄りて

浅草寺のお祭り、四万六千日。扱いにくい季語だと思いますが、意外にもお祭りそのものの風景ではなく、「東京タワーにも寄った」という外し。浅草寺・東京タワーという、東京の二大観光スポットを一句の中にぎゅうと押し込み、箱庭的な都会の風景を独特の俳諧味でくるんだ面白い作品です。

点すまでぶつきら棒な花火なり

手花火を点しているときの句は数あれど、燈す前の姿を呼んだ区はなかったと思います。その着想の時点でこの句は成立していると思いますが、そこに「ぶつきら棒な」という形容。火を燈してこそ生きる花火の、その前の姿は、たしかにふてくされて寝ているような姿です。「花火かな」とせずに、「なり」で切ったのも、花火のぶっきらぼうさをよく表していると思いました。

夏の果川の漁師の網細か

ただ、網が細かいことしか言っていないのですが、「夏の果」という季語の斡旋によって、徐々に秋へ移り行く淡いペーソスが、皮のせせらぎとともに聞こえてくるような繊細な句です。

「何もいわないけど、何かある」俳句の面白さと醍醐味をあらためて実感する作品群だと思いました。

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37 前野子壱

02 白紙の願書  1点

良い句があると思いました。柔らかく薄き靴底聖五月、暫くは採血の跡半夏生など○。白紙の願書を題目にしたのは何か理由があるのでしょうか?若い主婦の方かもしれませんね。ちょっと説明的な句もありました。次の間に、皆揃い、風鈴や、きょうだいの、などです。

28 オイルタンクの空  1点

27とどちらか悩みました。上手さは直近の27の作品が上手いかと感じましたが、心の動きが見えるので、こちらに1点入れました。前半中盤に良い句がありました。後半の句はちょっと。つま先のの「一途や」、空蝉のの「背な?より」などです。夜濯やの句、どこかで見たような気も。

34 日焼けのなすび  1点

口語体の使用が試みとして心地よく感じました。佳句も多し。でも、一連の流れで第九句目はこれいかに?突然けりが出てをりぬ。それと、なぜなすびなのですか? いとこの事か作者か、その配偶者の方なのか気になって眠られなかったので(嘘ですが)教えていただけると幸いです。

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38 上田信治

07 着衣 1点

「常設展順路たつぷり緑さす」「如雨露から捩れた水の出てきたり」
「見てをらぬときに噴水高くなり」「敷物のやうな犬ゐる海の家」と、
いただきました。「敷物の」の句。犬をモップや敷物に例えるのは常套
ですが、そんな毛の長い犬がいるというのは、なかなか、今風の「海の
家」の風景だと思います。客じゃなくて店側の人間が連れてきた犬かも
しれず、そんな海の家が好きかどうかは別にして、新しいかな、と。
「新緑が着衣の端に染みてくる」は、ちょっとつらいです。

20 更衣室 1点

「小さきもの買ふためにある夜店かな」「ロックフェスの大光源へ夕立かな」「遠泳やあたまのなかで歌ふうた」と、いただきました。特に「ロックフェス」は◎。これいやだー、という句が見あたらない手堅さも○。「沿ふ川に夜店のあかり流れけり」の「沿ふ川」という言い方などは、上手く言うことが目的化してしまっているような気もするのですが、上手いことを傷とは、言えないですし。(ちょっと、くやしまぎれが入っているw)

40 ぶんなげて 1点

「目と鼻の間に飼うてをる蚊かな」「雷雲をたくしあげたるだけのこと」「ぶん投げて去りぬ夕立の神様は」と、いただきました。「ぶん投げて」の句。人はみな、自分もいろんなことを「ぶん投げて去り」たいと思っているわけで、憧れます。「神様」に憧れさせる句なんて、すごいじゃないですか。

次点 06 さびしいかたち 

「修司忌の田んぼの上の空が青い」と「六月がトイレットペーパーの芯」が並んでいたので、作者を信じる気になりました。でも、どっちかだけでは、信じられなかったろう、ということで次点。

好き句
01「目高とるいきなり網を突つこんで」
02「白シャツに重き携帯電話かな」
03「一歩ごと如露より水のこぼれけり」
08「露台てふうちのそとがはにて侍り」「停留所まで豆腐屋の打水は」
09「閑古鳥グラタン皿の白さかな」
10「掌をかへせば裏へかたつむり」
14「カレーの具おほかた溶けて海の家」
15「籐椅子の夫人は靴を脱がざりき」
18「切り口を運河に向けて西瓜売る」
23「洗濯機まわる夕立の迫り来る」
24「あをぞらの真下に瓜の冷えてをり」
32「ローソンの青の青さよ夏の月」
35「ひきがえる中身は全て風であり」

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39 宮本佳世乃

18 溺愛 2点
くっきりはっきりコクのある作品群。表題句は抜群だと思います。

14 薄荷菓子 1点
言い過ぎることのない、穏やかなつくりでいいと思いました。

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40 島田牙城

38 吊具 2点

1,3,6,8,10句目に特に注目しました。

俳句は日常のほんの些細な出来事なり、

一般には出来事とも捉へられないほどの動きの中にあるのだ

といふ、この作者の声が聞こえてきさうな作品群でした。

10句目 濡れ傘を巻かず持ちをり夏の暮

の傘や、5句目のフォークには、たくさんの物語が潜んでゐるやうです。

また、この方の作品には大きな失敗がありませんでした。


39 素足 1点

この作者も、大きくは失敗しない人ですね。

また、8,9,10句目に僕はこの方の可能性を感じるのですが、

ラスト3句がいいといふのは、読者・選者としては有難いことです。

正直、そこまでの7句は平均点の句が並んでゐるのですが、

最後に来て大逆転をしてくれた感じです。



(総評)

一回づつ、全作品に5点満点で点数を付けながら、
編数を絞つていき、都合四度読みました。
第一回選考で25編残し、

01,02,03,07,08,09,10,14,15,16,20,21, 22,
23,24,25,28,32,33,35,36,37,38,39,40

一日置いて、第二回選考で10編に絞り、
この10編に我が応募句が図々しく残つてゐたので、
これはこの段階で去つてもらふことにしました。よつて残り9編。

01,03,08,10,21,24,32,38,39

また一日置いて、第三回選考を実施、
03,21,38,39を残し、再読の後、38に2点、39に1点とすることにしたのです。

最終的に落とした03と21について簡単に触れませう。

03 成層圏

僕は2,3,4,8,9の5句に注目したのですが、
1,6,10句目は未熟、
5,7句目は、たつた10句の中に「斎宮」と「祝女」が登場することに違和を感じとしまひました。
幅広い多様な作風が10句に混在してゐて、将来性の高い方だらうと存じます。

21 悪魔辞典

人名読込俳句で統一する力技の10句で、読み応へ十二分の一連でした。
特に2,4の2句に僕は満点を付けてゐます。
俳句の核心を会得してゐるだけでなく、
能力・センスを持ち合はせた人だと思ふのですが、
「タマラ・プレス」が1960年代の陸上選手
「イリア・クリヤキン」がナポレオン・ソロの相棒
だと知つても、それ以上の面白さを見出せなかつたのです。
策に溺れたとも言へますし、僕の読解力不足とも言へるでせう。
特に9句目の「木立→梯子→実生」の連想は失敗と思へました。

あと、注目した句は、

08夏痩 3句目
10とろりとあかき 6句目
24焼け残る 5句目
28オイルタンクの空 5句目
32ひるがお 1句目と5句目
など。全体的に面白い選でした。

結果的に、中年(?)の風格ある作風と、若い(?)ながら堅実な作風といふ
違ふ手応への2編を推せたことも僕としては満足してゐます。
有難う御座いました。(以上)





第1回 週刊俳句賞 応募者プロフィール

応募者プロフィール



01 久保山敦子 くぼやま・あつこ
1955年、久留米市生まれ。2005年、朝日俳句新人賞受賞。「白桃」同人。

02 浜尾きら はまお・きら
1973年生まれ。97年「ジャスミン俳句会」に参加。俳句を始める。

03 榊 倫代 さかき・みちよ
1974年生まれ。天為俳句会同人、第4回(2007年)天為新人賞。

04 谷 雄介 たに・ゆうすけ
1985年、愛媛県生まれ。トーキョーハイクライターズクラブ所属。

05 藤 幹子 ふじ・みきこ
1978年生れ。2007年4月「炎環」入会。

06 越智友亮 おち・ゆうすけ
1991年生まれ。中学生のとき塩見恵介先生の手ほどきで俳句を作り始め、現在、池田澄子先生に師事。第3回(2006年)鬼貫青春俳句大賞を受賞。

07 岡田由季 おかだ・ゆき
1966年生まれ。東京出身、大阪在住。「炎環」「豆の木」所属。ブログ「ブレンハイムスポットあるいは道草俳句日記」 http://blog.zaq.ne.jp/blenheim/

08 佐藤文香 さとう・あやか
1985年生まれ。「ハイクマシーン」「里」所属。第二回芝不器男俳句新人賞対馬康子審査員奨励賞受賞。http://www.geocities.jp/aya6063/

09 小林鮎美 こばやし・あゆみ
1986年、群馬県生まれ。法政大学文学部三年。「東大俳句会」「トーキョーハイクライターズクラブ」あたりにお世話になってます。

10 坂石佳音 さかいし・かのん
1965年生まれ。「白露」所属。ミクシィでほぼ毎日俳句入り日記を更新。他にもインターネット上でいろいろ公開。

11 澤田和弥 さわだ・かずや
1980年静岡県生まれ。早稲田大学俳句研究会にて俳句をはじめる。現在「天為」俳句会会員。

12 星 力馬 ほし・りきま
2007年6月までの「野茂めとろ のもめとろ」より改名。1966年東京生まれ。2004年より作句。2006年より「炎環」会員。ブログ「星 力馬 俳句日記」現在充電中 http://blog.goo.ne.jp/rkm0176/

13 中村光声 なかむら・こうせい
1947年東京下町生まれ、東京在住。「虎落笛」「水煙」「虹」にて俳句活動。インターネット俳句協会会員、現代俳句協会会員、日本伝統俳句協会会員、句集&紀行文「奥の細道 吟行膝栗毛」。

14 金子 敦 かねこ・あつし
1959年神奈川県生まれ。1985年作句開始。1987年「門」入会。1989年門新人賞受賞とともに同人となる。1996年第一句集『猫』上梓。1997年俳壇賞及び門同人賞受賞。2002年「門」を退会し「新樹」に入会 2003年「新樹」同人となる。2004年第二句集『砂糖壺』(本阿弥書店)上梓。俳人協会会員。

15 興梠 隆 こうろき・たかし
1962年鹿児島県生まれ。「街」所属。

16 平川みどり ひらかわ・みどり
1956年生まれ。福岡県太宰府市出身。熊本県在住。2005年俳句を始める。「滝」所属。

17 山下つばさ やました・つばさ
1977年生まれ。2004年「あすか」入会。2007年「街」入会。

18 中村安伸 なかむら・やすのぶ
1971年、奈良県生まれ。東京都在住。現代俳句協会会員。「豈」同人。共著に『無敵の俳句生活』俳筋力の会編(ナナ・コーポレートコミュニケーション)、『21世紀俳句ガイダンス』現代俳句協会青年部編(邑書林)。
サイト「yasnakam.net」http://www.yasnakam.net/

19 米男。 こめお
昭和元禄前生。受賞歴などまったくもって無関係。

20 浜いぶき はま・いぶき
1987年、東京生まれ。大学入学直後に俳句に出会う。慶大俳句会所属、現代表。

21 大井正志 おおいまさし
1953年生。「街」会員。インターネット句会(きっこのハイヒール)に参加。50歳を過ぎて俳句を始め、最近少し面白くなってきた。

22 すずきみのる
1955年生まれ。京都市在住。俳人協会会員。『参』『鼎座』所属。句集『遊歩』。

23 モル
1986年生まれ。2006年、友達の友達からある日句会の招待状が届く。現在「トーキョーハイクライターズクラブ」で俳句活動中。

24 村上瑪論 むらかみ・めろん
1956年、血は阿波、江戸東京生まれ。「銀化」編集長。

25 中嶋憲武 なかじま・のりたけ
1960年生まれ。「炎環」「豆の木」1998年、炎環新人賞。99年、炎環同人。03年、炎環退会。04年、炎環入会。来年、二回目の同人。

26 三島ゆかり みしま・ゆかり
1957年生まれ。1994年より作句開始。インターネット俳句界を浮遊し、結社所属経験なし。賞罰なし。
ブログ「みしみし」http://misimisi.exblog.jp/

27 飯田哲弘 いいだ・てつひろ
1980年生まれ、高知育ち。2006年より俳句に魅せられる。トーキョーハイクライターズクラブ、東大俳句会、澤。
ブログ「俳句といふ事故」http://tecchi1980.blog80.fc2.com/

28 近 恵 こん・けい
1964年青森県生まれ。2007年春より作句開始。「炎環」会員。

29 振り子 ふりこ
横浜生まれ、横浜在住。「百句会」、「月天」、「豈」同人。
俳句BBS「Satin Dolll」http://6801.teacup.com/furiko/bbs

30 岡本飛び地 おかもと・とびち
1984年、愛媛県生まれ。「『十二音技法』が俳句を滅ぼす」に噛み付いて週刊俳句デビュー。

31 兎六 うりく
1981年生まれ。2005年よりQBOOKS俳句バトル参加。

32 宮嶋梓帆 みやじま・しほ
1986年生まれ。大学4年。高3から俳句を始め、「童子」所属。第2回芝不器男俳句新人賞坪内稔典奨励賞。

33 上野葉月 うえのはづき
「豆の木」「トーキョーハイクライターズクラブ」で活動中。
ブログ「葉月のスキズキ」http://93825277.at.webry.info/

34 お気楽堂 おきらくどう
俳句歴1年半。無所属。QBOOKS俳句バトル参加。
サイト「お気楽堂本舗」 http://honpo.tesque.com/

35 小池康生 こいけ・やすお
1956年大阪市生まれ。「銀化」所属。同人幹事。大阪時代、俳人木割大雄氏(元赤尾兜子の「渦」編集長、現無所属)に誘われ俳句をはじめる。2000年、上京を機に中原道夫主宰の「銀化」に入会。2003年、銀翼賞選外佳作。2004年、銀化新人賞。俳人協会会員。日本脚本家連盟・日本放送作家協会会員。

36 青島玄武 あおしま・はるたつ
1975年3月8日生。熊本県熊本市出身。『握手』所属。2005年12月4日、第10回草枕国際俳句大会、当日投句部門入選。2006年1月、平成18年度NHK全国俳句大会入選。2007年1月、平成19年度NHK全国俳句大会入選。

37 前野子壱 まえの・こいち
1949年北海道小樽生まれ。千葉県在住。1997年より作句開始するも不定期。結社「伊吹嶺」、「アカシア」、「豆の木」所属。本業は流体力学。サイト「MAENO子壱Blog.」 http://wave.ap.teacup.com/testblogkaz/

38 上田信治 うえだ・しんじ
1961年生まれ。「里」「ハイクマシーン」「豆の木」所属。

39 宮本佳世乃 みやもと・かよの 
1974年生まれ。2002年俳句を始める。「炎環」「豆の木」所属。

40 島田牙城 しまだ・がじょう
1957年京都市生まれ。波多野爽波に師事。「青」編集長などを経て、現在「里俳句会」代表。邑書林編集長。句集『袖珍抄』(2000)。
邑書林 http://www7.ocn.ne.jp/~haisato/
俳句の里の交差点 http://6405.teacup.com/haisato/bbs





第1回 週刊俳句賞 読者投票・上位作品

読者投票上位作品


07 岡田由季 着衣   3点

03 榊 倫代 成層圏  2点

17 山下つばさ 落し物 2点


投票会場は→こちら





第1回 週刊俳句賞 打ち上げパーティ会場

打ち上げパーティ会場

応募者の皆様ほか、読者の皆様も、御自由に参加ください。



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高校生らしさ? 「俳句甲子園」に思うこと 五十嵐秀彦

高校生らしさ? 「俳句甲子園」に思うこと ……五十嵐秀彦




松山の青年会議所が主催している俳句甲子園というイベントをご存知だろうか。全国の高校生が学校対抗で俳句のトーナメント戦を行うというイベントで、今年で10回を数える。

偶然の縁で私が北海道大会の審査員を勤めさせてもらっている。北海道は参加校が少ないのだが、旭川東高という常連校があり、今年で5年連続の松山本選出場を決めている。いまどき珍しく、しっかりとした文芸部があり、部員も多く、俳句にかける思いも熱い学校だ。

今年も含めて4年続けて審査員をしてきた。審査員は3名構成で、俳句作品と両チームによるディベートとをそれぞれ採点し、その合計点で勝敗を決める方式であり、進め方はおおむね柔道の団体戦を思い浮かべてもらえれば良いだろう。

今年の予選結果は、北海道から旭川東高と札幌国際情報高の2校が本選に出ることになった。俳句甲子園も10年になり、どうやら過去最多の参加校となったと聞いている。その隆盛ぶりは実にうれしいことである。

ところで私がいつも思い悩むことがひとつある。それは「高校生らしさ」ということだ。

どうしても大人の立場から見ると、「高校生らしい俳句」を期待する傾向があるようなのだ。しかし、それは大人の勝手であって、高校生であろうとなかろうと、作者はひとりひとり違う個性の持ち主なのだから、「高校生らしさ」などという括りは幻想のようなものである。そのことは十分に理解し審査にのぞんでいるつもりなのではあるが……。

「おい、そんなんでいいのか」
「こんなおとなしい、まとまった句じゃぁ……」
「もっと、あばれろよ」
「自分をさらけだせよ」
 ……
「高校生らしくさ」

あれれ?

別に私は「さわやかさ」とか、「明るさ」とか、「友情、恋」とか、「青春の苦悩」だとかを彼らに求めるつもりはない。好きなように作ってくれればよいのだけれど、そうは言っても、私たちおじさんが作るような句を彼らが作っているのを見ると、「おい。それは違うんじゃないのか」と言いたくなる。

私たちはいつもどんな思いで句を作っているのか。句がおとなしくまとまってしまうことを嫌い、いつも七転八倒しながら、なにか新しいものを探し求めて作句しているのではないか。そんな感受性の鈍磨した大人たちとは違って、どんどんイメージが湧いてくる世代である彼らが、中年(老人?)臭い句を作るのは見るに耐えないものがあるのだ。

俳句甲子園も回を重ね、レベルは年々上がっている。また、このイベント出身の俳人も少しずつ俳壇に登場している。だから私はこれからも俳句甲子園に注目したいし、大いに期待もしている。だけれど、どうか既成の俳壇のミニチュアにはなってくれるな、と言いたい。上手になることが君たちの目的であってはならない、と彼らに言いたいのだ。

今年は松山の本選でどのような句が出てくるのか、とても楽しみにしている。本選は、8月17日~19日、愛媛県松山市で開催される。
http://www.haikukoushien.com/
最後に、私が4年間、北海道で地方大会の審査をしてきて、最も印象に残っている句を挙げておきたい。これは一昨年の、函館西高の生徒の作品だ。

 てるてるの鳥雲に入るキリコの手

残念ながら、彼らのグループは本選には出場できなかった。

週俳7月の俳句を読む(上)1/2

週俳7月の俳句を読む(上) 1/2

媚 庵 「三 汀」10句   →読む 菊田一平 「オペラグラス」10  →読む
田中亜美 「白 蝶」10句  →読む 鴇田智哉 「てがかり」10  →読む
佐山哲郎 「みづぐるま」10  →読む
寺澤一雄 「銀蜻蜒」50句  →読む
村田 篠 「窓がある」10句  →読む 山口東人 「週 末」10  →読む
遠藤 治 「海の日」10  →読む


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中山宙虫 



蛇 を 見 て ひ と り に な つ て し ま ひ け り    村田 篠

小学生の頃、田舎育ちの僕は、良く蛇に出会った。僕らの集落にはなぜか男の子しかいなくて、蛇にいたずらして遊ぶこともしばしば。道路に出ている蛇を捕まえて振り回したり。穴に逃げ込もうとする蛇を引きずり出したり。蛇は怖い存在ではなかったのだ。蛇にとっては災いかもしれなかった。僕らは、ちょっとした勇気を見せつけることで胸を張っていた。

まだその頃は、僕らの同級生に兄さんがいて、けっこう一緒に遊んでいた記憶がある。田んぼの中を、縦横無尽に走り回ったり。めんこやビー球で遊んだり。川で泳いだり。そこにはその兄さんたちから受け継がれた遊びがたくさんあった。昭和30年代なかばのことだ。

やがて、その兄さんたちも中学生になり、僕らと遊ぶことも少なくなる。そして、僕らの生活にテレビが登場する。テレビは、友達と遊ぶ時間を奪った。僕の家は、友達の家まで歩いて10分以上かかるし、当時電話もなかったので、出かけてみなければいるかどうかわからなかった。「○○君、いる?」問いかけても家から返事がないこともしばしばだ。そうなるとますます足が遠のく。みるみる友達と遊ぶ時間は少なくなっていった。

大人になって、帰省をする。僕らの集落に当時の同級生はほとんどいない。一旦都会へ出ていった兄さんたちが帰ってきたという話を耳にする。けれど、それはけっして明るい話と一緒には聞けない。体を悪くして両親の元に帰って来ただの。借金を抱えているだの。女に騙されただの。そんな話を聞かされるのだ。彼らの帰郷はけっして明るいものではない。一度は都会で何かを目指したのかもしれないが。

帰省しても、もう誰とも会うことはなくなった。実際、そういった兄さんたちや同級生の話も聞くことが少なくなった。自分たちの集落で、いつも遊んでいた仲間たちに会うことはない。

蛇を振り回して「お前、なかなかやるあー。」。そう言って仲間に迎えられた日。それは遥か遠い日。




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羽田野 令

肌 脱 ぎ て 久 米 三 汀 の 書 な る と ぞ    媚庵

三汀とは久米正雄の俳号。郡山で育った人である。昨年郡山で時間があって町を歩いた時、句碑を見つけた。それは小学校に建っていて明朝体で彫られていた。この句では三汀の書のことが言われているが、どんな字だったのだろうか。

肌脱ぎの人が軸か何かを見せているのだろう。肌脱ぎは暑い時のくつろぐ格好だが、何かことに向かう時の「もろ肌脱ぐ」や「一肌脱ぐ」を連想するからか、書を持っていることを誇る人の勢い込んだものを感じる。肌脱ぎも着物の場合のことなので最近はあまり見ることもない。一連はそのような一時代前を彷佛させる道具立ての中に作家の名や猫町が登場する。往事の文人たちへの作者の思いを思う。


さ み だ る る わ け て そ ね さ き あ た り は も    菊田一平

「そねさき」と濁らないで言うとなんと優しい響きだろう。どこかはかなげでもある。昔は濁らないで言ったそうだ。曾根崎村は今の大阪駅前のビル群の辺りまでを含んだらしい。さみだるる、本当にあの辺りはそうだなあとこの句を読んで思う。お初徳兵衛の頃は草深い湿地だったことを思うと隔世の感がある。それに今の駅前ビルの以前の町、戦後すぐからあったという密集した町が全くなくなってしまったことも私にはさみだるることである。場所への思いは個々に違うが、「そねさき」はやはり近松で読んで、お初天神界隈の様相にさみだるるのがよいのかもしれない。


あ  橋 の 風 夏 内 耳 み づ ぐ る ま    佐山哲郎

空白があるので切って読むと、それで時間的経過を読んでいくことになる。一文字、スペース、二文字、スペース、という小さな切り方は訥々とした感じだが、声に出しでみるととてもリズムがよい。言葉の頭の音にあ段の音が続き、夏、内耳と「な」が重なっているのも心地よい。外界の風景である橋から体に感じる風へ、そして自分の内側へ入る。最後の「みづぐるま」はその回る音を余韻として残す。さっと風が吹いてきた、おそらく一瞬の間のことだろう。川のさわやかな風とともに自分の中の音を聞いた作者が、その時を反芻しているような感が伝わる。


万 物 に 石 を 見 立 て る 夏 休 み    寺澤一雄

石を様々に見立てることは原初よりあったに違いなく、何かの形だとするとそこに霊(たま)が宿ることになる。そのようにして注連縄が巻かれたり、祠に入れられたりして人の祈りのよりどころとなってきた石がたくさんある。掲句ではアニミズムに行かず、現代の夏休みの景を浮かばせる。子供が工作で石に色を塗って動物を描いている場面でもいいし、山や川を歩いて面白い形の石を見つける家族でもよい。季語できまった句である。


信 号 を 待 つ て ゐ る 間 の 揚 羽 か な   村田 篠

信号の変わるのを待つ人の前にどこからか現れる揚羽蝶。垂直に立つ人達と蝶の縫う曲線の軌跡。皆ちょっと目で追う。その小さな出来事の主人公は“あ!”と言われたり、句に書かれたり、そのまま忘れられたりするのである。


あ い の 風 映 画 の ビ ラ の 白 と 黒    山口東人

多色刷りでないビラは、小さな自主上映会を思わせる。60年代後半から70年代のガリ版刷りのビラではないだろうか。そうでなくてもやはり、商業主義に則ったものではないだろう。

あいの風とは、「あゆ」「あい」と呼ばれて様々の漂流物をもたらし入船を容易にする海からの風。古来よりこの国は海から様々な文物がやってきたが、流木などの海に寄りくるものも生活にいろいろ役立った。あいの風はそんな幸いを与えてくれるものであった。小さなビラをあいの風が大きく包んで守ってくれているようである。



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吉田悦花 


音 楽 の 流 る る ま ま に 浮 い て こ い       村田 篠
蛇 を 見 て ひ と り に な つ て し ま ひ け り
ハ モ ニ カ に 息 の 音 あ り 夏 の 暮

今回、拝見した9作品の作者のうち、初めて作品に接する機会を得た方もいらっしゃいました。九人九色の作品集の最初、「窓 がある」は、繊細で、どこか内省的な世界を感じさせる10句。「浮いてこい」季語に力強さがあります。いつのまにか「ひとりになつてしまいけり」。「ハモニ カ」からもれる、ためいきのような音。たしかに「夏の暮」に通じています。


芝 を 刈 る ボ タ ン ダ ウ ン の 男 か な       山口東人
土 用 凪 木 の 電 柱 に 蓋 が あ る
メ ロ ン パ ン 喰 へ ば 火 葬 の 終 り け り

「週末」というタイトルのように、気負いのない10句。「ボタンダウン」から、アイビー・ルックとかスノッブという言葉も彷彿として、妙に面白い。「木の 電柱」も懐かしい。しかも、「葢」があるとは。納得させられます。「メロンパン」の質感に似て、乾いた感覚に軽く驚きました。忘れられない一句になりそ う。


波 乗 り の 波 に 乗 る と き 陸 を 向 き       遠藤 治
波 乗 り の 姿 勢 の ま ま に 呑 ま れ け り
焼 き そ ば を 重 ね 持 ち た る ビ キ ニ か な

「海の日」の連作中、「波乗り」2句に好感を持ちました。「焼きそば」は、一読したとき、「重ね打ちたる」と勝手に読んでしまい、「ビキニ」姿の日焼け ギャル(死語)が、屋台の鉄板で豪快に焼いている様子かな、と思ってしまいました。透明の容器の「焼きそば」を持って砂浜をくる健康的なイメージ、でしょ うか。


草 刈 機 な れ ば な ん で も 刈 つ て を り     寺澤一雄
水 流 れ 落 ち れ ば 滝 と 感 嘆 す
船 虫 の た く さ ん 出 て た く さ ん 去 る
夏 祭 毎 年 常 の こ と を な す
竹 婦 人 竹 を 編 ん だ る だ け の も の
仕 方 な く 水 争 に 混 ざ り け り
心 臓 が 止 れ ば 死 体 サ ク ラ ン ボ
扇 風 機 売 り 場 か ら い ろ い ろ な 風
虎 が 雨 株 主 総 会 集 中 日
燃 え 尽 き て 蚊 取 線 香 渦 残 す
大 蚯 蚓 伸 び 切 つ て を り 進 ま ざ る
日 本 に ゐ る ア メ リ カ の 兵 士 か な
虫 の 名 も 人 の 名 前 も 疎 覚 え
風 鈴 は 吊 さ れ な が ら 鳴 り に け り

「なれば」「落ちれば」「常のこと」「だけのもの」「仕方なく」など、いっちゃった感というか、よくぞいってくれたという感じ。この、身も蓋もない感じ、 いいなあ。だからなんなのと突っ込んだり、ホントホントと共感したり、なんだか愉快になる。大雑把なようで、良質な詩性に支えられ、なんとなく考えさせら れてしまう。とくに、「船虫の」「扇風機」「虫の名も」が好き。淡々としているように見えて、微妙なところで変化する。読み手を煙に巻くような50句。


帆 船 は 祈 り の 位 置 に 夕 薄 暑         田中亜美
し づ か な る 拳 緑 蔭 過 ぎ る 鳥
白 日 傘 真 空 管 と し て あ ゆ む

白い帆、それは「祈りの位置」という断定に魅かれます。ダイナミックな広がりのある構成だけに、「夕薄暑」という季語は、すこし情感に傾いてしまって、 もったいない気がします。「真空管としてあゆむ」は、「白日傘」を傾かせている身が、真空になったかのような、透明で繊細な、どこか虚ろな心情を表現。


う す う す と 電 気 の な か を 羽 蟻 来 る      鴇田智哉
蚊 の と ほ り 抜 け た る あ と の 背 中 か な
が が ん ぼ の ぐ ら つ き な が ら ゐ る ば か り

なんでもないような、意識の空白をくぐりぬけたことば。だれもが目にしているけれども、視ていない、そんな表層をすくい上げている感じ。とくに「ぐらつき ながらゐるばかり」のひらがな表記にはあやうさも。淡淡としているけれども真顔過ぎて、もう少し茶目っ気漂う句も見たいなあ。そんな気もします。


半 夏 生 魚 は 鱗 を 脱 ぎ に け り           佐山哲郎
鯵 と し て 熱 く 激 し く 皮 膚 匂 ふ
籐 椅 子 の を ん な 魚 の 卵 抱 く

「鱗」「皮膚」「卵」と、かなり生々しい。でも、幾重にも塗りこめられた絵画を観るようで、納得させられます。とくに「半夏生」の句は季語も効いていて、 するりと脱皮する「魚」の「鱗」のきらめきが見えてきます。「籐椅子」は、「魚の卵」をすでに孕んでいるようなイメージ。ドキッとさせられます。


年 金 を 確 か め に 行 く 夏 帽 子            媚庵 
画 面 か ら ビ リ ー の 叱 咤 川 開 き
箱 庭 の フ ィ ギ ュ ア 置 き 変 へ 太 宰 の 忌

「年金」「ビリー」「フィギュア」で三題噺ができそうですね。「確かめに行く」にリアリティ。ビリーズブートキャンプの「ビリーの叱咤」でしょうか? 隅 田川花火大会の打ち上げ花火の最中、黙々とエクササイズに励んでいる風景は、一種凄みがあるような。「置き換へ」としたところにこだわりが感じられます。


青 水 無 月 鯉 に 大 き な 鼻 の 穴           菊田一平
豆 ご は ん 厨 揺 ら し て 噴 き 上 が る
夏 至 の 日 の オ ペ ラ グ ラ ス に 嘆 き の 場

池の面をせり上がってくる「鯉に大きな鼻の穴」が面白い。「厨揺らして」のインパクト。「炊き上がる」香り、ふっくらとした「豆」まで見える、幸福な夕 餉。歌舞伎の舞台は一気に盛り上がり、愁嘆の場に雪崩れ込む。身を乗り出すようにして「オペラグラス」に見入っている作者。熱中している姿が目に浮かびま す。



…………………………………………………………………………
猫 髭


 麦 粉 菓 子 林 房 雄 を 再 読 し   媚庵

【画面からビリーの叱咤川開き】を除けば、みなレトロな句で、特に【明治時代の死語「帰省子」】(飯田龍太曰く)を使った【帰省子の渡り廊下を渡りけり】などは恍惚としているが、明治生まれが週俳に句を掲げることはないから、ヘルマン・ブロッホ×色川武大的に言うと「老境に入りつつある懐古趣味の男」の手遊びという趣きになる。だから、そのつもりでつきあうことになるが、まあ、週俳始まって以来の珍句がある。揚句である。
麦粉菓子?「麦焦がし」だっぺよ。

  麦焦がし林房雄を再読し

が正しい。と言っても、「麦焦がし」など今の人たちにはなじみがないだろう。

【麦焦がし:大麦を炒って粉にひいたもの。砂糖を混ぜ水で練って食べたり、菓子の原料にしたりする。はったい。香煎。麦炒り粉。[季]夏。】(大辞林)。戦時中の食料難で、水団が主食で「麦焦がし」がお八つという時代もあったので、戦争が終わっても親父がよく作って、相伴させられたが、まあ、うまいものではない。ただ、切迫した中にも楽しい団欒の思い出もあったのか、あんときはひどかったと戦時中の暮しを語りながら、やっぱりまずいなあと笑いながら食べる父の記憶は、貧乏を香ばしくしたようなねちょねちょした甘味を蘇らせて、懐かしい味ではある。水団と「麦焦がし」はおやじの味なのかもしれない。

取り合わせは林房雄。投獄中にプロレタリア文学から転向(平凡社の思想の科学研究会編『共同研究 転向』参照)した作家で(この時の小林秀雄の友情は彼の『林房雄の「青年」』によくあらわれている)、『大東亜戦争肯定論』で物議を醸し、三島由紀夫が非常に尊敬し、その対談『対話・日本人論』と三島の『林房雄論』は70年代当時話題になったが、彼の書くいわゆる中間小説との落差が腑に落ちなかった。しかし、揚句で彼の小説は「麦焦がし」の味だと言われたようで、四十年来腑に落ちなかった気持にストンと来たので、実に絶妙と感心した。くどいようだが「麦粉菓子」といったビスケットのような洒落た味ではない。冬に食う蕎麦湯の夏の大麦ヴァージョンといったところか。

余談ながら、マキノ正博の戦前の映画に『鴛鴦歌合戦』という抱腹絶倒のオペレッタ映画の大傑作がある。何と片岡千恵蔵、志村喬が歌い踊るのである。ディック・ミネの♪ぼっくはお洒落な殿様~♪のバカ殿役なぞ絶品で、志村喬がこれがまた歌がうまい!♪さ~て、さてさてこの茶碗♪なんぞと、実に軽妙にしてなかなか。貧乏長屋の落ちぶれた浪人役で、毎日麦焦がしを食べている。しかし、その麦焦がしを入れている壺が、実は驚くなかれ、という物語で、こんな馬鹿馬鹿しいほど楽しい映画を見ないで、みんな死ぬなよ。


 夏 至 の 日 の オ ペ ラ グ ラ ス に 嘆 き の 場   菊田一平

まるで、ルキノ・ヴィスコンティの絢爛豪華な映画の一シーンのような豪華な句である。『夏の嵐』で、アリダ・ヴァリが地を縫うようなドレスに身をつつみ、若い恋人の元へ訪れんと嵐の予感をはらんだ黒雲の下の道を横切る姿すら見えてきそうだ。まさしく『オペラグラス』十句は恋の連作であり、揚句を題に掲げたことで、この恋が「嘆きの場」に終わる夏の嵐のような予兆を告げている。

初句【青水無月鯉に大きな鼻の穴】のどこが恋かと言われれば、鯉が詠まれているからと言えば読者は笑うだろうか。この句は「青水無月恋に大きな落し穴」とも読める。続いて【ニッケルの灰皿重ね太宰の忌】と、玉川上水における愛人山崎富栄との入水心中で死んだ太宰治が詠まれている。「桜桃忌」ではなく「太宰の忌」なのは、「桜桃忌」だと攝津幸彦も【国家よりワタクシ大事さくらんぼ】で下敷きにした『桜桃』の【子供より親が大事、と思いたい】がちらついて邪魔だからだ。「ニッケルの灰皿重ね」てある場所は、ざっかけない銀座の裏の飲屋であり、【家庭の幸福は諸悪の本】(『家庭の幸福』)と吐き捨てることができる場所であり、【人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ】(『ヴィヨンの妻』)と片隅でつぶやける場所でもある。間違っても女房子供と行く店ではない。

【つゆ寒の引けばかたかた厠紙】は、恋とは無縁な、恋の墓場でもある【家庭の幸福】という場所であり、一読、便座に座れば誰もが口ずさみたくなるようなリズムをもっているのが妙味というものだが、繰り返しにたるものだけが生き延びることができる生活の場で、恋は生き延びる事はできない。それが「つゆ寒」の寒さである。リラダンのように【生活、そういうものは召使にくれてやれ】と恋に命をかけるわけにはまいらない。
【さみだるるわけてそねさきあたりはも】は、大阪は曽根崎新地に場を移す。と来れば近松浄瑠璃『曽根崎心中』、【色で導き、情けで教え、恋を菩提の橋となし、渡して救う観世音】で始まる徳兵衛お初道行の【此の世のなごり、夜もなごり、死に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づゝに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ】の義太夫が響く、一の糸が鳴る。

舞台は一転、【東京の恋はつれなしうつぼ草】。弓を入れる靫に似ているから靫草。しかし、恋の矢はおさまらなかったようだ。忸怩たる「つれなし」だが、巧妙に前句で浄瑠璃の【まばたきて人を戀せる傀儡かな 加藤三七子】という人形の仕種で生身の生臭さを隠しているから、重くは見えないが、実は心情はこの一句で吐露されている。【啜りたる枇杷の滴が枇杷の上】。この枇杷は涙の形をしている。

【豆ごはん厨揺らして噴き上がる】。厠にあらず、今度は厨。恋など役立たずなものは微塵も生き延びる余地のないこのたくましさはどうだ。蒸気機関車が轟くような台所だ。
そして、【夏至の日のオペラグラスに嘆きの場】。日本の心中を太宰、近松とたどれば、ここはさしずめ、竹本座を空前の大入りにした近松半二の時代物浄瑠璃『妹背山婦女庭訓』の「吉野川」を置く。親の不和から死に至る悲恋の清舟、雛鳥の、これは和製『ロミオとジュリエット』、その雛鳥の【また逢ふこともあらうとは、別るる時の捨て言葉、たとへあの世のとと様に御勘当受くるとも、わしやお前の女房ぢや。とても叶はぬ浮世なら、私は冥土へ参じます。千年も万年も御無事で長生き遊ばして、未来で添うて下さんせ】と、吉野川へと見得切れば、加賀屋高砂屋と大向こうから飛ぶ声も、桟敷の涙にかき消され、丈夫も汗を拭うふりして涙をぬぐう嘆きの場。女には見せぬ涙も、歌舞伎とあれば思う存分涙川、嘆きせきとむるすべもなければ、今日もまた俳句を詠みて遊び暮しつ。【ある甲斐もなきわが身をばかくばかりいとしと思ふうれしさ。たれかは殺すとするものぞ。抱きしめて抱きしめてこそ泣くべかりけれ】(萩原朔太郎『純情小曲集』)。

しかし、未練は残るもの。【南風鯉にかまけてゐるらしく】。この句を「南風恋にかまけてゐるらしく」と風に心を託すのは、【冬来たりなば、春遠からじ】で知られるシェリーの『西風に寄す』に見るように、古今東西詩人の習いで、しかし、そこは湿度の高い大和の国、【月見草おーいおーいと手を振れり】と、それでもつとめて明るく手を振る男がここにいる。【忘れねばこそ思ひいださず候】とは名妓高尾が恋の手管なれど、春水『梅暦』では稀代の色男丹次郎【おもひ出す所か、わすれる間があるものか】と二兎を追って二兎を得る珠玉のくどき言葉、女房に吐けば、比翼連理の契り間違いなし、帰る場所があるのは嬉しいと You’d be so nice to come home toが流れる都会のBARへ寄り道してゆく男心よ。




週俳7月の俳句を読む(上)2/2

週俳7月の俳句を読む(上) 2/2

媚 庵 「三 汀」10句   →読む 菊田一平 「オペラグラス」10  →読む
田中亜美 「白 蝶」10句  →読む 鴇田智哉 「てがかり」10  →読む
佐山哲郎 「みづぐるま」10  →読む
寺澤一雄 「銀蜻蜒」50句  →読む
村田 篠 「窓がある」10句  →読む 山口東人 「週 末」10  →読む
遠藤 治 「海の日」10  →読む



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鈴木茂雄



『週俳7月の俳句を読む』という思いもよらない機会を与えられたので、あらためて「俳句を読む」ということについて考えてみました。

「俳句を読む」という行為は、俳句が日本語で書かれてあるにもかかわらず、どこか外国語を一語一語読み解いて行く作業に似ているという思いが纏いつくのは、言葉が俳句という詩形に収められ嵌めこまれ、一篇の詩を完成させる目的をもって配列される過程において、この俳句という詩形に詩的関係を強いられたときに起こり得る収縮と膨張、さらには詩的分解と再構築、それらを繰り返した結果、俳句というこの言語空間の中で日常的な言葉から非日常的なコトバへと変貌するからだろう。

小説、とくに新聞や雑誌などの散文を読むとき、言葉は、上から下へ、あるいは左から右へと目で追う順に、まるで同時通訳をしてもらっているかのように頭の中に意味として入ってくる。そうしてその言葉は言葉本来が持つ意味を直ちに立ち上がらせ、共鳴して知覚させてくれる。だが、詩や俳句はまるで違う。

俳句は詩の言葉で成り立っている、そう思われがちだがじつはそうではない。俳句という詩形の屈折作用によって、フツーの言葉が少しだけ詩的に見えるに過ぎない。日常的なリズムから五・七・五という少し高揚した詩的リズムによってそう錯覚させられるのだ。読み手だけではなく書き手も惑わされるから厄介な話である。詩の女神などというが、俳句という詩形にはどうも魔女が棲んでいるらしい。

だが、問題の詩形に重層的なイメージの喚起力を持つ季語という言葉が加わり、他の日常的な言葉と詩的関係をもったとき、俳句という一行詩は、緊張と高揚をともなってさらなる詩的スパークとでもいうべき光彩を放ち、そして立ち上がる。俳句という詩形をわたしはそんなふうに考えている。

それゆえわたしが俳句を読み解くときは、まず理性より感覚に頼ることにしています。すうっと頭に意味が入ってくるときは用心することにしている。詩的スパークを発しているのかいないのか、頭だけではなく五感をフルに発揮して俳句を読むようにしています。前置きのほうが長くなってしまいそうですが、今回の「週刊俳句」第10号から第14号に掲載された俳句作品もそういう視点に立って読ませていただきました。


 年 金 を 確 か め に 行 く 夏 帽 子   媚庵

一句目は「年金を確かめに行く」という庶民にとっていま一番の関心事に取材、きわめて日常的な言葉「年金」と、「夏」も「帽子」も日常使う言葉だが、季語「夏帽子」という措辞はきわめて俳句的、非日常的なコトバと言ってもいいその「夏帽子」との詩的関係がこの一句の詩的面目を辛うじて保っている。なぜ「辛うじて」なのか。それはこの作品が詩でありながら、書かれた言葉の意味が散文のようにすうっと頭に入ってくるからである。


 豆 ご は ん 厨 揺 ら し て 噴 き 上 が る   菊田一平

「厨揺らして」という詩的誇張法を大胆に使って成功した見本のような作品だ。「豆ごはん」の美味さを「噴き上がる」という短い言葉で見事に言い尽くしている。この句にこれ以上の説明は不要だろう。
 

 帆 船 は 祈 り の 位 置 に 夕 薄 暑   田中亜美

この句の焦点は「位置」という言葉にある。ふつう「帆船」はその傾く形を「祈り」と捉えるところだが、この作者は自らをその「位置」に置いた。山口誓子の「炎天の遠き帆やわがこころの帆」が念頭にあってのこと、「夕薄暑」はその折の感慨に違いない。一句全体に作者の心象風景が色濃く漂う。


 蚊 の と ほ り 抜 け た る あ と の 背 中 か な   鴇田智哉

見事なレトリックだ。うすい胸板の女性、その背中を「蚊のとおり抜けたる」と喩えただけなのだが、もうそれだけでこの句は一行詩として成立している。そればかりではなく、この句は、石田あゆみ演ずる下町の女性が、暑い夏の夜をシュミーズ一枚という下着姿で凌ぐリアルな映画の一場面をも見る思いがする作品に仕上がっている。


 摩 訶 サ ラ ダ 朝 か ら だ 薔 薇 あ ら は か な   佐山哲郎

「摩訶」の次に来る言葉はというと、単純に「摩訶般若波羅蜜多心経」を連想してしまうが、あるいはそうかも知れないし、そうでないかも知れないところにこの一句の面白さがあって、実際、朝の食卓に着いた作者が「摩訶(マカ)ロニサラダ」を前に「いただきます」をしているポーズが目に浮かぶ。そして「朝から/からだ」が「バラバラ」で「だばら!」だと叫び、「薔薇」のように「あらは」だ、そう作者は言っているようにも思われる。しかも「朝からだ!」と強調さえしているのに気付いたときは思わず笑ってしまった。

言葉が内蔵する音や意味を少しずつズラシたりハズシたりして歌うような調子の作品だが、ちゃんと十七音に収まっていて、それなのにまるで短歌のように長く感じるから不思議な作品だ。不思議といえば、「摩訶不思議」なこの句、よく見ると隠し絵のように北原白秋の「薔薇ノ木ニ/薔薇ノ花咲ク。 ナニゴトノ不思議ナケレド。」という詩が見え隠れしているではないか。


 上掲の作品以外に印象に残った作品。

猫 町 に ま ぎ れ こ み た き 西 日 か な   媚庵

ニ ッ ケ ル の 灰 皿 重 ね 太 宰 の 忌   菊田一平

い つ 逢 へ ば 河 い つ 逢 へ ば 天 の 川   田中亜美 

昨 日 か ら 昨 日 の ま ま の 蛇 苺   鴇田智哉

螢 ほ も よ ろ を 逢 瀬 の ど ん づ ま り   佐山哲郎

扇 風 機 売 り 場 か ら い ろ い ろ な 風   寺澤一雄

夕 立 の す ぎ た る 空 に 窓 が あ る   村田 篠

レ ー ス の カ ー テ ン 挟 ま つ て ゐ る 脳 裏   山口東人

焼 き そ ば を 重 ね 持 ち た る ビ キ ニ か な   遠藤 治



…………………………………………………………………ひらの こぼ


 ハ モ ニ カ に 息 の 音 あ り 夏 の 暮     村田 篠

フルートでもサックスでもそうですが、ハモニカはなかでも特に肉声に近いような。息遣いそのままというのが味ですね。

とはいうものの自分の生の声からは少し転調させてハモニカを吹く--。「夏の暮」がぴったりですね。アンニュイな気分の青春の句。「息の音」が技だなあと感心しました。


 少 年 が 必 ず 落 ち る ゴ ム ボ ー ト     遠藤 治

ふざけて少年がボートから落ちた--。これでは俳句になりませんが、それを「少年というものは~」と定義付けた。そこが俳味ですね。

ゴムボートということで想像する景の範囲も明快になります。いろいろ楽しませてもらえる句。


 扇 風 機 売 り 場 か ら い ろ い ろ な 風    寺澤一雄

前頭葉を通らぬまま出てきたひとり言のような句が50句並びました。ユニークです。優しくもないし、かといってシニカルでもない。もちろん気取っているわけでもない。ただ対象を眺めているだけ--。

俳句にちょっと食傷気味になっているときにこういう句に出会うとなんだかほっとします。通読して、カフカの城に迷い込んだような感覚を楽しませていただきました。

掲句もなにげない視線ですが、そこに感情を込めずに状況を示しただけ。でも写生句なんかじゃありません。不条理?達観?あるがままを受け入れるという潔さ?ともかく個性的な作風だなあと思います。


 豆 ご は ん 厨 揺 ら し て 噴 き 上 が る    菊田一平

「豆ごはん」に大見得を切らせた句。「俳句は季語が主役」。なるほどなあと感服しました。豆粒が大きな厨を揺らせたという感じもあっておもしろいです。


…………………………………………………………………五十嵐秀彦


今回、7月中に発表となった句を読んでいると、動物の句が気になったので、特別な思いがあるわけではないが、動物句に焦点を当てて思いつくまま駄文を綴らせてもらいたい。

媚庵「三汀」10句の中では、はたしてこれを動物句と呼んでいいのか疑問でもあったが、猫の句があった。

 猫 町 に ま ぎ れ こ み た き 西 日 か な   媚庵

「猫町」というと朔太郎を思いだす。

散歩をしているうちに、これまで来たことのない町に入っていることに気づく。町は西日に黄色く染まっている。どうも人影がない。チラリと動く影をみつけると、それは路地に身を隠そうと駆け出した猫の尾であった。ああ、ここは猫町なのかもしれない。次元の幕を境にして、人間界と猫界とが表裏となっているのだ。いつの間にか私はその幕をくぐってしまったのだろう。猫たちは思いがけない闖入者に警戒しながらも、彼らの集会所である鎮守の杜へと駆け出していく。そんな猫町に紛れ込めたらいいのに、と思う作者だ。


 青 水 無 月 鯉 に 大 き な 鼻 の 穴    菊田一平

そうだよなぁ、鯉といえば大きな口にばかり眼が行くが、思えば鼻の穴も大きい。しまいに髭も生えていたりして、大層なご面相である。青水無月の頃、いのちが蠢く池に鯉の顔がぬっと現れていて、その鼻の穴の存在感になぜか戸惑ってしまうのだ。


 息 止 め て し ま へ ば き つ と 踏 ま れ ぬ 蟻   田中亜美

息を止めているのは、蟻かい、それとも作者かい。

蟻だろうよ。そうか、蟻も息をするのか。そりゃそうさ、口があるもの。でもさ、肺ってあるのか、蟻に。さてね。さっきもそこの砂場の脇で、三匹ほど潰されちゃったよ。息をしてたからな。そうだ、息をしていたんだ。だから気をつけろと言ったのに。しっ! 人が近づいてきたぞ。息をとめろよ、ご同輩。


 が が ん ぼ の ぐ ら つ き な が ら ゐ る ば か り   鴇田智哉

なんて大きなががんぼなんだ。なんて不器用な飛び方なんだ。長い脚を持て余す風情で壁に沿ってぶらりぶらりと浮いている。飛んでいるのではない。よくも失速せぬものだ。こいつは何をするつもりでここにいるのだろう。特徴、ぐらつくこと、それだけ。でも、ここにいるのである。まるで「いる」ことが彼の目的でもあるかのように。


 鯵 と し て 熱 く 激 し く 皮 膚 匂 ふ   佐山哲郎

マアジですかね。それを焼いている? 熱く激しく? なんだかそうではないようだ。「として」が曲者で、この三字でするりと転位している。いったい誰が鯵なんですか、この熱く激しく皮膚を匂わせている人は。この眼前に開きになってしまっている人は。

窓をもう少し開けてもいいかな。


 昆 虫 の 腹 は か く あ れ 蝉 の 腹    寺澤一雄

少年の日の夏休み。蝉の腹のくっきりとした強さが、まだ今も指に記憶となって残っている。全身が隅々まで頑健に出来ている蝉には造形美さえある。

街路樹の、ちょうど目の高さぐらいに蝉がしがみついていた。夏帽子を取るとそれを虫捕り網の代わりにして、すばやく捕まえた。どうだ、うまいもんだろ。

指で挟むようにつかむと、蝉の力が激しく手に伝わってくる。こいつはいつだって完璧だった。そうつぶやくと蝉を空に放った。ブンと空気を鳴らして蝉は一直線に少年の日へと飛んでいってしまった。


 信 号 を 待 つ て ゐ る 間 の 揚 羽 か な     村田 篠

信号を待っている。じりじりと暑い日だ。信号はいつまでたっても青にならない。怒る気力もなく待ち続けている。さっきまで隣に立っていた女子高生がいつのまにか居なくなってしまった。ああ、向こう側の歩道を歩いているじゃないか。いつ渡ったのか。

私だけが信号を待っている。この信号は青にはならないのだ。少なくとも私の前では。そういえば車も一台も通らない。

どこからか揚羽蝶がやってきて、私のまわりをぐるりと巡り、赤信号の横断歩道をひらりと越えてゆくのだ。ヨモツヒラサカの蝶が。


7月の句を最後まで読んでいくと、山口東人さんの「週末」と遠藤治さんの「海の日」には動物の句がなかった。私の着想はいつもこんな結末で、詰めが甘いのである。だから最後の2句は動物の句ではないので、お許しを。

 皓 皓 と 父 大 正 の 跣 足 か な    山口東人

私の父も大正生まれである。だから作者のお父様も80代であろう。その父がごろりと横になっている。素足が見える。足の裏が見える。思いのほかに白いのだった。それがいさぎよく見えたのだ。清らかに見えたのだ。いさぎよくない日々もあっただろう、清らかとは言えないこともあっただろう。けれど、今、父の足は皓皓としている。そのことが何かとても素晴らしいことのように思えてならないのだった。


 焼 き そ ば を 重 ね 持 ち た る ビ キ ニ か な    遠藤 治

ドキリともしない。もし街で、こんな格好で歩いていたらとんでもないことになるだろうに、こちらの心はまるで静かなものである。リゾートでもなく、プライベート・ビーチでもない。そんなコジャレたとこじゃなく、ありきたりな海水浴場の雑然とした砂浜での光景。あそこのしょぼくれた海の家で買ってきたのだろう。二人分の焼きそばを重ね持って、砂に足をとられながら胴長のビキニ姿の女がやってくる。

セクシーではないが、生々しい姿。ちょっと肌を焼きすぎてやいませんか、お嬢さん。